百八十話 袁紹の遺志
袁紹は当然笮融の嘲笑で死ぬ訳もなかった、彼は気絶居ていた。
そして袁譚に抱えられ同じ馬に乗せられた。
やがて馬に揺られ、袁紹は本陣に着く前に起きた。
本陣に着いても袁紹の顔色は依然と悪かった。
しかし彼は医官の診察を断り、他の人たちを軍帳の外で待たせ、沮授だけを寝台の傍に呼びつけた
「先生の進言を、一つでも聞き入れれば今日の失敗は無かったなぁ…」
沮授の印象では、袁紹が自分の非を認めた事は無かった。
この彼らしくない言動は何を意味するか、沮授も薄々気づいた
「主公、私が引き下がったのが悪かった…」
袁紹は袖を振り上げ沮授の自責を止めた
「公与、お主に聞きたい。後継者に相応しいのは誰だと思う?」
沮授は酷く驚いた、袁紹はここで後継者を決めるということは遺言を残す事でもある
「主公の家庭事情ですので、私では決めかねます…」
「公与、君は…死に行く者の頼みを断るのか」
袁紹は真っ青な顔で寝台の端を頼りに起き上がった。
片手で胸を抑える袁紹の目も虚ろになっていた
沮授もこんな袁紹を見て心苦しく思っていた
「主公、古来より廃長立幼は争い事を引き起こす道です」
「そうか…」
袁紹は大きく頷いた
「皆を中へ入れよう」
沮授が外へ行き、皆を中へ呼び戻した
全員の見守る中袁紹は咳をして、血腥さを感じて皆に心配されないように無理やり呑み込んだ
「我には息子が四人居た。譚、煕、尚、買。幼子は運悪く先立った。三男の尚、我の溺愛を一身に受けるが経験が浅く大役を任すには足りない。次男の煕も、この圧力に耐えられないだろう…」
袁紹は袁譚を真っ直ぐ見て
「譚!性格も勇敢、行軍の苦にも耐えられる。よって我は後継者を譚とする!諸君の補佐、頼むぞ!」
「承りました!」
何故この状況下で後継者を決める?
一同は命令を受けたが困惑していた
袁煕と袁尚は不満に思ったが顔には出さなかった
「譚、今後は煕と尚を頼むぞ!護ってやれ」
「はい!父上!」
伝えるべき事を伝えた袁紹は長く息を吐いた
「残っている酒肉を全て使い将兵たちにお腹いっぱい食わせておけ。譚、夜になれば一万の騎兵と二万の歩兵を残し全軍で冀州へもどれ」
「父上は?」
袁譚は驚いて聞いた
「フッ、曹操は我の首を見るまで追撃の手を止めないだろう…お主らの撤退には殿軍は必要だ。生きて帰ることの出来ない部隊だ、我には残る責任もある」
「父上、それなら僕が残ります!二弟と三弟と共に鄴県へ戻ってください」
袁譚は両膝を地面に付き、涙をこらえていた
「主公と生死を共にします!」
他の人たちも皆跪いた
普段傲岸不遜な袁紹は自分らのために、三万人と共に死ぬ気で退路を守るつもりだとわかって、文官武将たちも皆感動した。
「もう決まった事だ、もうそれ以上言葉は要らない。譚だけを残して皆準備に取り掛かれ」
「…はい」
衰弱している袁紹を見て皆もそれ以上何も言わなかった
袁紹は袁譚へ手招きして近くへ呼んだ
「譚、兵糧はもう底を尽きた。大軍全部が鄴県に辿り着くことは不可能だ、川を渡ってから急行軍で鄴県へ向かえ。誰が生き残れるか、その人自身の運次第だ」
喜んで父親を見殺しにする子供は居ないだろ、
袁譚は黙って涙を流していた。
日頃は自分に厳しく袁尚に甘い父親はあとの事を全て考えてくれていた
「それと、鄴県へ戻ったら田豊を牢から出せ、彼を師と仰ぎなさい。そうする事でまだ曹操軍と渡り合える!」
「わかりました…」
跪いたままの袁譚は袁紹に涙を見せないように顔を上げなかった
全てを伝えきった袁紹はやっと長くため息をついた
「横刀立馬十数年、振り返れば全てが夢と化した…」
徴兵された者は皆が皆金目的ではなく、残った三万の兵士たちは全て覚悟を決めた人たちだった。
彼らは残った目的を知りながらも、袁紹と共に最後の食事を口に運んだ
空が暗くなり、袁紹軍は本陣から続々と白馬の渡口へ向かった
袁紹は金色の兜と鎧を身に付け、朱の肩掛けを風に靡かせた
その背後には一万の騎兵と二万の歩兵が死士と化した
麹義も自ら残ると決め、八百の先登営も横一列並んだ
「怖いか?」
抜きみの剣を握る袁紹が聞いた
「怖くない!」
三万人が声を揃えて応えた
「うん、良い男児、良い将兵!」
袁紹は将兵たちを見渡し、夜風は悲壮感を帯て周りを包んだ。
袁紹はふっと心から声を一つ聞こえ、それを口にした
「風蕭蕭として易水寒し、壮士、一たび去りて 復また還えらず」
すぐ、周りの将兵たちも同じようにその言葉を口にした
その中曹操軍が到着した。
典韋、許褚、趙雲、張遼、高順、楽進、于禁、徐晃、張繍。
この豪華な面子と曹操軍全軍が出動していた。
袁紹軍の壮挙を見て、曹操軍も感動を覚えた。
皆顔を伏せ敬意を払う黙想をしばらくしてから典韋がふっと顔を上げ大きな声で叫んだ
「殺れ!」
袁紹軍も同じように応え、互いに突撃を始めた
両軍の距離が五十歩まで近づくと先登営が先に引き金を引き、数百の鋭利な矢が重弩から飛び出し、曹操軍騎兵を数百名射抜いた。
しかしここは界橋ではなく、地形による制限が無ければ先登営の効果も期待できない
騎兵突撃の勢いは始まれば止まらない、合計八万の兵が白兵戦を始めた。
一瞬にして、馬の嘶き、人の掛け声、阿鼻叫喚が響き渡り、まるで黄泉からの呼び声を編み出した様だった。
袁紹軍も死を恐れず馬から転げ落ちても、腕が千切れようが、足が捥げようが身近の曹操軍へ飛びかかり一人でも多く倒そうと奮戦した。
歩兵の戦いはもっと悲惨なもので、武器が使い物にならなくても両手でお互いの首を締め、鮮血の泥の中で転がり、最終的にはどっちか分からない騎兵に踏み潰された
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