百六十一話 徐庶の推薦
官渡から三渓関門までの距離は三百里、着く頃には三渓関門が既に劉備たちに落とされた可能性もある
曹操から受けた命令は許昌を守る事、賈詡は曹仁たちの応援では無く徐晃と張遼を連れて直接許昌へ向かった。ついでに徐庶の母親の同行も"お願い"した
賈詡の予想通り、許昌城へ着くと三渓関門はその次の日に落とされた。
曹仁と夏侯淵は数十名の兵を連れて命からがら許昌へ逃げ帰った。
城内は緊張感が蔓延し、皆怯えていたが未央宮内は違う雰囲気に囲まれていた。
劉協の前には帝党派閥が一堂に集まり、議論を始めていた。
しかしその議題は如何に許昌城からの脱出では無く、何処に帝都を置くかだった。
荊州の治所である襄陽が最も相応しいである事が決まり、劉協は襄陽での大漢復興と実権を握る事に妄想を膨らませていた。
劉協が浮かれるのは当然の結果。
劉備が既に許昌城の前まで迫っている、曹操も官渡から帰って来ない。
そして浮かれているのは劉備も同じ、荊州軍は城外に数千人を収容できる要塞を築いた。
「軍師、許昌城の城壁は五丈以上、守りも固く、強攻ではこちらの消耗も激しい上失敗する可能性もある。何か策がありますか?」
許昌城は魯陽と違って城壁の規模が大きい、少なくとも相手の五倍の兵力が無ければ攻城戦は成功しない。
いつも傲慢な関羽すらここでは徐庶の言葉を待っていた。
「そうですね、強攻では勝てません。ここは敵軍を誘い出して殲滅する方が良いかと思います」
「存亡の際では簡単に誘い出せないのでは?」
劉備も同意したが方法を見つけていないようだ
徐庶は淡々と笑って
「任せてください」
「それでは、お願いします先生!」
自信満々の徐庶を見て、劉備は既に許昌城を落としたつもりで居た。
しかし徐庶が立ち上がると同時に伝令兵が入って来た
「報告、先程曹操軍の遣いから手紙を徐軍師へ渡すように預かりました!」
手紙?
停戦の申し出なら劉琦か劉備のはず、全員が顔を見合わせて居た
徐庶が手紙を受け取って目を通したあと膝から崩れ落ち、涙を流した
劉備らが急いで駆け寄り
「先生!どうしました?何が起きたのですか?」
「主公、曹操が私の母を人質に取り許昌城に捉えました!この手紙もその謀士賈詡が書いたものです。私が今夜一人で許昌城へ行かなければ母親を城壁から突き落とすと言われました!」
徐庶は心苦しくなり、立ち上がって拱手した
「お許しください主公!母を助けに参ります」
「先生……!」
劉備は先までの妄想から現実に帰って来たか、ただ徐庶の手を固く握り締め
「こ、この賈詡も老人を城壁から突き落とすような…こんな鬼畜な所業をするはずが無い」
「その可能性が万に一つあったとしても、人の子として母の命で賭る事ができません!行かせてください!」
徐庶は涙を流しながら劉備の手を振り解いた
「軍師行くなよ!お前が行ったら兄者はどうすんだよ!賈詡が本当にそうしたら後で俺がソイツをぶっ殺す!なぁ、良いだろ!」
張飛の訳の分からない理屈を説得するのは無理だと知った徐庶は劉備の前に跪いた
「主公、お願いします!母にもしもの事があったら私も生きていけません!」
やがて劉備も地面に崩れ落ちた、流れる涙もいつもより本当っぽかった。
才能ある策士を失う、信仰の倒壊、やっとの思いで見つけた軍師がこのような形で離れる…
劉備はこのような現実を受け容れられなかった
「主公!」
徐庶の呼び声で劉備は我に返り、泣きじゃくりながら
「先生…行ってください、この劉備は先生の恩義を忘れません…」
「ありがとうございました!」
徐庶はなんの躊躇いもなく走り去った
「兄者、徐庶の兵法は凄かった、曹操の配下になったら俺らが不利になる。今のうち追いかけてぶっ殺した方がいいじゃない?」
いつか自分も同じ目に遭わないといいけど……
張飛の話は劉琦をヒヤヒヤさせた
「それはダメだ翼徳!もう変な事言うな!!」
仮に劉備の仁義が嘘だとしても、少なくとも彼は冷酷非道では無かった。
徐庶が離れ、劉備の頭が混乱した。
これからどうすればいいのか、それすら考えられないほどに。
怒られた張飛は端っこに引っ込み下を向いていた。
すぐ、外から足音が聞こえて来て、そこを見ると徐庶が帰って来た。
「先生!先生!行かないのですね!」
劉備が徐庶の前に倒れ込み、再び希望に満ち溢れた
「いいえ、急ぎのあまりに伝え忘れた事があります」
「何です?」
「前に関将軍は私なら典黙に勝てると言われました。しかし水鏡先生は私では勝てないと言いました」
劉備は徐庶が何を言いたいのか分からずに黙って見ていた
そして徐庶はゴクリと固唾を呑んで
「麒麟と渡り合えるのは臥龍か鳳雛であると、水鏡先生がかつて断言しました!」
「臥龍、鳳雛?どんな人ですか?」
「臥龍とは諸葛亮、字名を孔明!鳳雛とは龐統、字名を士元です!」
「それらの才能は先生と比べて如何程ですか?」
徐庶は苦笑いを浮かべ首を横に振り
「二人とも驚動天地の才を持って居ます、私などでは比べるのもおこがましい。臥龍鳳雛、一人得れば天下を得る。水鏡先生がそう断言しました。主公この二人の内一人でも得れば典黙と戦えます!」
天下にこのような人が居たのか?元直がわざわざ戻って話したから疑いようも無い!
徐庶の話は劉備を身震いさせた。
「この二人はどこへ行けば会えるのですか?」
「鳳雛龐士元は居場所を転々と変え、見つけずらいでしょう。しかし臥龍諸葛孔明はずっと襄陽城外の隆中臥龍岡に居ます!彼を訪ねてください!曹操の切り札はその軍師典黙、立ち向かうのであれば諸葛亮の補佐は必要不可欠です!」
「あぁ!きっと孔明先生のご助力を得る!」
劉備の鼓動が速まった、徐庶がここまで言うならそれに対する期待も自然と高まる。
「成功するよう祈ります!徐庶、行きます」
徐庶は劉備の本陣から去った後、劉備は諸葛亮の存在を知ったからか、先までの心苦しさは無かった。
「諸葛亮……何としても手に入れなくては!」
「兄者、我々はどうします?攻城はまだ継続しますか?」
「いっけねぇ!徐庶は未だ敵を誘い出す策言ってねぇ!今追う!」
「翼徳、今から行っても追い付かない……」
劉備は軍帳の外へ出て両手を後ろに組み、目の前の許昌城を見ても少し遠く感じた
しばらくして、劉備は劉琦へ振り向いた
「公子、どう思いますか?」
「皇叔、曹操軍の騎兵が既に許昌城に着いた、ここで誘い出す策が無ければ強攻しても勝ち目は……」
劉琦は最後まで言わなかった、しかし誰もがその後の言葉を予想した。
劉備自身もできれば強攻をしたくない。
ただ、目の前に目的地があるのに到達できない感覚が彼の心を苦しめた
「撤退を考えよう……」
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