百九十七話 孔明の真意

「軍師殿、この老骨では役に立たないと言うのですか?」

関羽、張飛、陳到、李厳たちが出て行ったあと黄忠が困惑した風に聞いた


「漢昇将軍は荊州軍の御旗、あなたが手を出す時は典黙が確実に逃げ場のない時です、今はお待ちください」

諸葛亮は笑って羽扇を振った

「漢昇将軍がじっとしていられないなら今から叶県城に手紙でも送ってください。今度は南門を強攻する事を教えましょう」


劉備と黄忠は息を飲んだ、南門を強攻する事すらも教えるのか?

しかしここまで来れば引き返すことも出来ない、黄忠は拱手して命令を受けた


劉備は眉間にしわを寄せたまま黄忠が離れるのを待った

「先生、何故明日なら三千人で叶県城を落とせると断言できた?」


諸葛亮は依然と自信に満ち溢れた笑顔を見せ

「今回、天の助力とは天候の事です」


天候!?

一瞬にして劉備は彭城で水攻めされた惨状を思い出した


まさか…孔明は代わりに雪辱を果たしてくれるのか!

同じ手口で今度は典黙に勝つ!


しかし良く考えるとありえない話だ、水攻めするためにも数日の大雨が必要だ…!


最終的に劉備は諸葛亮の真意に気付く事も出来ずに諦めた


明日の夜で結果が分かる、上手く行けば典黙の持つ不敗の神話が破れる!


「明日劉備軍が奇襲に来る?それも南門をハッキリ指定している…」


典黙は黄忠から送られた手紙を見て戸惑った


黄忠の言う襲撃は信頼出来る。

仮に嘘をついたとしても自分たちに損失は無い上に黄忠への信頼が失われる、諸葛亮がこんな勿体ない使い方をするはずがない


問題は諸葛亮の真意が分からない、野戦と違って籠城戦は奇襲されたところで準備する時間が充分あるのにどうして敢えて奇襲を選ぶ?それも情報を黄忠に漏らさせる…


いつもの典黙なら相手の読めない布石を仕掛けるが、今度ばかり諸葛亮の布石を典黙が読み解く事が出来ない。

典黙は転生してから初めて好敵手と当たったと感じた


「子寂、どうする?」


「どうもこうも…今は守りを固めるしかないでしょう、取り敢えず明日の戦闘に備えましょう」


「はい」

趙雲は頷いてから走り去った


「元直、諸葛亮の真意分かるか?」


「麒麟すら臥龍の考えを読めないなら、この凡人に分かるはずもない」


徐庶に何かを聞く度彼は決まって"分からない"と答えるが、今回のはとても信憑性が高かった


「なら最後まで付き合ってあげよう!」

典黙は指をパキパキと鳴らし、興奮気味になっていた


翌日の昼間は異常に長く感じられた、典黙は諸葛亮が本当に強攻するとは思えなかったがどんな手を使って来るのかが楽しみだった


遂に、夜の帳が降りた。

日が落ちた少しの後に叶県城の周辺に霧が徐々に出て来て、視界を遮り始めた


叶県城城関の上に趙雲、張繍、張遼、曹昂らは典黙の周辺に立っている

霧のせいか皆はとても緊張していた


すぐ、霧の中に何かが燃やされた匂いも充満し始めた


「子寂、枯れ草を燃やす匂いだ。煙を霧と混合させて視界を更に遮るつもりか?」


「さすが臥龍、今夜霧が出ると予想していたね。これこそ天の時と地の利を利用できる奇才だ!」

余裕そうに褒めてみたが、典黙は未だに諸葛亮の狙いが分からず内心焦っていた。


「先登!先登!先登者重賞!」

煙幕の中から掛け声や戦鼓の音が聞こえてきた


城関から見下ろすと下に松明の明かりが薄ら見える以外に何も見えなかった。


典黙は近くにある篝火を下に落として見たがやはりハッキリとは見えなかった。


「諸葛亮の目くらましはすごいね…」

状況に見合わず関心をしている典黙の横で趙雲は戦闘の指揮を執り行った

「矢を放て!」


城関から無数の矢が雨のように降り注ぐ中、劉備軍から悲鳴が聞こえてきた。

そしてこの悲鳴に刺激されたのか典黙軍は更に興奮気味に防衛を続けた


矢の雨に加え、巨石や巨木が城壁の外へ投げ出された

重量物が落下する音と共に劉備軍の悲鳴がより一層の強くなった


草船借箭?いや、それはない!江夏の財力は並じゃない!

わざと守備の物資を消耗させようとしている?

これも違うな!四万大軍が無事なら物資が多少減っても問題は無い


典黙はこめかみを揉みほぐした。

この感覚はまるで相手が既に刀を振り下ろしたのにその刀の狙いすら分からない、とても嫌な感覚だった。


しかし何も知らない兵士たちはとても興奮していた

「アッハハハ!放て放て!撃ち殺せ!」

張繍は走り回り、三人がかりで持ち上げる岩を一人で運び、城壁から落とした


下の状況が見えなくても彼の中では想像できただろうか、張繍はずっと喜んでいた


「軍師殿、おかしいですよ!こんな攻め方デタラメだ!」

張繍と違って張遼は問題の本質を見抜く力がある


典黙は何も答えずに目を閉じて周囲の鳴り響く音を聞いた。


文遠の言う通り、こんな強攻は明らかにおかしい!

叶県城への強攻は陽動か?いや、後ろにある三つの関門は回り込めないぞ…

仮に回り込めたとしても補給を断たれたら餓死するだけだ!

目的はやはりこの四万の大軍を殲滅する事にある!


張遼の反応を見て、張繍と趙雲や曹昂も典黙を注目した。


「臥龍のこの一手、私には見破れないが麒麟も見破けないみたいだ…」

隣の徐庶は考える事を諦めたのか、独り言を呟いた。


典黙の指は柵の上を素早く弾く、そして止まった!


「なるほど!諸葛亮の狙いがわかった!」

典黙は両目を見開き、掌を柵に重く振り下ろした


「先生!諸葛亮の狙いとは!?」


震撼されたのか、典黙はすぐには答えられずに固唾を飲んだ

「危ない危ない、あと少しで僕らがここで命を落とす所だった…」


息が上がって額に大粒の汗をかく典黙の驚き様は曹昂ですら見た事がなかった

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