百六十五話 張郃、捕縛!

時間通りに曹操軍本陣に来た袁尚は周りを見渡した

隣に居る張郃は異変に気づいた

「公子、何か様子がおかしいです」


「どこがです?」


「曹操軍は規律が厳しいはず、なのに今夜は巡回する偵察兵も居ません」


袁尚は曹操軍本陣を遠くから眺め、要塞の壁に居る衛兵は眠そうにしていた


「曹操軍は前回の戦いで勝ちはしたものの消耗し疲弊している。今こそ計画を実行する好機!」


自信満々の袁尚がそう言うと張郃も特に気にしなかった

「松明を揚げろ」


後ろの兵士が用意していた松明を取り出し、火折子に息をふきかけて火を付けた


松明が掲げられたあとすぐ、曹操軍本陣要塞の大門が開かれた。


それを見た袁尚は大喜び

「行くぞ!本陣に攻め入り、曹賊の首を取れ!」


「公子をお守りしながら行け!行け行け!」

隣の郭図も大はしゃぎ


袁尚はもちろん八万大軍の全員を連れて来た訳では無い、八万大軍と言っても色んな兵種が含まれている。

例えば弓弩手、先登死士、盾兵等奇襲に不必要な兵種は延津の本陣に残された。

それ等を除いてもこの部隊は五万人居る、歩兵と騎兵は連携を取りながら要塞へと突入した


郭図は少しづつ速度を落として突入部隊の後ろに続いた、前回の出来事が彼にとって心的外傷になっていた。

掛け声をした後彼は突入部隊から離れて観察する事にした。

彼は万が一何か不測な事が起きればすぐ逃げられるように備わっていた。


袁尚が真っ先に中央軍帳まで駆けつけても全軍は未だ半分くらいしか入れていない。

「高伯平は何処にいる?」


中央軍帳の周りに誰も居ないと見え袁尚は少し不思議に思った

「陥陣営が中央軍帳を囲む手筈だろ?」


「アッハッハッハッハッ!袁尚、軍師からの言伝だ!"ご協力ありがとう"!放て!」

櫓に立つ于禁が笑いながら命令をすると矢の雨が降り注いだ


矢の雨と落とされた火油で驚く戦馬たちが走り回るとその一部が事前に用意された落とし穴に落ち、尖った竹は槍のように騎兵たちを馬ごと貫く。


竹の槍は金属ほど頑丈では無いが落ちた人たちの体重によってそれ等を死に至らしめるのに充分だった。

そこまで深くない落とし穴も人か馬の血で池が出来ていた


「罠か!退け!」

張郃の一声で前軍は慌てて大門に向かって走り出した


さすが河北四支柱の張郃、この状況でも慌てずに自分の名を叫び軍心を固めようとした


それに対して袁尚は酷く怯え何も出来ずに自分の馬に振りわまされていた


「公子、俺に付いて来てください!」

張郃の掛け声も虚しく、初めて戦場に放り込まれた袁尚はもちろん反応できない。


更には後方にいる歩兵部隊が要塞の中の状況を知らずに無理に入ろうとする

これにより要塞の大門が完全に塞がってしまった。


この時に要塞の外周に待ち伏せしていた曹操軍騎兵が現れた

「俺は陳留の典韋だ!邪魔する奴は死ね!」

「許褚だ!おとなしく首を差し出せ!」

「常山趙子龍、参る!」


チンピラ三人組の掛け声は自軍の士気を上げると共に袁紹軍の士気を限界まで下げた。


張繍、楽進等の武将も一斉に突撃したが名前を叫ぶ必要もなかった


突如現れた騎兵により袁紹軍の部隊はあっという間に切り分けられた。

袁紹軍も必死に抵抗するが、陣形を崩された歩兵部隊では用意周到の騎兵を前にその抵抗も徒労に終わった。


「入らなくて良かった...公子、計られたな!」

闇に乗じ要塞の外に居る郭図は急いで馬を走らせた、もちろんその目的地は安全な場所。


典韋たちの突撃で塞がれた大門もやがて人が通れるようになった

矢の雨が降り注ぐ中でも生還した騎兵はそこから逃げ出せた


張郃は外へ出るとすぐさま曹操軍の騎兵に狙いをつけた

「大戟士、着いて来い!」


血路を切り開くには騎兵の包囲網を破らなくてはならない


七百名の大戟士は走って来る曹操軍騎兵を目掛けて武器を振り回す


しかし包囲網を突破した張郃は袁尚とはぐれ、必死に袁尚の姿を探した

「公子!公子!何処だ!」


張郃の呼び声に反応したのは袁尚では無く高順だった。


高順は陥陣営を率いて張郃の率いる大戟士へ走った。

目的に合わせて騎兵から歩兵に切り替わった陥陣営は朴刀と盾を装備していた。


「張郃を生け捕りにしろ、行け!」

再び乱戦になり、高順と張郃が刃を交えた


大戟士の戟は呂の方天画戟ほど豪華では無いが通常の戦いではその長さが有利


「くっ付け!」

高順の号令で陥陣営は皆大戟士の攻撃を盾で防いで懐へ飛び込んだ


いくら戟を自由自在に操れる大戟士と言っても短い間合いではその長所も生かせない。

大戟士は見る見る陥陣営に制圧された。


個人の武力では張郃の方が上、高順は明らかに苦戦していた。

「助太刀するぞ伯平!」


張繍が乱戦を切り抜いて高順の元まで走った


「うん、袁紹は明日どんな顔するのか、想像できるなぁ」

近くの丘に曹操が典黙と戦場を眺めていた

「袁尚は無事かな?旗も倒れてますけど...」

典黙は袁尚の安否を気にしていた


「君が殺すなとあれほど言ったから大丈夫だろう」


「子脩、何故僕が袁尚を生かすかわかるか?」


曹昂は少し悩んでから

「袁紹の溺愛を受ける袁尚を殺せば、理性を失う袁紹が総攻撃をするかもしれません。今の我が軍は未だ敵軍の兵力を削る必要があります。それと同時に先生の三つ目の贈り物が効果を発揮します」


曹操は曹昂へ賛称の眼差しを向けた


「それと?」


「......これ以上は分かりません」

典黙の更なる質問に曹昂は答えられなかった


「ムカデは死んでも倒れない、何故ならそれを支える足が多いからだ。同様に袁紹を支える勢力も多くここで敗北しても命を落とさない限り再び攻めて来る。袁尚を生かして帰せば跡目争いでその身内で戦わせる事が出来る、我々は座して漁夫の利を待つだけだ」


「ご指導ありがとうございます!」


「子脩が君にくっ付いてだいぶ成長したな、ご苦労であった」


「なんのなんの、徐州では彼は僕を命掛けて助けた」


「あれくらいの事、先生もずっと気にしないでください!」


曹昂はずっと典黙に対して礼儀正しく居る

曹操もそれについては誇らしかった。


「見ろ、張郃が落馬したぞ!祐維と伯平の共闘に耐えられなかったんだ!」

曹操が戦場を指さして嬉しそうにはしゃいだ


曹操は張郃を気にとめなかったが、典黙が言うには彼が袁紹軍を破る鍵となる。

これで典黙が何をするのかそれが楽しみだった


遠くから見てもわかるように張郃は陥陣営に捕縛された。

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