百七十四話 冷静な分析
「子寂がわざと旗封山の兵糧倉庫を見せたのは袁紹軍を誘い込ませるためでは無かったのか…まさかそれすらも布石の一つに過ぎなかったとは思いませんでした!儁義が手紙を送り届けた時に袁紹の注意力が再び旗封山に戻る、そこで初めて待ち伏せを仕掛ける。それに加えてこの前の戦いで袁紹軍の兵力が減り、上帰の兵力が割かれることも全てお見通しだったとは……なんと言う恐ろしい!丞相の言う通り君一人で百万の軍勢に当たる!まさに数十万の戦場を一人で操った!」
明け方になって、各部隊が本陣へ戻ってから許攸はやっと典黙の計画の全貌を知った。
典黙の策はただの連環計では無く、袁紹の心理、兵力の分布、戦場の変化等ほぼ全てを把握していた。
曹操軍に加わる前、許攸は自分の作戦こそ最良だと自負していた。
しかし今では自分が典黙の手にある碁石に過ぎなかったと思い知らされた。
思い返せば今までの傲慢さが如何におかしかったか改めて身に染みた
張郃は内心ホッとしていた、自分が曹操軍に加わら無ければ、今頃はきっと顔良文醜高覧たちと黄泉で再会していただろう。
「ほらな!だから言ったでは無いか!」
誰よりも偉そうにしている大鴻臚が許攸を見て言った
「はい、大鴻臚様の言う通りです!」
まるで自分の手柄かのようにドヤ顔する笮融を見て皆気持ち良く笑った
「最初の白馬城に始まり、この中原を揺るがす大戦は本当に子寂の計画通りに動いたな!麒麟の才能は仙人の域に達し、その策に嵌ればその本人でも気づかないと聞いて来たが、噂通りでした!私も感服しました!」
不惑の歳である荀攸は常に落ち着いた性格だったが、彼も心の本音を口にした
この大戦で、穎川一派の郭嘉は袁譚の誘い込みを見抜いて利用した。
それに比べ、典黙は顔良文醜を討ってから高順の偽装降伏を経て、許攸を引き抜いた事に至るまでの小さい策略を全て数珠繋ぎのように繋げた。
「ありがとうございます、公達先生。しかし、昨夜の事は少しでも計算を外せば我が軍が危うかったでしょう」
典黙は微笑んで謙虚に言った。
「まぁ、でも俺らの弟は計算を外すわけないけどな!アッハッハッハッ!」
唐突な許褚の自慢で軍帳内は再び笑い声で溢れかえった。
「丞相!丞相も弟を褒めたらどうだ?エッへへ」
典韋も自慢げに曹操の隣へ行き、肘で曹操を突っついた
「褒める?何をだ?」
真顔の曹操を見て皆笑うのを止めた
「子寂がこのくらいやり遂げて当然だろ、何せ我が見初めた才能だぞ」
許褚と違って、曹操の唐突な自慢で場が冷めた……
典黙はため息を吐き、何か思い詰めた顔をした
「昨夜の一戦は確かに袁紹に痛手を与えたが未だ足りない!今は劣勢から優勢になっただけ。袁紹は兵糧を失ったが兵力は依然と有利。未だ何か、決定的な一撃が必要です!」
「子寂の言う通りです、袁紹軍の兵力がどのくらいで、携帯食料がどのくらい残ってるかは未だ知りません。未だ油断できる時ではありません」
典黙の慎重さは郭嘉も尊敬していた、この二人は凱旋する日まで警戒を怠ることは無い
趙雲も苦い顔で詳細を報告した
「子寂の言う通りです、昨夜旗封山で袁紹軍の将を討ち取ったが虎賁営は三千名、龍驤営は千名近く戦死した。我々の騎兵も主な戦力としての活躍は期待できないでしょう」
「そうですよ丞相、昨夜本陣の待ち伏せも馬延と趙鎧の必死の抵抗に遭い、我々の歩兵部隊も甚大な被害を被りました。明け方子龍たちが戻って来なかったら危ない所でした」
曹洪も少し気まずそうに話した
確かに本陣の方も伏せ撃ち戦にしては戦果は微妙な物だった。
騎兵による突撃が無ければいくら待ち伏せで意表を突いても白兵戦が長引く
「あと麹義、彼も未だ現れていない。恐らく子寂の読み通り長信林で待ち伏せしていただろう!あの二万の騎兵は未だに無傷です!」
許攸の補足で軍帳内の雰囲気がコロッと変わった。
簡単な統計をしてみると袁紹軍の実力は依然と自軍より強い。
曹操は気まずく咳払いして
「子龍、兵力の詳細な統計は取れたか?」
「はい、朝の内に済ませてあります。歩兵三万、弓弩手八千、刀斧手五千、騎兵は虎賁営と龍驤営を合わせて八千です」
三回の戦を経て兵力は残り五万程度か…
曹操は頭を抱えた
袁紹軍の詳細は知らないが、恐らく残り二十万前後。
補給部隊、輜重営、炊事係、飼育係等の雑工を除いても戦力は十五万を下らないはず。
全体的に考えれば相手は自分の三倍ある、唯一の優勢は相手が兵糧を失った事だ
このまま対峙を続けば勝つのは自分たち、しかしここで袁紹の息の根を止めない限り、鄴県に戻れば青州、幽州、并州、冀州の土地から再び兵糧の供給を得られる。
そうなれば袁紹はまた攻めてくるだろう。
子寂の言う通りだ、未だ優勢になっただけで勝ったとは言えない!
曹操は無意識に拳を固く握り締めた
「あれっ、子龍!昨日旗封山から数千人の捕虜と馬数千頭連れて来ただろう!」
「そうだ!前回の捕虜二万人も合わせれば三万人近くは居るじゃねぇか!」
「兄さん、仲康兄さん。捕虜を調練して編成し直さないで戦場に送る事はできません、危険過ぎる」
典黙がダメと言えば二人はそれ以上何も言わなかった。
この時代の兵士は徴収された一般人で、彼らの多くは家族を北国に残したままだった。
万が一捕虜たちが戦場で矛先を自分らに向けたら危険だ、増して彼らから見れば未だに袁紹軍の兵力が上。
張郃も服従した時に同じような不安を抱いた
「仕えてくれないならいつまでも食料を無駄にはできない、看守に人員を割くのも勿体ない」
曹操の目に一抹の殺意が芽生えた
曹操は何を考えているか、軍帳内に居る全員がある程度気づいた。
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