百九十二話 臥龍の先手

春宵一刻値千金!言葉通り典黙は五更までの時間を大事に過ごした。


これ以上遅く帰るのは危険になる、伏皇后は寝台から立ち上がろうとした時にフラついて、壁伝えに辛うじて立ち上がった。


「皇后様、大丈夫ですか?」


「お前…!」

伏皇后は少し言葉に詰まった

「お前は女を触った事が無いのですか?」


伏皇后は自分の気持ちに疑問を持った、最初こそ大漢を復興するために仕方なくと思っていたが、そのうち段々と屈辱的な気持ちが消え、代わりに言い表せない感情になっていた。


皇后である事から彼女は簡単に口を開く事が出来なかったが、五更より遅く帰っても良いと矛盾する気持ちすら湧き上がった


陛下…ごめんなさい…


「皇后様も男に触られた事が無いみたいだったよ?」

横たわる典黙は取り乱しながら服を着る伏皇后を見てニヤニヤしていた


「約束を忘れないで!」

遂に服を着た伏皇后はいつも通りの冷たさに戻った。


「はいはい、劉備が許昌に着いたら迎え入れますよ、そして陛下を送り出します」


再び肯定的な答えを貰った伏皇后はやっと安心した

「陛下は君の働きを決して忘れないでしょう」

伏皇后は典黙に背を向けたまま話した


「皇后様も僕の動きを忘れないといいね」

典黙はニヤニヤしながら伏皇后を見た


「もう行くわ!」

典黙のからかいを流し、伏皇后は走って逃げ去った。


剣術鍛錬と虎鞭の二重効果によって典黙の戦闘力は上がった典黙でも伏皇后との戦いで体力を使い果たした

彼はまるで願いが叶った敬虔な信者の様な笑みを浮かべて眠りに着いた


五更時の許昌城は未だ夜間外出禁止令が解除されていないため、伏皇后も直接後宮へ戻る事ができない。

彼女は一度伏完の府邸へ戻り、朝になったら伏完と共に皇宮へ入る事にした。


皇宮へ戻った伏皇后が一礼をする前に劉協が先に立ち上がり急いで彼女の方へ歩いた

「どうだった?典黙は承諾したか?」


伏皇后は使命を果たした顔で重く頷いた


劉協の目に希望の光が宿り、嬉しそうに笑った

「皇后ならやり遂げると、朕は信じていたぞ!彼が邪魔しなければ皇叔が朕を連れ出してくれる!再び天下をこの手にできる!」


言い終わった劉協は自分の口を抑えて、周りをキョロキョロ見た。


「どうやって典黙を説得したんだ?」


「えっと…」


「皇后、顔が赤いぞ?体調でも悪いのか?足も震えてるぞ、大丈夫か?」


「陛下、私は少し疲れました…」


「そうか、なら速く休むといい」


今の劉協は許昌から離れたあとの妄想で頭がいっぱいで、伏皇后の異様に気付く事も無かった


荊州の南陽、黄忠の臨時府邸では李厳が黄忠を支えて辛そうに歩いた


「漢昇将軍…」

八十軍杖刑を受けた黄忠の背中を見て、李厳はとても機嫌が悪かった


「平気さ、この程度の傷はそのうち治る」


「苦肉の策は劉備の配下でも良かっただろう!なんで漢昇将軍がこんな目に遭わねばならない!」


李厳は怒りに任せ、不満を口にした


「正方…」

黄忠は足を止め、説教をしようと李厳を見たが李厳の悲しそうな目を見て強くは言えなかった


「正方、敵を撃ち負けられるならこの程度の傷は価値あるものだ。陛下を救い出し、公子を荊州刺史に戻すと共に内乱を回避できればそれで良い」


正直、黄忠は天子を救い出す事をどうで良いと思っていた。

彼は武人で、どうしても荊州軍同士が殺し合うのを避けたかった

天子を救い出すことによってこの目的が達成できるなら八十の軍杖を受けても文句を言わない


「正方、いつまでも皇叔への偏見を持つな。皇叔が漢室後裔として陛下を救いたいと思うのは間違ってない。それに公子に対しても協力している」

黄忠は諭すように李厳をなだめた


「フン、計画通り陛下を救い出して公子を荊州刺史にしてくれるなら俺は劉備に頭を下げるよ。もしこれがまた無駄骨なら…!」


「今度は大丈夫…だろう」


「結果が出るまで分からない、劉備は今までどれだけ負けて来た?俺は先代の元で数十年仕えたが、これだけの敗北をして来なかった」


李厳は心底劉備を信用できなかった


「大丈夫だ正方、今度は孔明が出した策だ、彼を信じよう!」

黄忠はお人好しなのでいつも李厳と劉備の間柄を取り持とうとする


二人が話してる間に劉備と諸葛亮が入って来た

「漢昇、お怪我は大丈夫か?」


黄忠の方へ駆け寄る劉備は李厳を見ると友好的な微笑みを見せたが李厳は無視した


「お気遣いありがとうございます。皇叔、何か作戦がありますか?」

黄忠は作戦の続きが気になっていた


「漢昇将軍、許昌へお手紙を書いて欲しいです」

諸葛亮は羽扇を振りながら話した


「ええ!どのように書けば良いですか?」


諸葛亮は羽扇で二人の前を隠し、黄忠の耳元でヒソヒソ話した


「軍師殿!何故このような計画を?典黙が手紙を信じたら我々が不利になるのでは?」


諸葛亮は自信ある笑顔を見せ

「漢昇将軍、私を信じてください」


ここまで来たら最後まで諸葛亮を信じるしかないと納得したのか黄忠は少し迷ってから頷いた。


隣の李厳も会話を聞いて、内心の不快を抑えたが、黄忠がここに居なければ異論を唱えていただろう。


劉備たちは作戦を黄忠に伝えた後離れた

「孔明、典黙が策にハマると思うか?」


「主公はどう思いますか?」

好奇心に駆られた劉備が諸葛亮に質問をすると後者は答えること無く聞き返した。

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