百七十二話 勝機?乾坤一擲!

袁紹は全てを悟ったかのように自信満々の顔で周りを見渡した

文官武将が皆理解できない様子を眺めると自分の頭脳が群を抜いて優れていると自負した


袁紹はしばらく優越感に浸してからまるで賢者のように語り出した

「張郃の手紙は信用出来ない、これは確固たる事実、なら曹操軍はどう動く?」


「ヤツらは…」

袁譚は先に口を開いた

「ヤツらは本陣に大軍で待ち伏せをするでしょう!」


袁紹は袁譚を賛称の目で見た

「さすがだ譚!つまりだ、曹操軍の精鋭が本陣で待ち伏せをしているなら…今まで我々が攻めたくても今まで手を出さなかった場所は何処だ?」


全員が再び互いの顔を見合わせた。

沮授がいち早く気がついて目を見開き

「旗封山!曹操軍の兵糧倉庫!」


沮授の答えが中央軍帳内をざわつかせた

「そうだ!数日前曹操はわざと兵糧倉庫の場所を餌に我々を釣ろうとした、当時は待ち伏せがあったはず。しかし今度の待ち伏せを本陣にしたという事はあそこはガラ空きだ!」


「なるほど!じゃ我々が今夜旗封山を奇襲すれば簡単に落とせるな!」


「あぁ!兵糧さえ全て破壊すれば曹賊は壊滅する!」


「さすが主公!敵の策を利用して敵を計る!言われなければ気づかなかったぜ!」


「何が麒麟軍師だ、主公の前では役者不足だ」


袁紹軍の武将たちが俄然やる気になった


この時皆が袁紹を褒め称える言葉は世辞などでは無かった。

皆は袁紹がここまで読めた事を素直に感服した

沮授でさえこの一手がとても巧妙に思えた


文官武将たちの褒め言葉で浮かれた袁紹は気を取り直して作戦内容を伝達し始めた

「進勇、明日の深夜主将として史煥、高幹を副官!騎兵二万で旗封山を奇襲して兵糧倉庫を焼き払え!」


「はい!」

高覧ら三人が嬉しそうに命令を受け、ワクワクした気持ちが顔中に溢れ出した


三人が出て行ったあと名前を呼ばれなかった者たちはガッカリして、千載一遇の好機なのに手柄を挙げられない事を残念に思っていた


「フフフフ…ハッハッハッハッ!何を落胆している!未だこれで終わりじゃないぞ!」


武将が再び困惑した顔で袁紹を見上げた

「旗封山で火の手が上がれば曹操軍はどう動く?」


なるほど!救援に行くはず!


「馬延、趙鎧!」

「はい!」

「明日の深夜、同時刻に三万の歩兵で曹操軍本陣を叩け!救援に向かえば敵本陣は手薄になるはず、三万の歩兵で事足りる!」


二人も喜んで外へ走り去った


今まで名前を呼ばれなかった武将たちは先みたいに慌てる事も無かった、何故なら袁紹は既に顎を高く揚げて居る。この様子を見れば未だ出番があるとわかっていた


袁紹は腰に差した剣を抜き、地図の一箇所を刺した

「長信林!曹操軍が旗封山を救援するなら必ずここを通る!ここにも待ち伏せを仕掛けよう!連携した一撃で曹操軍を全数殲滅せよ!」


袁譚、袁尚、郭図は少し気まずそうに何かを言いたそうにしたが口を開くことは無かった。


ここで沮授が首を振りながら代わりに話した

「主公、先の二戦で多くの騎兵を失いました。残り二万の騎兵を全て高覧たちに渡してしまえば長信林で待ち伏せは難しいかと思います」


曹操軍が旗封山を救援すれば必ず騎兵を使う、歩兵連隊で待ち伏せしても騎兵には勝てない


袁紹はニヤリと笑った

「騎兵が二万しか残ってないと誰が言った?麹義と淳于瓊の軍を忘れたか公与?」


そうだった!上帰には未だ二万の騎兵と八百の先登営が居る!

特に麹義の先登営は野戦に向いてないが待ち伏せに最も適している!


「父上、僕が上帰から二万の騎兵を連れて参ります!」

「いやっ、待って!」

袁譚が喜んで出て行ことした時袁紹がそれを止めた

「歩兵も三千残して全て本陣に集結させよ!」


「どうしてですか?」


「公与、お主ならこうした意図が分かるだろう!」

話し疲れたのか、袁紹は沮授に代弁を頼んだ


「はい!長公子、もし曹操軍が兵糧倉庫を見捨て私たちの本陣に攻め入ったら対処のしようも無くなります!歩兵は本陣を守るための者です」


「なるほど!父上の知恵、その一割でも物にできればもう恐れるものは無くなります!」

袁譚は初めて自分の父上がすごい人だと実感した。


袁紹は剣を握り締め、独り言を零すように言う

「旗封山が奇襲を受け、火の海になれば曹操軍は二つの選択を迫られる。

その一、旗封山を救援する。ならば長信林で麹義の待ち伏せに遭う。

その二、我が本陣を強攻する。ならば我が直々に待ってやろう!

何れにしろ、曹操軍が本陣から出れば馬延と趙鎧がそこに攻め入る!

三つの作戦、どれ一つでも上手く行けば曹操はここで散る!そして断言できる!作戦が全て上手く行くと!」


言い終わると袁紹は剣を机に深く突き立てた、その行いはまるでここ数日の苦悶を発散するかのようだった。


袁紹が全てを語り出したのは作戦に漏れが無いか、謀士たちに分析して欲しかったからである


最終的に沮授もこれらの作戦が完璧だと思った


異論が無い事を確認すると袁紹は剣を鞘に納め

「諸君!明日の夜我々は歴史に名を刻む事になるだろう!我は本陣にて宴会を準備して諸君の凱旋を待つ!」


「はい!」

奮い立たされた文官武将たちが外へ出て行ったあと、袁紹は一人で地図をじっくり見詰めていた

青州、幽州、并州、冀州、兗州、豫州、徐州!

これらを手にすればもはや敵無し。


この戦いが終われば帝を名乗る事すらも可能になる。


ここまでの苦労は数知れず、連敗を喫しても立ち直り、曹操の一度の失敗を見逃さず勝利を掴む!これで自分が最後の勝者となり歴史を書き上げる立場に立つ!


そう思うと、袁紹の目に少しずつ泪が溜まって来た。

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