百九十八話 種明かし
城関からの反撃は止まらなかった、時々矢の雨に混ざって金汁や火油も壁外に流された
しかしこれらも全て漆黒の夜闇と煙幕に隠された
それでも劉備軍は相変わらず戦鼓を叩き、賞格を声高く叫んでいた
「軍師殿、一体どう言う事ですか?」
我慢できずに張繍が先に聞いた
「劉備軍は強攻しない、ついて来て」
典黙はまだ答えず、手招きした
武将たちは互いに顔を見合せ、理解できなかったがついて行く事にした
諸葛亮の始めた小芝居に付き合うつもりでいるからか
典黙は城関の反撃を止めなかった、当然矢の雨も、巨石や巨木も節約する必要は無い。
城関から降りてから典黙は城門を一目見てから振り向いて長い路地を見た
「祐維将軍、文遠将軍、明け方になれば我々は自ら城門を開いて劉備軍が城内へ入って来る。敵は先ず騎兵部隊のために城門を占領するでしょ、なので二人には待ち伏せをしてもらいます。必ずその騎兵部隊を殲滅するように!」
典黙は待ち伏せの仕方を張遼に任せた、張繍は匹夫の勇だが張遼は将帥の才能を持つ、この程度の待ち伏せくらい計画できるはず
張繍と張遼は目を見張り、少し驚いた
我々が自ら城門を開けて劉備軍を迎え入れる?
典黙の話はどう聞いても理解できないがとりあえず彼の言う通りにすれば良いだろう
「承りました!」
二人は拱手してそこから離れた
「子脩、前の戦いで荊州軍の軍旗や鎧をたくさん手に入れたはずだ」
「はい先生、元々魯陽に置いてありましたが官渡の戦いを終えて凱旋した時に許昌へ運ばせました。元より劉備軍と戦うために用意した物なので叶県城にも数千持って来ました」
曹昂の用意周到さは典黙の直伝、当然資材を常に把握していた。
典黙は頷いて趙雲を見た
「子龍兄、一つ頼みがある」
虎賁双雄と他の武将なら出撃を聞けば喜びの顔色は隠せないが、趙雲は常に冷静な男
「子寂の計画を聞かせて」
典黙が計画を趙雲に教えると後者はニヤリと笑った
「任せて、このくらいは簡単な事だ」
「子龍兄なら問題無いでしょ、北門から出て劉備軍にバレないように行って。城外は劉備軍の伏兵がまだ居ると思うが諸葛亮の炊いた煙幕なら僕らも利用できる」
趙雲が少し離れたあと戻って来て曹昂へ拱手した
「公子、子寂をお願いします」
「子龍将軍お任せ下さい!先生に触れるのは僕の屍を踏み超えてからだ」
趙雲も自分の心配が必要無かったと悟った。
徐州に居た頃曹昂は典黙を守るために命懸けで張飛とも戦った
自分が典黙とは義兄弟の仲だが曹昂も典黙とは師匠と弟子の仲を超えていた
趙雲は笑って玉獅子に乗り路地から離れた
「子脩、許昌から持って来た火油を全て城関へ配置して」
「はい」
曹昂は拱手したが、そこから離れようとしなかった。
彼の責務は典黙の安全を保証する事、王越の指導で典黙の剣術が上達したとしても一人にする事はできなかった
曹昂は言われた事を近くの百夫長に伝えたあとすぐ典黙と共に城関へ登った
二人が城関に登った後劉備軍の勢いは少しも減らなかった、徐庶は城関に立ってボーとしていた
彼は諸葛亮の狙いを考えてみたが未だ結論を出せずに、典黙たちを見て駆け寄った
「どう?元直は何か分かったか?」
今の典黙はいつも通りの余裕を取り戻し、城関の上をゆっくり歩いた
「臥龍と麒麟の知恵比べをどうしても見破る事ができません」
徐庶はいつも通り否定的な返事をしたが、その眼光は真実を知りたいと願う物だった
典黙は笑って曹昂を見てから城壁の下を見た
「子脩、確かに僕は前に丞相の帝王学を学べと言ったが、君は戦術に興味を持っているのも知っている。諸葛亮の狙いを教えてあげようか?」
「はい!是非お願いします」
嬉しそうにする曹昂の横で徐庶は無表情だったが、彼の好奇心も曹昂と同じくらいだった
「うん、もし君がこの城の主帥で、劉備軍の強攻はどれくらいの死者を出すと思う?」
曹昂は少し考えてから
「いつまで続くかにもよります、明け方まで強攻をしたら少なくとも五千の兵が命を落とすでしょうか、この時点でも二三千の損失は免れません」
典黙は賛称な眼差しを曹昂に向けた、この計算は少しの誤差があっても現実的な物だった
「消耗が激しく、諸葛亮が兵を退いたら君はどうする?」
典黙の真意が分からずとも曹昂は取り敢えずその質問に答える
「防衛に必要な物資を補充してから城関前にある死体を片ずけます、でなければ疫病が発生してしまいます」
「その通り」
典黙は深呼吸してから曹昂と徐庶に目を向けた
「もし、明るくなって城関前の死体を片付けに行ったらその死体が生き返ったらどうする?」
典黙の質問に曹昂と徐庶が目を見開いた
「そうか!そういう事か!孔明は目くらましで強攻するふりで生きた兵士を死体に変装させるためだ!明るくなって丸腰の兵士たちが死体の処理をするために城門を開いたら伏兵が城門を奪う!一夜の緊張を経てから兵士たちは疲弊を回復するために緊張を解く、その時に城門が奪われたらその勢いを止められなくなる」
徐庶の分析を聞いた曹昂は呆然とした
「もし先生が居なければこの叶県城は落ちていた!」
「孔明の手段もかなり巧妙だ、彼も人の心に付け入り天の時をも計算に入れた!普通ならここまでの計画を立てられない!他の場所で他の相手なら失敗しなかっただろうが、相手が悪かった…」
徐庶は少し残念そうに言った。
典黙の推理は憶測ではなく理にかなった確かな推測だと悟った徐庶は複雑な気持ちで典黙を見ていた
孔明の計画は隙が無かったはず、こんな短時間でその計画を見破る典黙は更に一枚上手という事か…
「孔明の負けだ…玄徳公…」
徐庶は空を仰ぎ、呟いた
徐庶の呟きの後、城関の外から金を鳴らした音が響き、劉備軍は撤退した
城壁に居る典黙軍はしばらくの沈黙の後に勝鬨を上げた
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