百九十話 大事な物

通常、点将は宣誓の後に行う物。

各軍閥は宣誓をする事で軍心を奮い立たせる


許昌の宣誓はもちろん天子である劉協が執り行う事になって、会場も皇宮内になった


軍の階級が行軍司馬以上の人のみが入ることを許される為、宣誓に参加できるのは千名程度


劉協は形上、逆賊を討てだの叛乱を静めろだの適当に話したあとでこの形式上の宣誓が終わり曹操の点将が始まった。


緊張感のある点将会場で北征する文官武将が逐一呼ばれて列を出た。


いくら今の袁譚三兄弟の実力が自軍と差があっても曹操は油断をしなかった。

趙雲、張遼、張繍、曹仁、夏侯淵以外の武将が総出となった。

謀士は典黙以外徐庶も残された


曹操が徐庶を残したのは、おそらく後者が元々劉備に仕えていたので荊州の状況を詳しく知っていると思っただろうか?

そんな期待をしても無駄なのに、と典黙は思った。


「弟よ、お前行かねぇのか?なら俺も行かねぇ!」

家に帰るなり典韋は駄々を捏ねた


「おかしいね、丞相は戦いがある度必ず子寂を連れて行くのに、今回はどうしたよ?」

許褚も少し不思議そうに思った


「もう、兄さんたち落ち着いて。この件は僕の意思だ」


「お前の意思だ?」

典韋は揺り椅子にダラっしている典黙に近寄った

「この戦いはどれくらい長引くか分からないぞ、お前は嫁が居るからって兄ちゃんの事はどうでも良くなったのか!立てコラッ!」


言い終わると典韋は揺り椅子を足蹴した


借金取りみたいな兄二人を前に典黙は大人しく立ち上がった

「兄さんたち、不満があるなら丞相に言ってよ。僕に言っても仕方が無いでしょ?」


「口答えするなっこのっ!」

許褚の腕は空かさず典黙の首を肩越しに締めた


「じゃ丞相に言いつけってやるよ!行くぞ仲康!仲康!」


「あっ、あぁ!行こ!」


二人が出口から出ようとした時にお人好しの趙雲が二人の前に立ちはだかった

「子盛、仲康!子寂がこのような決断したのに意味があるはずだ、その理由を聞かせてもらおう!」


趙雲が二人を連れ帰ったの見ると典黙も姿勢を正した

「兄さん、仲康兄、今の北国には四支柱も無く、大戟士も先登営もいない、田豊沮授の頭脳があっても動ける手足が無ければおそるるに足りない。二人が行った方が効率がいい」


「そんなの子龍に行かせても一緒だろう」

典韋は明らかにこの答えでは満足しなかった


「それが一緒でもないんだよ」

典黙は笑って首を横に振った

「袁軍にとって戦場で遭いたくないのは間違いなく兄さんと仲康兄、この点だけで言えば子龍兄は未だ少し足りない」


「あぁ、確かにな!」

典韋と許褚は互いに見合わせて満足そうに頷いた

「確かに子龍は時々女々しいんだよ、話があるってんなら取り敢えず斬ってから聞けばいいんだよ」


「いやっ、斬ってからだと話は聞けないでしょう…」


典黙が言った事は嘘では無い、戦場では袁軍がより恐れたのは典韋と許褚。

恐怖を植え付けた点でいえば趙雲は虎賁双雄に劣っていた。


捕虜たちに話を聞いても、戦場で趙雲と出遭っても取り敢えず投降すれば命は助かるが、虎賁双雄と出遭ったら命乞いを躊躇ったら本当に命を失う。


このような噂が立っているなら虎賁双雄は袁軍の軍心に対する抑制力になる。


この度の北国収復は難易度が低く、速さ勝負。

それに対して劉備には関羽と張飛のような一流の武将が居ても実際に出て来るか分からない。


これら総合的な点から鑑みて、典黙は趙雲たちを残すよう曹操に頼んだ。


「出征がどのくらいで終わるか分からない、俺が近くにいねぇ時は気を付けろよ、この時期は未だ暑かったり寒かったりするから風邪ひくなよ…」

典韋はやっと長椅子の端っこに座って、母ちゃんのように小言を話し始めた


「何かがあったら危険を冒すなよ!特に大耳野郎!アイツに気を付けろよ」

許褚も典韋に続いて小言を話し始めた


「あぁ!そうだった!大耳野郎ね!最近寝たっきりの龍?を軍師にしてるって、噂だとあの喋れない徐庶より凄いってさ!」


「何かあったらすぐ言えよ!俺は爪黄飛電あるし、子盛には絶影がある。一日で戻って来れる!」


「分かったよ兄さん、仲康兄」

典黙は立ち上がって二人の甲冑を整えた

「僕は戦場に立たないし問題ない、二人こそもう主将なんだからあまり前へ出過ぎないでね」


典黙が決めた事ならそこには充分な理由があるはず、二人は離れたくない気持ちを抑えて頷いた。


「子龍、弟を任せたぞ!頼むな!」


「子龍、子寂の身の回りに話の通じない奴が居たらどうするんだ?」


「斬ってから話を聞く事にした、兄者たちも気をつけて!」


虎賁双雄が離れたあと、曹操も訪ねて来た


「丞相!何か用ですか?」


「用がなければ来ちゃいけないか?子龍、外してくれ」


趙雲が外へ出たあと曹操は典黙の膝に掌を乗せた

「明日から出発だ、いつ戻って来るか分からないから少し話そうと思ってな」


「やめてくださいよ、恋人の離別でもありませんし…ハッキリ言ってくださいよ、わざわざ三兄を外したからには、聞かれたくない事があるでしょう?」


「君には隠し事は無駄か…信じてない訳ではないが、言って置かねばならない事がある」


「はい」


「この度の北征は精鋭部隊を全て連れて行く、君に残すのは四万人だ、騎兵も八千しか居ない、もし何か予想外の事が起きたら先ず自分の身を守れ!城だろうと兵力だろうと天子だろうと君に比べれば微々たるもの、分かったか?」


曹操の話しは典黙の内心をポカポカさせた

「丞相は劉備が心配ですか?」


「あぁ、確かな情報によると劉備の新しい軍師諸葛亮もなかなかの奇。ここ数年、君の手段は明るみに出て、兵法の癖も研究されたかもしれん、対して諸葛亮の手段は未だに分からない」


曹操の言う事は理にかなってる、転生してから典黙はトップレベルの軍師と戦って来なかった。田豊と沮授は良い相手かもしれないが、二人は手を出す事すらもなかった。


諸葛亮がどこまでできるのか、典黙自身も予想できない


「臥龍を正面から打ち破り、麒麟の名を証明するだけです!ここ許昌で丞相たちの凱旋をお待ちしますので!」


「ハッハッハッハッ!!」

曹操は自信満々の典黙を見て豪快に笑った

「よしっ!子寂!君子の一諾だ!待ってろ!」

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