百六十九話 許攸、去る

「主公!私は確かに糜竺の金銭を受け取りました!しかしその関係性を知らないと誓います」


袁紹の殺意満々の眼光に目を合わせた許攸は膝から崩れ落ちた。

今日信じて貰え無ければ生きて帰れないだろう


「主公が中原を手に入れれば自分たちの商売が甄家に取られると思って糜竺が私に近づきました!彼も主公にお仕えしようとしただけです」


許攸の言い分も理にかなってる、袁紹は糜竺が両方に賭けたとも思えた。

しかし疑いの種が心で芽生えば取り除く事が出来なくなる。


袁紹の心の中では許攸は既に内通者であると決めつけた、そう思えば今までの失敗も説明が着く。


そして郭図が更にトドメを刺して来た

「私は饒舌では無いが糜竺はここに居ない、お前一人の言葉では信憑性に欠けるね」


許攸は昼間に言った言葉をそのまま返されたが今はそんな事を気にする余裕も無く

「主公!よく思い返してください!今まで私は忠実でした!なら主公が勢いに乗ってる時に裏切るのはどう考えてもおかしでしょう!」


許攸の弁解で袁紹が悩んだ

「この事は後でじっくり調べよう!中原を制圧して各州郡を手に入れたら全てが明るみに出る。もしこの事が本当であれば許攸、お前に死んでもらうぞ!出て行け!」


二人の尋問を受けた許攸は不安なまま出て行った


「主公、実は私昼間に進言したかったです!斥候がやっと曹操軍の倉庫を突き止めたのにそれを奇襲するべきでした」

郭図はため息をつき

「今、許攸はきっとこの事を曹操に話したでしょう!好機を逃しました…」


袁紹は頷いて郭図の肩をポンと叩いて

「公則、悔しい思いをさせたな!よくぞ許攸の陰謀を見破った!で無ければまた曹操の策略通り兵を分けて逐一待ち伏せに遭っただろう!」


「とんでもないです!再び信頼してくだされば私は必ず尽力します!」


袁紹は微笑んで郭図を慰めた


この日の夜、本来寝付けられないのは郭図のはずが許攸になってしまった


許攸は自分の軍帳で歩き回り、糜竺の妹が典黙の妾である事をどうしても受け入れられなかった。

彼ははっきりと理解していた、自分が内通しているかどうかはどうあれ袁紹は自分を許すはずが無いと。


二回目の見廻り交代で、時間が牛時を過ぎたとわかった許攸は急いで馬に乗り袁紹の本陣から飛び出した


既に眠りに着いた曹操は許攸が来たと聞いて、歴史通りに靴を履くのを忘れて裸足で出迎えに行った。


「丞相、袁紹とは相容れないため。故人許攸、末席に加わりたいと思います!」

裸足の曹操を見ると許攸は感動して泣きそうになっていた。


「アッハッハッ!許子遠が来た!朋あり遠方より来る また楽しからずや!」

曹操は許攸の両手を手に取り笑って

「十五年!十五年ぶりだ!子遠依然と元気そうだな!」


「丞相さえ良ければ、微力ですが尽力したいと思います!」


「微力とは謙虚が過ぎるぞ、子遠の才能を袁紹は知らないが我が知らぬ訳がない!袁紹が聴き入りさえすれば我はとうに負けていた!」

曹操は適当に許攸を褒めちぎった。

何故なら許攸は袁紹幕僚の核心的存在、必ず兵糧倉庫の場所を知っているからだ。


曹操は許攸を嵐のように褒めてから軍帳に連れ込んで、酒宴の用意をした。


「丞相、会わせて欲しい人が一人居ます!」

酒を二三杯飲み、許攸はいきなり本題に入った


「他の知り合いでも居るのか?」


「いいえ、麒麟軍師典子寂」


曹操は少し戸惑った、何故なら彼は既に典黙を寝かせ灯りも自ら消してあげた。

しかし事の重大さを考えみると仕方なく起こす事にした。


「わかった、お願いしてみよう」


"お願いしてみる"?袁紹ならいつも"呼んでこい"だったのに!

阿瞞、いつか私にもこのように接してくれるか…?

許攸は同じような高待遇を切実に願った


少しあと典黙はあくびしながら来た

「丞相、こんな夜中になんでしょうか?」


「子寂、紹介しよう!彼が南陽の許攸、許子遠だ!」


やっと来たか…

典黙はゆっくり息を吐き、少しホッとした

「子遠先生、お噂はかねがね!」


「こちらこそ名を轟かせた麒麟軍師と会えて光栄です!」


「二人共掛けたまえ。子遠、一体子寂に何の用だ?」

曹操は一刻の時も惜しく二人のお世辞を止めた


「子寂、聞きたいことがある。正直に答えて欲しい!」

許攸は真っ直ぐ典黙の目を見て話した


「ここまで来ればもう仲間ですよ、知ってる事をなんでも話します」


許攸は深く息を吸い

「糜竺が私に金銭を送ったのを知っていたか?」


「ええ、僕が行かせた」


「郭図にその情報を渡したのも子寂か?」


「ええ、そうですよ」


やはりそうだったのか…彼数ヶ月前からは私を狙って計ったのか!

典黙のサラッと答えた言葉で許攸は人生を疑った

「麒麟軍師は心攻めが得意と聞く、百聞は一見にしかず!」


許攸の性格はとても傲慢、冀州では田豊や沮授も眼中に無かった。

なのに今日この時、自分より二十歳下の少年に屈服した


「これが子寂の言う三つ目の贈り物か?」

驚いたのは許攸だけでは無かった、曹操も同じように愕然した


「はい、糜竺の身分は商人。彼を行かせても子遠は何も疑わずに金銭を受け取るでしょう!事が済めばその事実と関係性だけを郭図に伝えます。子遠に内通者の汚名を着せ、無理矢理脱走させた」


良いぞ、すごいぞ子寂!良くやった!

典黙の心攻めを数回見ても内心の驚きは抑えられない曹操、しかしその気持ちを表に出してはならない。


「子遠、質問には答えた。今度はこっちの質問に答えて欲しい!袁紹の兵糧倉庫、何処にある?」


許攸を来させた事に典黙は苦労した。

歴史上の官渡の戦いは今から二年後の建安五年、その時許攸の親族が罪を犯し捕まって、許攸は怒りに身を任せ曹操の配下に加わった。


歴史が変わってその親族が同じような罪を犯すとは限らない。

それなら典黙はより確実な手を使った。


「教えても無駄だ、あそこには淳于瓊の三万精鋭と共に先登営も居る。これほどの兵力を奇襲するのは難しい事だ」

許攸は首を横に振りながらため息をした


許攸の話を聞くと曹操はガッカリした、せっかく許攸を来させたのに価値のある情報が手に入らない。


許攸が三つ目の贈り物だと思った時は一撃で袁紹の息の根を止められると思った。

大きい希望が消えた時の虚しさは誰にも等しく降り注ぐ。


「へぇー、麹義も居るって事でしょう?丁度いい!彼が居なければ次の作戦も成功しないでしょう!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る