百六十二話 百戦百敗劉皇叔

許昌城内、徐庶の母親は一応手厚くもてなされた。

徐庶も母親と面会をしてから議政庁へ連れて行かれた。


「元直先生、見事な作戦でした。先生に負けても不服は無いです」

曹仁は頭が良い人にはいつも敬意を払っていた


徐庶は曹仁を一目見て何も言わなかった


「劉備は既に撤退の準備をしています、先生を置き去りにとは……薄情だと思いませんか?先生のためにも、私は追撃するつもりです、荊州軍の兵種を教えて頂けませんか?」


何も話すつもりが無かった徐庶は一瞬何かを思いついたか、口を開いた

「荊州軍は騎兵三千、歩兵五千、弓弩手二千、先登死士二千あり、三千の騎兵は関羽張飛が統率し、残りは霍峻が統率しています」


「ありがとうございます!」

荊州軍の騎兵が少ないと聞いた曹仁は俄然やる気になった

「妙才、文遠、公明!受けた屈辱を返す時が来た!この期を逃すなよ!」


「お待ちを!」

賈詡が片手で皆を止め、徐庶の前に歩き、謙虚な笑顔を見せた

「元直は忠義な方と存じ上げています、許昌城へ来てすぐ劉備の兵種を暴露すると思えませんね」


「私は母親を囚われてるんだ、他に選択肢も無いだろう」


「劉備は強攻しても勝ち目が無いと見て撤退のフリで我々を誘い出そうとした、違いますか?我が軍は数千名、殲滅すれば許昌は手に入ったも同然。そうなれば元直もそのまま劉備の元へ戻れますね」


賈詡の分析を聞いた皆はヒヤッとした、それに対して徐庶は落ち込んだ顔で賈詡を見た


曹操軍には麒麟以外にもこれ程の策士が居たのか!これも天意か……


「まぁいいでしょう、元直が口を開くとも思えません。ここは一先ず旅館に戻って休んでいてください」

徐庶から有益な情報を得られないと思って、賈詡は徐庶を軟禁させる事にした。


「フン!腐儒、計画が不発だったな!消えろ」

外へ向かう徐庶の後ろ姿を見て夏侯淵が罵った


「先生の分析が無ければ危ない所でした!やはり典軍師の言う通り、先生の才能も典軍師と肩を並べるものですね!これからはどうしますか?許昌城に籠城し続けますか?」

徐庶が去った後、曹仁がこの後の指示を聞いた


「劉備が三文芝居を見せようとしてるのに付き合ってあげなくてはもったいないでしょう?」

いつも受け身の賈詡が能動的に振る舞うのは珍しい、武将たちも策を期待した


「では、どうしますか?」


賈詡は策を淡々と話したあと武将たちは皆ニヤニヤと笑った


河口関門、かつて劉備が辱めを受けた場所。

しかし前回とは違って彼は関門の上に立っている


「皇叔、歩兵連隊と先登死士は既に魯陽へ向かっています、私たちもそろそろ行きますか?」


「公子、ここまでの道程は数百里、それをなんの結果も出さずに無駄にするのはもったいない事です」


「皇叔の意見は?」

今度は何をやらかそうとしてる?

劉備の話を聞いた劉琦は内心ドキッとした


「考えてみてください公子、我々が去った後曹操軍はどう動くと思いますか?」


「これらの関門を再び占領するでしょうか」

劉備が何を言いたいのかわからず、劉琦は少し考えてから答えた


「どのようにして?」


「そりゃ、官渡からの援軍が奪い返しててら曹仁らに引き渡すだろうな」

劉琦が答える前に張飛が答えた


「わかったぞ!兄者は歩兵部隊と先登死士を帰らせる事で撤退する素振りを見せなから、精鋭の騎兵を河口関門に伏兵として隠すつもりですね!曹軍が来ればそれらを殲滅して許昌ががら空きになる!兄者、妙計なり!」


「そうか、そううだな!凄いぞ兄者!これで陛下と軍師を救い出せる!あの日軍師が言ってた策はもしかしたらこれかもしれないな!」


関羽の解説で張飛もやっと理解した


関羽と張飛の世辞で劉備は自信を取り戻した

「陛下は私を待ち侘びている、失望させる訳には行かない!」


三兄弟は揃って計画を疑わなかった

しかし喜ぶ三人の横で劉琦は冷静だった。

劉備への先入観は百戦百敗だからなのか、もしこの計画を本当に徐庶が提案したら劉琦も疑わなかっただろう。


「公子、なんで共に喜ばない?兄者を信じていないのか!?」

劉琦の疑う顔が張飛の視線を集めた


「皇叔、少し危ないのでは?騎兵の戦力なら曹操軍が上です、我々が対応できない軍勢で来れば……」


「安心してください公子!我が手中には青龍偃月刀、翼徳の手には丈八蛇矛が有る!曹営鼠輩が来るなら我々の二人で陣営を掻き乱し、敵将を討てば敵は混乱する!」

関羽は自信満々に二尺の髭を撫で下ろした


それをじっと見た劉琦はより不安になった

「趙雲が来たらどうしよう……」


「フン!来れば丁度いい!あの匹夫もついでに斬る!」

趙雲の話をすれば傲慢な関羽も決まって張飛のように怒りを顕にする。

彼にとって自慢の髭を穢した趙雲は既に憎悪の対象になっていた


「しかし皇叔、我々もずっとここで待ち伏せする事もできません」


「三日です、必ず曹操軍が河口関門を取り戻しに来ます!二日の間に来なければ三日目に撤退します!」

劉琦が期限を欲していると知り、劉備は自信満々に答えた


「なら皇叔の意に添えましょう!」

あの日の夜撤退と言って落ち込んでいたのに、こんなことを企んでいたのか…お願いですからもう失敗しないでください!これ以上兵を失うわけにはいきません!

劉琦は仕方なく受け容れた


「公子!陛下をお救いできれば必ず公子の功労も報告します!」


劉琦は何も言わずに手を振った。

彼は既に劉備の絵空事を聞き飽きていた


すぐ三日が経ち、曹操軍の到来が無いと見て劉備は落ち込んで撤退の命令を出した。

三兄弟はこのまま居たくても兵糧の補給が問題になってしまう。


劉琦は三人と違って嬉しそうに魯陽へ帰る支度をしていた


「これも天意なのか!?何故天は曹を助けて漢を助けない!?」

劉備は両手の拳を固く握り許昌城の方向を睨み怒りを顕にした


「皇叔、諦めないでください。大業は一朝一夕でできる物でもありません、五体満足で居ればいつか大業はなしえます!」

撤退が決まり、少し気持ちの余裕が出来たのか劉琦が劉備を慰めた


その日の夜、斥候の報告を受け取った曹仁がニヤリと笑った

「行くぞ、河口関門を取り戻す」


そして河口関門の中に伏兵が居ないと確認した彼らはそのまま荊州軍の跡を追った


道程の半分程で荊州軍は背後から襲われた

「耳がデカいのが劉備だ!劉備を追え!」

「腕が長いのが劉備だ!劉備を追え!」

「双股剣使いが劉備だ!劉備を追え!」


前回と同じような掛け声、前回と同じような展開


荊州軍は撤退、それも河口関門を落としての凱旋、多くの騎兵は鎧を外した軽装での行軍

この状況では曹操軍に対してまともな抵抗もできない。曹操軍の待ち伏せが無くても荊州軍が混乱した。


この状況を予知したのか、劉琦は意外と冷静だった。

皇叔の百戦百敗は或る意味期待通りの物だった

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