百九十一話 伏皇后の取引

曹操は十万の大軍と共に北上した、許昌には四万の兵力が残され、魯陽は最前線として前から一万の駐屯兵がある、その一万の駐屯兵を率いるのは曹仁と夏侯淵。


曹操と分かれてから典黙は毎日太腿の間に溺れる事もなくたまには考軍処へ行っていた


典黙の期待通り、運ばれた石が焼かれて雪のように白くなって、その一つを手に取り握ると粉々になった


「うん、確かに石灰石だ、生石灰が出来たね」


「軍師殿、これは一体何に使うんですか?」

典黙の作る物は基本的に今まで聞いたことも無い物ばかり

歐鉄も新しい知識を受け入れる準備ができている


しかし典黙は首を横に振った

「未だ分からない、取り敢えずこれをいっぱい作っといて」


用途が分からないのに作るの?

歐鉄は茫然と典黙を見た

まぁ、原料の石自体はタダで拾えるしいいかっ…


「子脩、これらを全て粉にしてから硝石と同じように資材倉庫に保管しといて」


「わかりました」


曹昂は根掘り葉掘り聞く事をしない、典黙もそこがすごく気に入った


今の資材倉庫には硝石、火油に加え生石灰もある。上手く使えば数万の大軍よりも役に立つ!


「歐鉄、前に頼んだ物は出来てる?」


「はい、軍師殿に言われた通り、渡された砂を溶かして固めたら本当に透明になりました!薄めた墨汁で色付けして竹の骨組みもちゃんと付けました」

歐鉄はそう言いながら小箱を取り出した、箱を開けるとそこにあるのは原始的なサングラスだった。


「軍師殿、これは何に使うんですか?」


「ん?お洒落」


「……」


丁度その頃、趙雲と張遼が走って来た

「子寂!やっと見つけた」


「どうしたの子龍兄?」

よく見ると趙雲の手には竹簡を持っていた


「劉備は丞相が離れた途端に動き出したのか?」

典黙は目を細めた


「未だ分からない、これは黄忠からの密書」

趙雲は声を小さくして答えた


「黄忠…?ここで話すのはやめよう、議政庁へ戻ろう!」

典黙も小声で言った


議政庁に戻ると趙雲は手紙の内容を報告し始めた

「黄忠の手紙によると、数日前に劉琦と劉備が丞相の留守を狙って許昌を奇襲すると決めたらしい。それに対しての警告です」


「黄忠がそんな事を?面白い…」


曹操が離れてから典黙は周りの目を気にせずに主帥の座に座った


「なんの前触れも無しにこの手紙?どういう事だ?」

武将たちと同様、典黙も手紙の真意を理解できずに困惑していた


「報告!」

一人の斥候が走って来て、拱手した

「荊州の諜報員からの報告です!劉琦と劉備が北上の作戦を立てた時に黄忠と関羽が先鋒の座を奪い合い。黄忠が悪言を口にし、軍杖刑八十を受け、兵糧の運搬係に落とされました!」


それだよ、小芝居をするなら最後までやらないとだね


「軍師殿、伯平を思い出しました」

斥候が出ていった後張遼が先に笑って口を開いた


「文遠将軍の言う通りです!先生が袁紹と戦った時に使った苦肉の策を思い出しました!」

曹昂も笑いながら言った


「僕も同意見です」

趙雲も淡々と意見を口にした


「うーん、未だハッキリと分からないから、結論を出すのはもう少し待とう」

典黙は意外と首を横に振った


典黙の認識では、諸葛亮の計画は苦肉の策だけで終わるはずがない、真の狙いがわかるまでは迂闊に動けない。


「なら、僕らももう少し静観すべきですか?」

趙雲の問に典黙は頷いた


「そうね、前線からの報せが無い限り待とう。しかしこの手紙も我々への宣戦布告のような物だ、すぐにでも動きを見せるでしょう」


兵力差がほとんどない今、荊州軍が許昌を狙うのは賢明な判断では無い、少なくとも慎重な諸葛亮のやり方ではない。

恐らくまた劉備の執念だろうと典黙は想像できた


議論は最終的に南陽の見張りを増やす事で終わって、典黙は自宅へ戻った


「旦那様お帰りなさい!あの人また来てますよ!」

麋貞は少し不満そうに言った


典黙は客間を覗くとそこで待っているのはやはり伏皇后だった。

伏皇后は麻布の民服を纏い、胸元の襟が張り裂けそうになっていた


なるほど、劉備に動きがあれば劉協もじっとしてられない訳だ…


「貞、部屋に戻りなさい、僕には仕事が残ってるから」


「だから?私への愛は消えるんですね!」

麋貞は更に不満そうに横に振り向いた


典黙は麋貞の頬っぺにムマッとチューしてあしらって、客間へ入った。


「皇后様がいらっしゃってからこの部屋も華やかになりました!何か御用がありますか?」


伏皇后は相変わらずゴミを見るような目で典黙を見て

「ここでは話せません、部屋へ連れてってください」


「へぇー、いきなり僕の部屋ですか?本当によろしいでしょうか?」


伏皇后は典黙を一睨みして何も言わなかった


典黙はそれ以上何も言わずに伏皇后を自分の部屋へ連れ込んだ、彼も自分の弱点を克服するつもりで居た。


「陛下はもうすぐここから抜け出し、再び天子の威厳を取り戻します!君にも活躍して欲しいです」


部屋の中、薄明るい灯台の光が伏皇后の華奢で豊満な姿を照らし出した。

素朴な民服でもその美しい体型を隠せない


「丞相、あなたが正しかったようです…」

典黙は目を奪われ、固唾を飲んで呟いた


「何か言ったか?」


「あっ、いいえ!安心してください、微臣が居れば逆賊の思う通りにはならなりません」


伏皇后は典黙の意味を理解していた、彼女は軽くため息をついて話し始めた

「約束して、劉備軍が許昌に着いたら邪魔しないでください!君にその力があると知っているわ。約束出来れば、私は…今夜五更になってから帰っても良いわ…」


色仕掛け!取引!これは罠だ!落ち着け!丞相は大事な金糸軟甲をくれた、青釭剣もくれた、欲しい物全てくれると言ってくれた!裏切る事などできようか?いやっ、できますまい!!!


赤裸々の色仕掛けで典黙が酷く動揺して目が泳いだ


何も言わない典黙を見た伏皇后は彼が黙認したと思い、唇を噛み締め民服を脱ぎ去った。


民服の下に隠されていた赤い下着が目に入ると典黙の呼吸がますます荒くなった


月光に照らされた伏皇后の下着姿はまるで摘まれるのを待っている花のようだった


伏皇后が手を背後に回してるのを見ると典黙は次の瞬間下着も落ちると理解していた


普通の男ならこんな誘惑を拒めるはずもない!しかし典黙は普通の男ではなく、とんでもないスケベだった!


丞相がこれだけ信頼してくれているのだから許してくれるよね!


「約束して…」

赤い肚兜が舞い落ち、伏皇后は手で体を隠し、目を閉じて言った。


「皇后様、僕は約束を守る男です!!」


肯定的な答えを聞いて、伏皇后はそれ以上何も言わなかった


「皇后様…」


「何も言わないで!」


曹操が北上して、北国を全て治めば劉協はますます脱出する機会が無くなる。

伏皇后が決意を固めたのも、今回の劉備に全てを賭けるつもりで居たから


今の彼女はただ単に、一刻も早く今夜を過ごしたいと思った。

伏皇后からすれば、典黙の言う"皇后様"は自分に対する冒涜にしか思えない

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