百九十九話 誘い込みと十面埋伏
劉備軍が撤退してから朝までの静かな一夜が過ぎ、天地の間に朝日が昇った
それと同時に朝の風が霧と煙幕を少しずつ吹き飛ばし、城関外の惨状が目に映った
叶県城の南門外、劉備軍の屍は山を築き、辺り一面が血の海になっていた。
死体の多くに矢が刺さり、鎧や盾、旗や雲梯が乱雑に散らばっていた
投下された巨石や巨木も相まって、昨夜の戦いの凄惨さを物語っている
典黙軍はすぐに城門を開けずに、霧と煙幕が完全に晴れるのを待った。
やがて目くらましが全て消え、城関から全てが見えるようになってから城門は開かれた
百名前後の兵士たちが丸腰で屍山血河へ走り、死体を片付けようとした。
その時、校尉の陳到が飛び上がり手に持った剣で近づく兵士二名を斬り伏せた
「殺れ!」
陳到の一声で地に伏していた三千体の"死体"が蘇り動き出した
この状況を事前に典黙から聞かされなければ曹昂たちは間違いなく動揺していただろう
起き上がった劉備軍が真っ直ぐ城門へ駆け付けた。
戦場の片付けをしに出て来た典黙軍は皆丸腰でその突撃を止められるはずもなく城内へと逃げ帰る
遂に城門が閉まる前に陳到が中へ転がり込み、城門を動かす典黙兵を斬り伏せた
「矢を放て!速く矢を放て!」
城関に居る曹昂が腕を振りながら命令を出した
無数の矢も劉備軍の突撃を止められず、城門は劉備軍に奪われた
劉備軍は五百名の兵を城門の守りに着かせ、残りは陳到と共に城関へ駆け上がり、城関をも奪うつもりでいた
更に遠くから数千名の騎兵が土埃を上げながら叶県城へ走って来た、風に靡く将旗には大きく"関"の文字が書かれていた
曹昂は予定通り兵を連れて城関へ通じる階段を守り、階段の上に居る曹昂たちは地の利を保っていた。
おいおい、おかしいだろ?軍師殿の予想では一夜の激戦を経た守備軍は休息するはずだ!なのになんでこんなにも敵兵が居る?
陳到は少し不思議に思っていた。
戦闘の激しさは陳到に多くの事を考えさせる時間を与えなかった
彼は手中の宝剣を振り回し、まるで剣客のように典黙兵を次々と切り伏せた
「叔直!城関を取れ!」
騎兵が到着し、先頭に立つ関羽は青龍偃月刀を引きずりながら手網を引き、叫んだ
「任せろ!」
騎兵部隊の到着で陳到たちの士気が鼓舞された
しばらくしてから李厳も八千の歩兵を連れて城門から流れ込んだ。
状況を見れば勝ち確定!
陳到は更に奮戦し、階段を上り詰め、踊り場で周囲の典黙兵をなぎ倒す時に背後から凄まじい殺意を感じ取り剣で防いだ
カキーン!
鋭い金属音と共に陳到は自分の剣が軽くなった気がした
よく見ると手にしていた剣が真っ二つにされ、目の前には二十歳前後の青年が青く光る宝剣を手に自分を冷たく見下ろしていた。
「青釭剣の威名を聞いた事はあるか?」
一瞬戸惑う陳到の首に数本の朴刀が掛けられ、彼は悔しそうに取り押さえられた。
「お前は典黙じゃない!誰だ!」
曹昂は笮融とは違って長ったらしい自己紹介をするはずもなく無視した
残った劉備軍はまだ数多く、李厳の部隊も戦闘に参加し、これを全て殲滅するのは時間がかかる。
これだけ進んだのに何故敵兵の姿が見えない?それどころか何故逃げる百姓の姿も見えない!
騎兵を率いて路地を走る関羽も少し不安を感じた
関羽が引き返す命令を出す前に前方の曲がり角から大量の騎兵が急に現れた、それらを率いるのは張遼と張繍
「関羽!もう逃げられない!降りて捕縛されろ!」
張繍の言葉を合図に、両側に立ち並ぶ民家の屋上に無数の弓弩手が現れた
シュッシュッシュッ
無数の矢が雨のように関羽の騎兵に降り注ぐ
瞬く間に、狭く長い路地が劉備軍騎兵の悲鳴に包まれた。
この時代の民家は高さが低く、馬から降りれば簡単に登れるため、関羽の騎兵部隊は皆屋上の弓弩手を止めようとした。
しかし近づいてみると民家の中には既に獲物を見る目をした刀斧手が待ち構えていた。
野戦ではさほど驚異にならない短兵器が狭い路地では絶大な威力を発揮する。
腐儒め!
五千の騎兵部隊が狭い路地で身動きが取れず、関羽は諸葛亮への怒りが限界まで達し、青龍偃月刀を振り上げ張遼と張繍へ立ち向かった
多勢に無勢、若しくは待ち伏せに遭う時、敵将を討ち取るのは間違いなく良い判断
青龍偃月刀が振り下ろされ、張繍は槍を横に構え頭上で防いだが、金属がぶつかり合う音と共に両腕に痺れるような痛みが走った。
関羽の春秋十八刀は最初の三撃が力強く、並の使い手では防ぐ事すらできない。
よし寄せる波のような攻撃を前に張繍は防戦一方。
関羽の注意力が張繍に向けた時に、青天鉤鎌槍が横から龍の如く関羽の正面に突き出された
関羽は青龍偃月刀を振り戻し青天鉤鎌槍を払い二人を同時に相手にした
趙雲のような速度型の武将なら二人を相手に戦ってもそれなりに戦えるがあいにく関羽は力量型の武将
一人ずつなら張遼も張繍も関羽には敵わないが二人の連携には関羽も有利には戦えない
二人以上を同時に戦うのは簡単じゃないという事か!
関羽は初めて呂布の凄さを理解した
「将軍!撤退しましょう!このままでは全滅してしまいます!」
三人の戦いの中、騎兵部隊の百夫長が叫んだ
関羽もその言葉に同意したか、張遼と張繍の前を薙ぎ払い、周りを見渡した
民家の屋上の弓弩手は嬉々として弓をばら撒き、この状況ではその前に立ちはだかる刀斧手をどうする事もできず、引き返せば弓に打たれて全滅するだけだ…
「着いて来い!」
関羽は先頭に立ち、引き返すではなく東門の方へ馬を走らせた。
関羽の判断は正しかった、この状況での撤退は屋上の弓弩手から距離を取る事になる、それは戦いにおいて禁忌とされる事だ
「はい!」
血路を切り開く関羽、それを追う騎兵部隊。
一行は東門へ向かった
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