百八十三話 臥龍の危機

南陽隆中の臥龍岡、劉備三兄弟が諸葛亮の小屋へ向かっている。

諸葛亮を訪ねるのは既に三回目、劉備は未だ胸を躍らせているが関羽と張飛は不満に思っていた。


彼らの中では劉備は皇叔の身分があり、高貴な存在である。

そんな高貴な皇叔が何回も足を運んでいるのに諸葛亮が留守している事は不敬に思えた


「徐元直先生があれだけの才能でも兄者の勧誘を受けて素直に力を貸したのに、この諸葛亮は兄者が訪ねてくるのを知りながら留守にした。当然それ以上の才能があるだろうな!」


「ったくよ、雲長の言う通りだぜ!兄者がわざわざ行く事ぁねぇ!自分で来いって言ってやろうぜ!それでも来なかったら俺が縛って来る」


道中、張飛がずっと腐儒腐儒と諸葛亮を罵って、劉備がそれをずっとなだめていた


遂に三人が小屋の前に到着した、しかし遠くから何やら声が聞こえていた。


声のする方を遠目で見ると、一人の青年が三人の覆面刺客に襲われているのを目にした。

その青年は身長八尺、冠玉のような顔立ち、綸巾を被り、鶴氅衣で身を包み、手には羽扇を持っていた。


青年は必死に攻撃を左右に避けていた、刺客の武芸は大したことないが三人がかりでは青年は太刀打ちもできない。

よく見れば鶴氅衣は既にボロボロに切り裂かれ、頭上の綸巾もずれ落ちそうになっていた


「雲長、翼徳!助けよう!」

劉備は諸葛亮を見たことは無いが崔周平たちの話を聞いて諸葛亮の格好を知っていた


三兄弟が助けに入り、青鋒が諸葛亮の胸元に届く前に劉備の長い腕に手首を掴まれた。


関羽と張飛も一人ずつ捕まえ、蹴り飛ばしたら相手が吐血してガックリした。


「どうして私を狙う?」

地面から這い起きる諸葛亮が刀傷を抑え、ずれ落ちそうな綸巾を直して、唯一生き残った刺客に聞いた。


劉備に取り押さえられた刺客は冷笑し、腰に差した短刀を自分の胸に突き立てて自害した。


死士!?


「先生、ご無事ですか?さぁ、おかけになってください!」

劉備は死士の出処よりも目の前の諸葛亮を気に掛けた。

「先生の家に止血用の外服薬等がありますか?」


諸葛亮は正堂の竹棚を指さして

「棚の三段目にあります…」


すぐ関羽がそこから薬草を取り出し、すり潰して諸葛亮の傷口に載せた。


しばらくバタバタしてから諸葛亮はやっと体力を取り戻した。

彼は関羽と張飛の異様な目を見て少し気まずく感じた、一晩用意した隆中対で格好付けようとしたのにこの初対面は予想に無かった


「皇叔たちが居なければ危ない所でした」

既に寝台に寝転がった諸葛亮が礼を言った


「いいえ、間に合って良かったです」


劉備も先の一件により緊張感が無くなった、自分が命の恩人なら諸葛亮も断われないと踏んだから。


「先生!先生は才能があるのにずっと隆中に居るつもりですか?今の天下は至る所に戦火が立ち、姦臣が朝廷を牛耳、倫理常識が崩れ、百姓たちが生活出来ないほど苦労している。この劉備は中山靖王の後裔として国賊を討ち、政権を天子に返還するために日々戦っています。しかしいつも力が及ばず、度々曹賊に敗れ……」


条件反射なのか、習慣的なのか、劉備がここまで言うと又涙を流し始めた

「先生!大漢のため、天下百姓のため、どうかこの隆中から出て、私たちにお力を貸してください!この劉備は必ず先生を師と仰ぎ、一生変わりません!」


諸葛亮はため息をついて、少し困っていた。

彼は劉備が訪ねてきたことを知っていた、そしてそれも徐庶の推薦だと推理できた。


乱世に生まれた奇才なら武勲に興味が全く無いと言えば嘘になる

三顧の礼で劉備の誠意も充分だとわかった。


しかし多い才能を持つ彼はまだ矜恃を持っている、台本通りならここで劉備が跪く所だった。


しかし劉備が跪く前に関羽が先に口を開いた

「この刺客たちは失敗した途端自害した、きっと諸侯の死士に違いない。諸侯に狙われればこの小屋も安全とは言えないな…」


「死士?どこの諸侯だろうな?」


「決まっておる、このような卑怯な事を考えられるのは曹操以外無いだろうな!」


「ありゃりゃー!大変大変、曹操は一大勢力だ、一回失敗してもまた襲いかかってくるだろうな!先生が危ないじゃないの?」


「うん、ここに居るのは確かに危ない。しかし我々と居れば安全だな!」

関羽はまだ二尺しかない髭を撫で下ろしてつり目を細めた


二人は劉琦に使った小芝居を諸葛亮に使った。

しかし諸葛亮は劉琦では無い、すぐ言外の意を読み取った。


お願いされて山を降りても良いが脅迫されて山を降りてはいけない。

でなければ兵を動かす時の威信が足り無くなる


「雲長!翼徳!無礼な事を言うな!それ以上言ったら私は自分の耳を突き破るぞ!」

劉備は双股剣を抜き出し自分の耳に当てた


「兄者!」

「出て行け!」


関羽と張飛が互いに顔を見合わせて外へ出て行った


二人が出てから劉備が台本通り諸葛亮の寝台の前に跪いた

「先生の才を無理に求めません、もし先生が隆中から出なくても私は衛兵を派遣し、先生の身辺を警護させます!」


そろそろいい頃だと思った諸葛亮は辛そうに傷口を抑えながら寝台から降りて拱手した

「この諸葛亮がお役に立てられるのであれば犬馬の労を尽くします」


「先生!速く寝ててください!」


嬉しい涙を流す劉備が諸葛亮を再び寝台に着かせた

「先程雲長と翼徳の話は気にしないでください。しかし彼らの言う通り、恐らくこれらの刺客は曹操が送り込んだ者だと思います」


寝台で寝ている諸葛亮も頷いた

「そうでしょうね、主公は二度も私を訪ねて来た、恐らくその諜報員に気づかれたでしょう、それに加えて私の虚名を恐れ、刺客を差し向けてきたのでしょう」


「先生を巻き込んでしまい、申し訳ないです」

劉備は最初何故諸葛亮が狙われたのか分からなかったが、彼の話で理解した

助けた気持ちも消え、代わりに後ろめたさを感じた


諸葛亮は羽扇を扇ぎ

「曹操が先に手を出したならこちらも受けて立つしかありません!」


「先生、前線の報せによれば曹操が典黙の策で袁紹軍四十五万を正面から打ち破り、袁紹と河北四支柱を含む多くの武将を討ち取った。近い将来北国四州が全て彼のものになってしまうのは確実かと思います!その力は計り知れないものです」


長いため息を吐き、劉備は再び諸葛亮を見て、目に光を宿した

「曹操が勝てたのは典黙の活躍があってこその物です、水鏡先生の話によれば麒麟と渡り合えるのは臥龍鳳雛!私は先生の助力を得た今なら曹操と戦えます!」


「勿体無いお言葉です、私はただ全力で補佐するを誓います!」


十八歳の諸葛亮は歴史に比べ、九年速く隆中から出た。

今の彼には若さ故の勝負欲がまだ少しだけ残っていた。


劉備は喜びで震え、期待な眼差しで諸葛亮を見つめた。

典黙、ここからが私の反撃が始まる!

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