百七十三話 官渡、決戦!
旗封山は山と言うよりも丘のようなものだった
高さは十丈ほどだが三四里続いているため地の利が無いとも言えない
夜闇に紛れ、二万の袁紹軍騎兵が馬の蹄を布で包み銅貨を口に銜えてこっそり曹操軍の兵糧倉庫まで辿り着いた。
高覧は目の前の兵糧倉庫を見て、乾いた唇を舐め
「今夜こそ、武勲を挙げる時が来た!着いて来い!殺れ!」
「殺れ!」
二万の騎兵が洪水のように兵糧倉庫へ流れ込んだ
旗封山の兵糧倉庫は兵を隠すために敢えて大きく造られた物、数万の兵が入っても窮屈では無かった。
袁紹軍の騎兵は弓から放たれた矢のように止まらない勢いで倉庫内を駆け巡り、阻む曹操軍の衛兵を次々と切り伏せた
曹操軍の守備隊は反撃もできずに逃げ惑う
思ったより順調な制圧で袁紹軍は皆浮かれていた
「速く火をつけろ!」
高覧は武器で近くにある篝火を倉庫に飛ばした
兵士たちもそれに習って放火して、曹操軍の兵糧倉庫はあっと言う間に火の海に包まれた
「戻るぞ!」
上手く行ったのを見て、高覧は撤退を命じた。
高覧同様、多くの兵士は武勲を挙げられた事で皆満面の笑みを浮かべた。
しかし、袁紹軍が後ろを振り向くと先までの笑顔も固まって、やがては消えていった。
何故なら、背後の炎影が照らし出したのは自分ら以外の騎兵だった。
高覧の心は締め付けられた、これらの騎兵は援軍では無く待ち伏せである事を高覧は理解した
曹操軍の騎兵が倉庫内では無くその帰り道に待ち伏せたのは倉庫が燃やされるのを待っていた
「常山趙子龍だ!君たちは自らの退路を火で塞いだ!大人しく投降しろ、抵抗する者は斬る」
趙雲が話終えると周りから矢の雨が降り注いだ
「命が欲しければ最後まで戦え!」
ここで怯めば必ず負ける!
主将としての高覧もちろんはそれを知っていた。
「無駄な足掻きを…行くぞ!」
趙雲の号令で龍驤営が身を引き、虎賁営がその間を駆け抜けた
張遼、徐晃、張繍、曹純等は皆自分の名前を叫びながら、袁紹軍の隊列に入り、自分の武芸を惜しみなく披露した。
兵士の数では袁紹軍の方が上、今の旗封山では曹操軍が待ち伏せしたにも関わらず戦況は五分五分だった。
趙雲が率いている騎兵は三千龍驤営と五千虎賁営、この八千騎兵以外は皆弓弩手。
弓弩手の役割は袁紹軍が包囲網を突破できないようにするための防衛線
虎賁営が袁紹軍の騎兵と接近戦をしている間に龍驤営は外周から走りながら矢を放つ、弓騎兵である彼らの活躍は虎賁営にも引けを取らない
それでも兵力の差と絶境に立たされての火事場の力で袁紹軍も簡単に壊滅しなかった
この五分五分の戦いで士気を下げるには敵将を討つしかない。
趙雲は周りを見渡して高覧を探したが、戦線が長くなり過ぎて見つからなかった。
最終的に史煥を見つけた趙雲は"君でいいや"と仕方な夜照玉獅子を走らせた。
趙雲は疾風迅雷の如く袁紹軍の隊列で血煙を上げながら史煥に近づき、すれ違いざまに竜胆亮銀槍が唸りを上げた
史煥は唐突に現れた趙雲に驚く暇もなく大刀で防ごうとするが、竜胆亮銀槍は幽霊のように軌道を変え、訳の分からない角度から史煥の喉を掻っ切った
同じく副官の高幹も運悪く徐晃に見つかり、槍で振りおろす斧を防いだが両腕がちぎられた様な痛みが走った
死を覚悟する間もなく張繍の虎頭堪金槍は既に彼の胸を穿いた。
夜照玉獅子で駆け巡る趙雲は竜胆亮銀槍を円盤のように振り回し、立ちはだかる袁紹軍は皆近づく事もできずに四肢か頭を落としていく。
勢いの止まらない趙雲は雑草を薙ぎ払う感覚で突き進み、高覧を探していた
「高進勇が此処にあり!怯むな!数で押し返せ!」
高覧は自分の名前を呼び士気を固めていた
遂に見つけた!
返り血で真っ赤に染まった趙雲は三丈離れた所から竜胆亮銀槍を構え
「命を頂戴します!」
「フン!小僧、身の程知らずにも程がある!死ぬのはお前だ!」
向かって来る趙雲を見た高覧も向かって行ったが次の瞬間趙雲の槍影が無数に見えた
歴史上許褚と四十手合い渡り合えた猛将高覧は気が付くと胸元は既に蜂の巣にされていた
「なんなんだ、お前は……」
趙雲の技量と速度は当時天下無敵の呂布ですら認めた物で、乱戦で高覧を討つのに充分過ぎる物だった
馬から転げ落ちた高覧と共に袁紹軍の士気も消えた。
「敵将高覧、討ち取ったり!」
趙雲の一声で旗封山の戦闘は完結した
上帰の方、虎賁双雄は高順と共に陥陣営を連れて袁紹軍の兵糧倉庫に突入した。
袁紹が今夜曹操軍に対して大型作戦を行ったと知り、三千の守備隊は緩みきっていた。
そんな部隊は陥陣営を前にしてもちろん何もできずに壊滅させられた。
泥酔した淳于瓊に至っては熟睡の中で許褚に首を斬られた
倉庫守備隊の生き残りが林間に逃げても陥陣営は見逃した、今回の目標は敵の殲滅では無く拠点の制圧だった
「うひょー!大漁大漁!」
典韋が絶影から飛び降り戟で米袋を突き破ると米が地面に零れた
「子盛!何ぼさっとしてる、運べ運べ!」
許褚は火雲刀を地面に突き立て米袋を肩に乗せて言った。
「子盛、仲康!千人未満で百万以上の兵糧を運べる訳ないだろ、軍師殿の命令通り焼き払おう!」
まるで山賊の様な振る舞いに笑いを堪える高順は目的を口にした。
「あっ、忘れちまったぜ!へへへっ…昔よぉ、家は田んぼが無くてね、俺が狩りをしてそれで米と交換してたんだ。弟がよく米食いてぇって言ってたな!勿体ねぇ…」
こんな時に典韋は過去の記憶を語り出した、幼い頃の典黙を思い出すと自然とニヤニヤした
「ここには長く居られない、早速取り掛かろ!」
常に命令を第一に考える高順は再び二人を急かした
「勿体ないけど仕方ない…」
許褚は近くにある篝火を倉庫に投げつけ、火は見る見る蔓延した
陥陣営の人数は少ないが火の延焼はそう時間がかからなかった、一時間もしない内に百万石以上の兵糧倉庫は全て火の海に呑まれた
「さすが軍師殿、ここの守備隊が三千程度だと言ったら本当にその通りになった!」
「そりゃそうだろ、俺らの弟はなんでもお見通しだ!」
許褚も鼻が高かった
「袁紹がこの事を知ったらどんな顔すんだろう?」
三人が顔を見合わせ、高らかに笑った
「他の所は上手く行ってるだろうか?」
高順が呟いた
「心配ねぇ、弟の作戦だ。ここ程じゃ無くても順調に行くだろう!」
ここまで戦況が順調なら戦は愉快なものになる、そして呂布の配下に居た頃この愉快を味わうのはできなかった。
高順は典黙、典韋と出会った事を心の中で再度感謝した
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