百九十四話 天の助力

関羽と張飛が偵察に来た時、叶県城の大旗には"典"が書かれている、これは叶県城の主帥が典黙である事を意味している

そしてその大旗の両隣りの旗に"曹"が書かれている、これは城の所有者が曹操である事を意味している


典字大旗の下には典黙たちは居なく、赤黄色の袈裟を身にまとう笮融だけが立っている


九卿になってからの笮融は前より落ち着いた、官渡で袁紹と郭図を舌戦で負かせてからは更に有名になった。


呂布に一騎打ちを申し込む人がいないように、笮融に舌戦を仕掛ける人も居ない。

強者とは孤独なものだった


孤独な笮融は更に仏法に身を投じた、彼は朝議以外の時は袈裟を好んで着ている


数珠を転がしながら冷たい目で関羽と張飛が離れたのを見て、笮融は冷笑した

「クッ、諸葛亮がどんな才覚を持つかと思えば劉備同様の名ばかりでは無いか。南陽の農民が先生に勝てるわけないだろ!ここまで来れたら吐血するまで罵ってやる!」


荊州の劉備軍が離れたのを見て、笮融は満足して城楼を降りた


北征する荊州軍の主帥劉備と軍師である諸葛亮が本陣の設置に立ち会っていた、劉琦はこの作戦には来なかった。

彼も来たがっていたが諸葛亮の提案により南陽に残された、劉琦を南陽に残したのは後方が蔡瑁に襲われない為である。

劉琦が居れば蔡瑁が南陽を襲いたくても劉磐等の劉表旧部下は同意するはずもない


「軍師、お前のやった事を見ろよ、典黙が本当に叶県に入っちまったじゃないか!」

烏錐馬から飛び降りた張飛が諸葛亮を問い詰めた


「関某は軍師ほど兵法を知らないが自分の行動を漏らす戦い方も知らない。これに何の意味がある?」

関羽も蔑む眼差しで吊り目を諸葛亮に向けた


諸葛亮が山から降りる前はただの農民、なので関羽と張飛は三顧の礼に着いて根に持っていた


そして山を降りたあとの諸葛亮はいつも劉備と一緒に居て、二人は更に諸葛亮を妬んだ


数日前は戦馬の調達を見た二人は少し機嫌を直したが、結局それも軍師のやるべき事ではない


軍師なら戦略を練り、主公を勝利に導くべき。

なのに諸葛亮は真っ先に自軍の情報を敵に売り渡した


「雲長、翼徳!無礼だぞ!」

諸葛亮がいじめられて劉備が黙ってるはずもない

「しかし典黙が本当に叶県に入ったとは、おかしい事だ」

関羽と張飛の暴走を止めてから劉備は少し不思議そうに呟いた


「兄者、おかしくないぜ。やりたい事を教えられれば俺だって先手を取れるよ」

張飛は皮肉をしながら諸葛亮を睨んだ


諸葛亮は張飛の皮肉を気にとめずに依然と羽扇を扇いだ

「主公、これは予想の範疇内ですのでご心配なく」


劉備は戸惑い

「典黙が漢昇の苦肉策を信じたと言うのか?」


「半信半疑でしょうか…我々にとって叶県を占拠できるかどうかはさほど重要ではない」


「なら何が重要なのか、軍師に問いたい」

関羽は髭を撫で下ろしながら聞いた

今の関羽は諸葛亮を見るのも嫌で横を向いた


「許昌に入り、天子陛下を助け出す事です」

諸葛亮は胸を張り、拱手して話した

「この目的のため、城や関門の奪い合うのは効率が悪い。相手は四万の軍力がある、城関を一つずつ取るなら一年以上かかってしまう。唯一の方法は典黙軍を全て野戦に誘い込み、殲滅する事です」


「違いがよくわからん、取り敢えず城を一つ取った方が良いだろ?こんな野原に本陣を造るよりマシだ!」

張飛は未だ城を奇襲できないことを根に持っていた


諸葛亮は器が大きく、張飛の言う事に腹を立てない

「三将軍、敵軍は四万いる。通常の攻城戦なら三倍の兵力が必要です。我々は五万の兵力しかないため強攻はできません。強攻ができないなら城を一つ持ってても意味がありません」


「孔明の言う通りだ雲長、翼徳。計画があるなら、孔明の指示に従え」


劉備にここまで言われれば二人も反論できない

「取り敢えず言われた事やる、ダメなら落とし前をつけさせてやろ!」

二人はブツブツ言いながら立ち去った


「孔明、雲長と翼徳は猛将だ。先ず君の力を見せて信頼を勝ち得なければいけない」


劉備の話に諸葛亮は微笑み、羽扇を持ったまま拱手した

「ご安心ください、幾通りの手を考えましたがここに来てまさか天の助力が得られるとは思いませんでした」


「天の助力?」

劉備は空を見上げたが何も分からなかった


「はい、五日後に天より贈り物が授かり叶県城は必ず破られる。これであの二人の信頼を勝ち得ますか?」

自信満々の諸葛亮を見て劉備も自信に満ち溢れた

「あぁ!できる、できるぞ!しかし天の助力とは一体…」


「五日後に全てが分かりますので、それまでお待ちください」

言い終わると諸葛亮は北の方を眺めた

「しかし典黙も只者ではない、叶県城に入れても敵軍を一網打尽にできないかもしれません。なのでその前にもう一度手を打たなくてはなりません」


「どのような?」


「漢昇将軍にもう一度情報を渡してもらいます」


諸葛亮の答えを聞いた劉備は一瞬戸惑い、その後頷いた

「今度はどんな情報を?」


「兵糧です」


「孔明、自信はあるのか?」

劉備の眉はピクっと跳ねた


「はい、典黙の信頼を得るには必要な事です」


苦肉の策で情報の明け渡しと天の助力、全く関係の無い事に思えるが、諸葛亮はまるでそれらを繋げようとしていた。


劉備はその真意を読めずに居たが振り返ってみると今までの典黙も同じような事をしていた


「戦場での事は全て孔明の意に添うよう協力する!」

劉備は徐庶の言う事を再び思い出し、希望を諸葛亮に託した


「主公の信頼に感謝します!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る