百七十話 許攸の困惑

典黙の余裕が許攸を困惑させた

淳于瓊が率いる三万兵の戦力はともかく、八百先登営は野戦よりも待ち伏せに特化していた


界橋の一戦も彼らが先に待ち伏せをしたから白馬義従を壊滅させられた

もし準備させてしまったら八百先登営は五千の騎兵よりも効果を発揮する


許攸は不思議そうに曹操を見たが曹操も自信満々の様子だった


今の曹操は典黙の作戦内容を聞かなくても不安はなかった。

作戦の鍵である張郃も、三つ目の贈り物の結果である許攸も引き抜いた。

つまり今まで全てが典黙の予想通りである事を証明した。


「なら子寂はどう動くつもりだ?」

許攸は困惑していたが典黙の策を聞く事にした


「張郃を呼んできてよ」

典黙は直接答えず、近くの衛兵に声をかけた


「そう焦るな子遠、酒飲もう!」

曹操はニコニコしたまま杯を持ち上げ、さほど気にしない様子だった。


私も秘策を持っているのに何故聞いてくれない?

とりあえず典黙の策を聞いてみよう、もし問題があれば私が指摘すればいいか…


この状況で典黙が袁紹の兵糧倉庫を壊滅させられると許攸はどうしても思えなかった。


酒を酌み交す間に張郃が入って来た、彼は拱手し一礼をした後許攸を見て驚いた

「まさか子遠先生も来ていたとは!」


「袁紹とは相容れない。儁義と同様、丞相の軍門に下った」

許攸は少し恥ずかしそうに言った。


曹操と許攸は典黙を見て、その話の続きを待っていた


「儁義、袁紹に手紙を出して欲しい。二日後の深夜大戟士で中央軍帳を囲み、丞相を捕らえると伝えて、奇襲を誘う」


張郃の顔に一抹の不安が過ぎったが、自分は降将である事で口を開く事もできなかった。

「簡単な事です、すぐにでも取り掛かります」


また偽装降伏?本当に袁紹を間抜けだと思っているのか?袁紹は袁譚、袁尚とは違うぞ!麒麟とは名ばかりなのか?

許攸は不審に思ったが曹操は何も気にしなかった。


遂に、許攸は我慢できずに口を開いた

「丞相、子寂、私も策があります。もっと直接的に倉庫を壊滅させられる!」


「ほう?子遠も策があるか?聞かせてくれ!」

曹操は興味津々に聞いた


「はい、猛将十名と精鋭騎兵五千を私にください!袁紹軍の格好をさせて私が連れて行きます。麹義が私を見れば油断して門を開くはず。そうなれば一気に突入して先登営が準備を整う前に上帰を制圧できる!その後兵糧を全て焼き尽くせば袁紹軍の敗北は決まる!」

許攸は自信満々に言い終わるとニヤリと笑った


「良い策だ!さすが子遠!」

曹操も手を叩いて褒めた。


許攸は髭を撫で下ろし目をゆっくり閉じて重宝されるのを待った。


しかし"良い策だ"を言い終わった曹操はそれ以上何も言わなかった。


許攸は目を開けると曹操が視線を典黙に戻したのを見た、その視線はまるで典黙の判断を待っているかのようだった。


えー?どっちが主?

いくら麒麟軍師が曹操の智囊だと言ってもまさか決断全てを委ねているのか?

許攸も仕方なく典黙を見て答えを待った


典黙はただ頷いて

「うん、それもいい手だが二点ほど危険がある」


「へぇー、ご教授願おう」

許攸は不服そうに言った


「その一、上帰で戦闘を始めればいくら奇襲とは言え数時間は掛かる。その間に袁紹軍の援軍が駆け付けたらどうする?

その二、もし袁紹軍は倉庫を放棄して全力で我が軍の本陣に攻め入ったら対処できないでしょう」


典黙が世間話のように淡々と反論した事で許攸は少し苛立った。

そして更にムカつく事に、曹操もその意見を受け入れた。


「うん、やはり子寂の言う通り精鋭が全員出払えば本陣が手薄になる。袁紹軍に連勝したものの兵力の差が依然三倍以上」


この瞬間、許攸は曹操と典黙に袁紹と郭図の姿を重ねた。

糜竺の件ももしかしたら偶然起きて自分の手柄のように言っただけじゃないか?


「丞相、眠いので帰って寝ます」

典黙はあくびをしながら外へ向かった


「あぁ、他の事は明日決めよう!おやすみ子寂!」


典黙が去った後、許攸は急いで曹操の前に立ち

「丞相、兵を使う事に危険は伴うもの!価値があれば危険を冒す事も必要になる。子寂は保守過ぎるのでは無いのか?」


曹操は少しも気にしなかった

「子遠、子寂の策はいつも人の意表を突く。我ところか軍中の謀士が束になってもその真意を見抜くことができない。我は子寂を信じる」


「丞相、数日前にわざと兵糧の運搬道をばらしたのも子寂の策ですか?」


曹操は笑って頷いた


「私はこの策を見抜いて袁紹を止めました。高順の偽装降伏の次にもう一度同じ手を使わないと思わせる事は賭けです!もし私が袁紹の元に居れば必ず見抜いてます!お忘れないでください、沮公与が未だ袁紹の元に居ます!彼も必ずこれを見抜きます!」

許攸は遠わましに自分が典黙の策を見抜けると自慢した


ここまで言っても曹操は笑顔を崩さずのを見ると許攸は本心を口にする

「この程度の策を出すところを見ると、麒麟とは名ばかりとしか思えない」


「言葉を慎め子遠」

今まで笑顔の曹操は急に真顔になった

「子寂が居なければ今の我はいない。その言葉は我の前ならともかく、他では口にするな!特にあの三人の前ではな…」


曹操は最後まで言わなかったが、趙雲は常に冷静であまり心配ないが虎賁双雄はすぐ手を出してしまうだろう。


許攸がガッカリした顔を見ると曹操は再び笑顔を見せてその肩に手を乗せた

「子遠、策を全部読まれたらそれこそ麒麟と呼べないだろう。一つ賭けをしよう、お主が見抜いたと言う物は子寂の数手ある布石に過ぎないだろう。子寂の本当の狙いを知った時は既に勝敗が決まった時だ!」


許攸の眉間に寄せた皺がやっと消えた

「丞相はかつて言ってました。"天縦麒麟典子寂、一人可当百万軍"百万大軍の働きに当たるかどうか見させてもらいます」


「アッハッハッ!その通りだ!」

曹操は自ら許攸に酒を注ぎ

「考えを改めてご覧、お主すら子寂の狙いが分からないなら袁紹に分かるはずもなかろう!」


そうだといいな、で無ければ私の親族は酷い目に遭うだけだ……

許攸は何も言わずにただ酒を口へ運んだ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る