百七十一話 笮融の威圧

翌日の昼、許攸は本陣で各部隊が戦の準備をしてるのを目撃した

これらの兵士たちは皆二日分の携帯食料を身に付けた、明らかに本陣で待ち伏せをするのでは無い。


許攸は作戦を聞かされてない事で腹が立って、曹操に会うために中央軍帳へ走った。


そこへ行くと曹操と典黙以外に曹昂と笮融も居た

許攸は拱手すらせずに聞く

「丞相、部隊が集結しているのを見た。統率する武将はどなたですか?」


「曹洪、楽進、于禁以外全員だ」

許攸の無礼をものともせずに曹操は笑って答えた。


「なんですって?」

許攸は目を見開いた

曹操軍には猛将が数多く居ることを彼も知っていた、なのにその情報の一つも聞かされてない事で軽視されたと感じた。

「丞相、武将たちが出撃すれば自然と精鋭部隊も連れて行くはず、本陣が手薄になります!子寂は本陣で待ち伏せするつもりじゃ無かったのですか?」


「子遠の言う通りだ、袁紹軍は必ず来るがその数は三万を超えない。で無ければ一人も残さずに出していた」

地図を見ていた典黙が振り向いた


「丞相、子寂。一体どんな計画を建てている?まさか私を警戒しているのですか?」

許攸はますます混乱した、偽装降伏で袁紹軍を本陣に釣るなら何故敢えて本陣を手薄くする?


信頼されないのならここに居ても意味は無い…

許攸は不満を顔に出した


「子遠、そう怒るな。我も先まで何も聞かされなかった。さぁお茶でも飲もう!」

曹操は許攸を落ち着かせようとしたが今の許攸はそんな余裕も無かった


「元々ここへ来れば私の才能を発揮できると思っていた、しかし丞相も子寂も信頼していないようだ。それならお暇させていただきます!」

そう言うと許攸は出口の方へ歩き出した


典黙は不思議そうに許攸を見た、歴史が変わって許攸も烏巣の手柄を挙げてもないのにどうして傲慢さだけは減らない?


曹操が引き留めをしようとすると典黙の視線を感じて止めた。


こういう時空気が読める笮融は当然出番を逃さない

「待って!」


許攸は足を止めたが振り向かずに居た


笮融は気にもせずに説教を始めた

「自分をどんな立場だと勘違いをしている?軍師が兵を動かすのに一々お前に報告するべきか?言ったところでお前は理解できるのか?日々先生の世話をしているこの私でさえ先生の考えを全て読む事が出来ないぞ!」


「なんだと……!」

許攸が振り向いて笮融を見た途端反論する気も失せた


大鴻臚である笮融はただならぬ威圧感を身に纏っていた。

その威圧感を前にすれば、特定の分野では曹操すらも太刀打ちできないだろう


「何みてんだ、あまり調子に乗るなよ!丞相は寛容で軍師は器が大きいから大目に見てるんだぞ!お分かり?」


「しっ、失礼しました」

お怒りの笮融を見て許攸も大人しく身を引いて拱手した。


郭図すら勝てない相手だ、舌戦で勝てるはずがない……


「笮融、お主は朝廷が任命した大鴻臚で客人をもてなすのが責務のはずだ」

曹操の内心はスカッとしたがそれを堪えて笮融に説教をした。


笮融も急いで拱手して謝る

「はい、出過ぎた真似をしました」


曹操は許攸の所へ行きため息をついて

「子遠、お主は旧友だ疑うわけが無い。笮融の言う事もあまり気にするな。いつもあんな風に訳の分からない事を口にするから」


「大丈夫です」

許攸は固唾を飲み、背中が汗だくになっている事に気づいた。

身体が頭より先に笮融に対する恐怖に気づいた


「なら良かった!一緒にここに居ろ!この後の展開を共に見届けよう!」


笮融に支配される恐怖が傲慢な許攸を大人しくした。


袁紹軍の本陣、郭図が張郃から送られた手紙を読み上げた

「罪将張郃、手紙で主公に謁見する。賊の策に計られ囚われた身となり、仕方なくこれに服従すると見せかけ、今は信頼され、大戟士を再び配下に置きました!明日夜は罪将の当直、その時は大戟士で敵中央軍帳を囲み曹賊を討つ所存です。この功で罪を帳消し出来れば幸いです」


張郃が裏切り者であると決めつけた袁尚はドキッとした

「父上、これはきっと典黙の陰謀です!張郃の裏切りはこの目で見ました!」


「父上!それは無いかと思います!」

逆転できるかもしれない、袁譚はこの機を逃すまいと一歩前へ出た

「数日前に高順が偽装降伏を使いました、典黙は狡猾な輩また同じ手を使うとは思えません。なのでこの手紙は本当かと思います!」


袁尚が反論しようとすると袁紹は手をかざし、二人の話を止めて沮授、郭図、逢紀を見た

「お主らはどう見る?」


「主公、典黙は同じ手を使ってもう一度我々を釣ろうとしています!張郃が裏切ったのは確実な事です!その話を信じてはいけません!」

郭図は袁尚同様、張郃が戻ってくる事を恐れているので当然否定的な意見を述べた


「同意見です」

逢紀も賛成した


袁紹は考え込む沮授に目線を合わせた


「私もおかしいかと思います!典黙は恐らく長公子の考えを逆手に取るつもりです。それに張郃が曹操軍に入ってすぐ大戟士を取り戻せるとも考えられません」

沮授は郭図と袁尚が何か裏があるとわかっていたが今はそんな事どうでも良い、それ抜きにしでも張郃の手紙を信用できない。


珍しく謀士たちの意見が統一してるのを見た袁紹も笑って竹簡を閉じた

「そうだな、張郃が偽装降伏かどうかはともかく、これも曹操が裏で糸を引いてるに違いない!」


「ご英明な判断です!曹賊と典黙は恐らく張郃を利用して私たちに本陣を奇襲させようとしています!曹操軍の本陣には必ず大軍で待ち伏せしています!」

媚び売りを極めた郭図はこのような隙を逃すはずが無い。


しかし郭図の話を聞いた袁紹は固まったまま郭図を見た


「主公、私が何か失言をしましたか?」

下手な媚びで袁紹を怒らせたと思った郭図は少し焦った


「今なんと言った?」


「何か失言を……」


「いやっ、その前だ!」


「曹操は本陣を襲わせようとしてい……」


「それだ!」

袁紹は机をパンと叩いて立ち上がった

「ガッハッハッハッハッ!本陣を襲わせようとしている!ハッハッハッハッ!」


何故袁紹が急に笑いだしたのか誰も理解出来ずに皆互いの顔を見合わせた

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