百九十三話 麒麟の読み

「孔明の苦肉の策は出だしに過ぎない、典黙の自負を逆手に利用するのが狙いだろう。だから漢昇の送る手紙を信じない!ならば我々が先ず城を一つ手に入れられる、これで穎川の入り口が開かれたのも同然」


確かに諸葛亮は今まで一度も手を出さなかった。

しかし徐庶と離別する際に彼の言った言葉を劉備は忘れなかった。

"臥龍なら麒麟と渡り合える"!劉備はこの日が来るのを待ち侘びていた


諸葛亮は依然と羽扇を扇ぎ

「主公も城を占領できるかどうかを心配していない、なぜなら典黙には四五万の兵力があるから。違いますか?」


「孔明には隠し事はできないか」

本心を見抜かれた劉備少し安心した

「曹操の大軍は完全に北国の袁譚と対峙している、すぐには駆け付けられないが我々に残された時間も少ない。私の見立てでは多くて一ヶ月、この一月で許昌を落とせなければ曹操は必援軍を送るだろう!」


劉備の分析を聞いた諸葛亮も頷いた

「主公の言う通りです、私に策がありますが、未だ時が来ていません。暫しお待ちください」


「典黙が策を練る時曹操も見破れないと聞いた、孔明の言動からもそれに近い物を感じた!刮目して待たせてもらうぞ!」


やはり才覚ある者は皆変わり者なのか?

典黙と孔明、この戦いは驚天動地の戦いになる!劉備はそう確信した


次の日、議政庁内に文官武将が揃った

典黙が帥椅に座り、列の中には趙雲、曹昂、張繍、張遼、徐庶たちが並んでいた


曹昂は黄忠の手紙を手に取り、それを読み上げた

「罪将黄忠、手紙で己吾侯へご挨拶申し上げます。数日前南陽の議論で諸葛亮は魯陽への陽動と叶県を奇襲する事を決めた。横林から出兵ですので急いで叶県の救援を提案します」


叶県は魯陽からは百五十里離れている、叶県に比べればより近くにある魯南を占領した方が明らかに理にかなうはず

普通に考えれば後方支援は近い方が安全で急な要請にも対応できる


なので皆黄忠の手紙を聞いてから鼻で笑った

唯一徐庶だけが一瞬の疑惑を顔に出した


「黄忠は我々の大軍を叶県へ誘い出して魯南を取るつもりだろう?これなら穎川への入り口は開かれる。軍杖刑と引替えにこんな策を手にしたのか?全く、肩透かしだな」

張繍は首を横に振った


「僕もありえないと思う、本当に叶県を占拠できたとして、穎川への入り口は確かに開かれる。しかしそうなれば補給道が長くなり過ぎて危険のはずだ」

趙雲も不審な点を挙げた


「同じ意見です」

張遼も元から黄忠を信じていなかったので淡々と否定的な意見を口にした


「元直はどう思う?」

典黙は曹昂から竹簡を受け取り、目を通してから徐庶に向かって聞いた


聞かれると思わなかったのか、徐庶は一瞬躊躇ってから首を横に振った

「分かりません、私も将軍たちと同じ意見としか言えません」


徐庶は明らかに劉備の味方で、当たり障りの無い答えを口にした


典黙もそれを気にしなかった、徐庶に聞いたのもあくまで形式的なものだった


「よしっ、兵力を集め、叶県に向いましょう」


典黙の命令を聞いた武将たちはポカンと互いの顔を見合わせた


「軍師殿、魯南ですか?叶県ですか?」


典黙は張繍をチラッと見て分析を始めた

「僕らの行き先が叶県だろうと魯南だろうと諸葛亮からすればどうでも良かった。どっちを取っても我々の四万大軍と数箇所ある関門を突破しなければいけないからね、それよりも我々を野戦に誘い出して全滅させた方が効率が良い。そのためにも僕らに黄忠を信用させようとしている、つまりこの情報は確実に本物だ。それに長い補給道も我々を誘い出す餌にピッタリでしょ?」


諸葛亮は確かに手強い、彼も典黙同様計画一つ一つに拘らずに大局を動かそうとした。

黄忠の漏らす情報は信頼を得るまで本物が続く、しかしその情報もいつ劉備軍の切り札になるかが分からない


典黙の話を聞いて皆もなるほどと納得した


武将たちが準備に取り掛かるため外へ出て行き、徐庶だけがその場に留まった。


彼の内心は穏やかでは無かった。

何故なら黄忠の手紙を聞いた彼も武将たち同様、手紙の真偽について考えていた


しかし典黙の分析を聞いてやっと理解した、重要なのは手紙の内容ではなく、本物の情報を餌に黄忠を信用させる事だった。


「軍師殿、私も一緒に叶県に行っても良いですか?」

達人同士の試合が人の興味を引き付けるように、諸葛亮と典黙の知恵比べが徐庶の興味を引き付けた


典黙はニヤりと笑い徐庶の近くまで行き、肘で徐庶を啄いた

「諸葛亮を劉備に推薦したの君でしょ?僕と彼、勝つのはどっちだと思う?」


徐庶はドキッとした、自分が諸葛亮を劉備に推薦した事は誰も知らないはず!なんでそんな事まで知ってるんだ?


「分かりません、ただ見届けたいと思います」

内心の驚きを抑え、徐庶は淡々と話した


「良いでしょ、着いて来るといい」


完全に歴史からかけ離れた戦いに対し、典黙も徐庶同様、好奇心に満ち溢れていた。


叶県の城関前に着いた関羽と張飛は"典"の文字が書かれた大旗を見て眉間にしわを寄せた

「腐儒め、叶県を奇襲するって言ったのに情報を漏らしやがて!相手は手紙を信じたじゃねぇか!」


「翼徳、先ずは兄者に報告だ」


「あぁ、行こ!」

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