百七十七話 交渉の結果
先まで死にかけた顔をしていた袁紹は人が変わったかのように颯爽としていた。
「我が何を笑ったか?お主らの慌てぶりを見て情けなく感じたのだ!」
皆一瞬戸惑い、視線を揃えて袁紹の口角に着いてる血痕を注目した
主公、無理するなって…
「考えても見ろ、我々に残されてる兵力はあとどれくらいだ?」
袁紹が話終えると皆心の中で統計し始めた
白馬城で一万、延津で四五万、袁尚のせいで四五万、昨夜でも四五万の損失が出ても兵力は未だ二十から三十万残ってる…
「じゃ、曹操軍の兵力はあとどのくらいだ?」
「五六万程度かと!」
沮授がいち早く答えた
「フン!我の数十万大軍が健在であれば兵糧の蓄え等減っても問題無い!」
袁紹は得意気に周りを見渡し、再び口角を上げた
「曹操の真意、分からないなら教えてやろう!我が兵糧を失い総攻撃を仕掛けるのが怖かったんだ、そうなれば勝敗の行く末は未知数になるからな!」
「なるほど!」
袁尚は理解した顔で喜んだ
「曹操は昔話に格好付けて休戦を申し出ようとしている!」
「尚の言う通りだ!」
袁紹は頷いた
「我々が兵糧を失ったように曹操軍も戦う力を失った!お互い休息が必要になったという訳だ、ここで休戦を提案したのは賢明な判断だ」
確かに、理屈は通る!
袁紹の分析を聞けば皆も頷いた。
それなら今の主導権を握ってるのは曹操では無く我々だ!
そう思うと皆不思議と緊張の糸が切れた、まるで昨夜の敗戦が無かったのようだった。
「戻って休むといい!後日共に会談の場へ赴き、我が軍威を見せつけよう!」
「はい!」
沮授を除いて文官武将がこの場を去った。
彼は依然と緊張した顔で進言した
「主公、我々に残された食料は七日分です。未だ鄴県に戻ることができます!もし…」
「構わん、申せ!」
「もしこれが曹操の時間稼ぎなら、食料が尽きれば叛乱が起きます!」
袁紹は顎に手を当てしばらく考えてから再び沮授を見た
「公与の意見は?」
「疑兵を残し、今夜から北国へ帰ります。冀州に着けば安全が保証されます!」
袁紹は立ち上がって軍帳内を歩き回った
沮授の意見は確かに安全策、しかし袁紹は面子を大事にしていた。
今撤退すれば世間の人たちが皆自分の事をバカにするだろう
"四十五万の大軍で十万人に追い返された"
袁紹はこのような事を何よりも許せなかった
しかし和平交渉の後ならどうだ?
お互い損傷があり、互いに譲歩した印象になる
天子が居れば尚更だ!天子の仲介で仕方なく兵を退いた!
落とし所としては充分だ!
「公与、天子陛下がここに向かっている。一目謁見してもらわなければ臣下としての道から外れる。それに陛下が見ている前なら曹操も不審な動きができないだろう」
普段の袁紹は優柔不断なのに一度決めてしまった事に対しては頑固になってしまう
沮授もこれ以上止めるのは無理だと理解した
二日後、両軍合計三十万人が向かうように立ち並らんだ
袁紹軍は騎兵が最前列、その後ろには刀斧手、弓弩手、盾兵、槍兵の順に整列した
曹操軍は最前列に槍兵、その後ろに弓弩手と盾兵が交互に配置、列の最後は刀斧手だった
二十万の袁紹軍に比べれば五万人の軍勢は少し貧弱にも見えた。
そして両陣営の真ん中に四角い机が一つと椅子が二つ用意されていた
袁紹と曹操が互いに近づき、曹操が先に口を開いた
「本初兄、数年ぶりの再会ですね!愚弟はいつも会いたいと思っていました。ここ数日の無礼を、お許しください」
「フン!曹操、そんな事を言いに来た訳じゃない。陛下は何処だ?」
「あちらです」
曹操が腕を振り上げ、背後の兵が道を空けて一台の馬車が現れた。
馬車の上には九珠冠を被り、金色龍袍に身を包まれた劉協が座っていた
正直この龍袍が無ければ劉協はとても天子には見えないだろう
天子鑾儀を曹操に乗り回されているため、劉協は許昌からここまで来るのに、まるで荷物のように曹洪によって馬で運ばれた
着くのがギリギリだったのか、劉協の顔中には未だ土埃が付いていた。
そしてこの会談が終われば用済みの劉協は許昌へトンボ帰りさせられるだろう。
「陛下、冀州の袁紹です!」
遠くから拱手して跪いた袁紹は謁見の礼を済ますと冷たい目で曹操を見た
「今日我をここへ呼んで来たのは他に用があるだろ?早く言え」
「賢兄、そう焦らないでください。先ずは掛けましょう」
曹操は謙虚な態度を見せ、袖で袁紹の椅子を拭いてから向かい側に座った
「賢兄、正直に言う。もう停戦しませんか?もう戦うのを止めたい、戦う力も残って無い。この度賢兄をここに呼んだのは和平交渉のためです、命乞いとでも受け取ってください」
袁紹は得意気に指で髭を撫でた後慎重に曹操を見て鼻で笑った
「お前は数回に渡り我が軍を待ち伏せ、我が軍の兵糧も焼き尽くした。その一言で和平交渉するつもりか?誠意を見せろ」
「賢兄、見てください!誠意を表すため我が軍は騎兵が一騎も配置していません。それと!」
曹操は指を三本立てた
「賢兄が兵を退かせてくれるなら、三万五千の捕虜を帰します、それと兵糧三十万石もお渡しします。これで手を打ってください」
袁紹は内心喜んだが顔に出さずに居た
「それだけか?」
「賢兄!」
曹操は困った顔を見せた
「これが今できる最大の誠意です、我が軍の兵糧は四十万石しか残ってません。その四分の三ですよ。ほらっ、陛下の顔を見てください!陛下も我々の停戦を望んで居るはず」
しばらく沈黙の後袁紹は再び口を開いた
「捕虜と兵糧はいつ届く?」
「同意したという事ですね!」
曹操は眉を上げ、手を擦り合わせて喜んだ
「二日後!二日後の朝、必ず本陣まで届けます!」
言い終わると曹操は自ら袁紹にお茶を注いた
「さぁ、賢兄!乾杯しましょう!そして今後は共に朝廷の為に尽力しましょう!」
アチチッ!
曹操は本当に熱々のお茶を一口で飲みきった。
しかし袁紹は何か不愉快な事を思い出したかのようにお茶を下ろした
「いや!未だだ、まだ足りない!」
フッ、強欲なヤツだな…
曹操は内心の軽蔑を見せずに袁紹に足りないものを聞く
「何でしょうか?」
「一人渡せ!ソイツを渡してもらえれば兵を退く!」
子寂かな?渡す訳なかろう、お主はもうすぐ三途の川を渡るぞ…
曹操は大きく息を吸い、内心の不快を抑え
「誰でしょうか?」
「笮融だ!コイツを車裂きの刑に処す!」
「大鴻臚ですか?」
曹操は手を叩いで笑った
「どうぞどうぞ!彼も二日後に連れて行きましょう!煮るなり焼くなりなんなりとお任せします!アッハッハッハッハッ…!」
典黙を要求されると思っていた曹操はどうやって断るか考えていたが笮融だと聞いてホッとした。
諸侯なのに笮融の言葉で根に持つとは器が小さかった様だ。
「良し、じゃ本陣へ戻る!この後遣いの者に交渉書を持たせて行かせる!」
袁紹は曹操を睨んで、自軍に振り向いて意気揚々と立ち去った。
曹操も立ち上がって腰を低くして拱手した
「賢兄!お気を付けて、逝ってらしゃい!」
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