百六十四話 沮授、軟禁!

延津渡口の袁紹軍本陣も慌ただしかった、八万の大軍が鎧や武器を整い、いつでも出発できるように準備を済ませていた。


何故なら一時間前に曹操軍本陣を奇襲する計画が各将軍から都尉、百夫長、そして各兵士にまで伝達された


しかしこれ程重大な情報は八万大軍指揮監督官の沮授は一切知らなかった

「公子!今夜曹操軍の本陣を奇襲するのか?」

沮授は焦っていた


「公与先生も聞きました?」

二十歳未満の袁尚は得意気に笑い沮授に席を与えた。


確信を得た沮授は目を見張り

「これ程重大な事を、公子は何故私に相談しない?奇襲の道中待ち伏せされたらどうする?奇襲する事自体主公は知っているのか?」


三つの質問が袁尚を愕然させた。

彼は幼い頃から袁紹の溺愛で育ったため軍中の誰もが多少とも媚びていた。

元々袁譚の支持者の郭図すらも自分に媚びへつらう袁尚はこのような質問をされたことも無く言葉に詰まった


袁尚が何も言い返せないと見て鞍替えした直後の郭図は当然存在感を出そうと前へ出た

「この軍営での主は公子なのか監督官なのか弁えろ!」


会話の中心をすり替えるのは郭図の得意分野、沮授は少し躊躇ってから

「私たちは皆主公のために働いてる、この度公子が受けた命は統率では無く引率だ!その間違えを指摘するのが当然の事だろ!」


「監督官様の言う事は必ず正しい物で、公子の言う事は必ず誤ちである。そう言いたいですね?」


「そんな事一言も言ってないだろ!郭図、お前はいつも媚びる事しか考えてないが、それはどうでもいい!しかし公子はまだ若く経験も少ない、お前はそれを止めずに鼓舞するのはどういうつもりだ!」

郭図の皮肉で顔を赤くした沮授が反論した


「若い?若さが何だ!かつての甘羅は十二歳の若さで相となった、公子ももうすぐ二十になるここで武勲を挙げれば又一つ美談が増える!何のつもりか問われたが。主公の元、公子の側私はお二人の助力ができれば幸いに思う!逆に監督官殿は公子の妙計を阻むのはどうしてですか?曹操から何か約束されたのか!」


三公子はただのお飾りだろ…甘羅などと比べられるか!

今の状況を見れば自分と田豊の意見が正しかったと火を見るより明らかなのにコイツと来たら反省の様子も無く、その上まるで自分が曹操と内通していると言わんばかりの言い草。


この時の沮授は鼓動が速くなったのを感じて、震える手で郭図を指差すがしばらくの間言葉は出て来ない


郭図は得意気な顔で挑発をする


「お二人とも落ち着いてください、この件は僕が決めました」


袁尚は跡目争いの大変さを知っているからこそ沮授を敵にまわしたくない

それに沮授の立場は指揮監督、五百名以上の出撃は彼の同意が必要だった


袁尚は沮授の前に行き、その背中を摩り

「先生は高順を知っていますか?彼が曹操軍に入ってから笮融と仲が悪いです。笮融は今や九卿の大鴻臚、つまり曹操の威を借りて高順を虐げる事ができます。数ヶ月前に許昌では笮融は接待の事で高順を軍杖刑に処した、高順は曹操軍では重宝されないと悟り僕に連絡を取りました」


袁尚も得意気になり小声で

「今夜曹操軍の本陣を奇襲する時、彼が内通者として陥陣営で中央軍帳を囲み僕たちを中に入れてくれます!曹操を討てば全てが終わります!」


袁尚の予想ではここまで話せば沮授はきっとここで"なるほど"と納得する、しかし沮授は意外と鼻で笑った

「公子、これほど簡単な偽装降伏も見破れないのですか?」


「どういう意味だ?」

袁尚は少し苛立った


「陥陣営がどういう部隊か知ってますか?」


「もっちろん知ってます!陥陣営とは常に最良の装備で武装している。騎術、歩戦、弓術、槍術、剣術の全てにおいて一流の兵士が集められた最精鋭の部隊」

袁尚は自分が無知ではないと証明したかのように言った。


「なら、その最精鋭部隊を重宝されない武将が率いれると思いですか?」


袁尚はポカンとしていた、彼の知識はそこまでだった。


そこへ透かさ郭図が割って入った

「監督官殿は知らないようだが、陥陣営は高順一人にのみ忠実です。それも曹操に殺されなかった理由ですよ!偽装降伏を数ヶ月前に準備するか?そんな事は有り得ませんよ、典黙にビビり過ぎじゃないですか?我が軍皆がそのように小心者なら曹操に勝てませんよ。監督官殿は早いうちに隠退した方がいいですよ」


「バカ者!」

沮授の堪忍袋の緒がついに切れて郭図の胸倉を掴み

「お前のせいでまた犠牲者が出る!それも大勢だ!」


「怒った怒った!図星だから怒ったんだ!公子見てくださいよ!」

郭図は慌てず煽り続ける


「速く二人を引き離せ」

袁尚は近くに居る男に言った


その男の名は吕威璜、軍職は校尉。彼は張郃配下の副官である。


二人が引き離されたのを見て袁尚は沮授の方へ

「監督官殿、先も言いました、この事は僕一人が決めた事です、あなたが賛成しなくてもいい、しかし後日の褒賞もあなたには関係が無くなります」

袁尚は説得するのも面倒くさくなった


沮授は外へ見ると空は未だ暗くなっていない、今官渡の本陣に行けば未だ間に合う。

「ならば主公へ報告します!」


「いい加減にしろ!僕は敬意を持って接しているのにあなたは僕を蔑ろにしすぎた!父上が引率を僕に任せたのは僕への信頼の現れ、何事も指示を仰いだら好機を失うだけだ!」


袁尚の焦りを理解したか沮授も諭すように袁尚の近くへ行き

「公子の雄心壮志は理解できます、しかし相手は誰だ?曹操と典黙ですぞ!心術、警戒心、謀略、兵法のどれを取っても右に出る者がいない!徐州では天の力を借り、淮南では一兵卒も使わずに袁術を絶命に追いやった。これ程の奇才がそんな隙を見せるわけが無い!もし高順が本当に降伏する気があるなら主公へ手紙を出したはず、なのに何故公子へ手紙を出した?公子が武勲欲しさに焦っている所を典黙が見破ったからでは無いか?」


「もういい!連れて行け、見張っていろ!曹操の首を落とした後父の前に連れて行く!」

袁尚は沮授の言葉に耳を貸すはずも無かった。

「僕が継承者である事を高順が知ったからだろう!そんな事も知らないで監督官やっているのか?」


連れて行かれる沮授を見て郭図は堂々としていた

「公子、今夜の武勲は必ず大漢全土に響き渡るでしょう!」


「そうですね!それでも公則先生のご助力が不可欠です」


「ご安心ください、この郭図は得意な事はあまりありませんが知略なら自信があります。必ず公子のために尽力します!」

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