百五十八話 劉琦と口車
数百里離れた南陽の議政庁にて、劉備と劉琦が北伐の計画を立てていた。
二人は主帥の座に座り、隣に軍師の席も設けていた。
もちろんそこに座ったのは徐庶
「軍師殿の計画は完璧ですね、曹仁と夏侯淵の鼠輩どころか、典黙が来たとしても策にハマるだろう!」
関羽は二尺しか残ってない髭を撫で下ろした
彼もまた雪辱の機会を待っていた
「そうだよ、しかもこの計画が成功すれば二人に残される兵も少ない!前回のように道中で時間稼ぎする関門も作れない!」
張飛も笑って言った
それに対して陳到も徐庶も何も言わずに平然としていた。
今までの劉備ならこの時に決まって豪語を口にする、しかし今日は黙ったまま劉琦の言葉を待っていた。
劉琦は咳払いして少し困った顔をした
「軍師の策なら曹操軍を破る事は確かにできるでしょう……しかし父上の命令無しに兵を動かすのは……」
ここ数月、元々八千兵が居た南陽は劉備と徐庶の頑張りで一万二千まで増えた
劉表に何も言わずに兵を募った事がバレれば劉琦は恐らく南陽にも居れなくなるだろう
劉琦は二人の大義に押され、渋々同意した。
しかし劉琦は兵を勝手に魯陽に向かわせる事だけはできなかった、一本当に天子を救い出せたなら何事もなく収まる
万が一又失敗したら蔡瑁の言いがかりが命取りになりかねない
議政庁内は静まり返った、劉琦が蚤の心臓である事を誰もが知っている。
大義も豪語も劉琦には効果が無い事を知った関羽と張飛も説得するのすら面倒くさく感じた
沈黙の中、傅士仁が走って来た。
傅士仁は幽州から劉備一味に加わった。
三国志では関羽が麦城で負けて命を落とした時、彼と糜芳の働きが大きかった。
歴史が変わって、窮地に立たされている劉備の配下をし続ける彼は未だ信頼されている。
「主公、襄陽から兵糧を運んで来た時に情報を一つ聞きました」
「どんな情報だ?」
「劉州牧が重い病を患い床に伏しているとの事です」
「確かですか!?」
傅士仁が言い終わると劉琦が慌てて立ち上がった
「恐らく本当かと思います。霍峻から兵糧を受け取った時に彼から聞きました、蔡瑁も否定して居ない模様です」
劉琦がぐったりして倒れ込んで、二行の涙が頬を濡らした
「父上が、父上が危篤だ!襄陽へ戻る、お見舞いに行かねば!」
劉琦にとって劉表は確かにいい父親では無かったかもしれない、しかし母親を亡くしたあと劉表は唯一の肉親だった。
離れようとする劉琦を見て劉備は焦った。
この時に劉琦が襄陽へ戻れば魯陽を攻める計画が実行される事も無くなる
それに今の状況は前回とは似て非なるもの、前回は袁術が既に敗れた、今は曹操軍が袁紹軍と膠着状態、天子劉協を助け出す千載一遇の好機!
「公子!」
遂に我慢できなかった劉備が口を開いた
「皇叔!……僕は今混乱しています、北伐の事は後にしてください!」
劉琦が出口に向かい、背中を劉備に向けたまま話した
自分の大義が口から出るよりも前に劉琦に止められた
それでも引き下がる訳には行かない、劉備は頭を回転させて
「その事ではありません!」
「でしたら何でしょうか?」
劉琦がやっと振り向いた
「景昇兄が病に伏したのは私も同じく心苦しい、できることなら代わってあげたいくらいです。しかし少しおかしく思いませんか?」
「おかしい…ですか?」
「公子も聞いた通り、景昇兄が倒れたのは少し前の事、それなのに誰もこの事を知らせてくれなかった。どういう意図が分かりますか?」
劉琦は柱に掌を叩きつけ
「蔡瑁がわざと情報を止めて僕を不孝者に仕立てたかった!」
「それだけではありません!」
劉備は先までの焦りが消え、頭脳明晰になった
「景昇兄が床に伏し、危篤すれば蔡瑁はそのまま景昇兄の遺言を改竄して劉琮を跡継ぎとして立たせる事が出来ます。つまり今公子が戻りたくても蔡瑁は襄陽城へ入れてくれません」
劉琦が再び地面にへ垂れ込み、涙を流した
「公子、襄陽城へ戻る方法ならあります!」
関羽が一歩前へ出た
「関将軍!」
劉琦は涙を拭きながら関羽の足元へ向かった
「ご教授ください!」
関羽はため息をし諭すように
「今公子が襄陽へ向かっても蔡瑁に止められてしまいます、それならば蔡瑁が止められない人の協力を得ましょう!」
蔡瑁が止められない人?
劉琦が無意識的に劉備を見たが違うと思った。
そして張飛へ一目見ると張飛は自信満々に胸を叩き
「俺に任せろ!止める度胸があったらぶち殺してやる!」
「翼徳、今の蔡瑁は我々が南陽に居る事を知らない、向かえばバレてしまう」
「じゃ一体誰ならそんな事が出来るですか?」
関羽は頭上に拱手して
「天子陛下!」
さすが雲長!
劉備も内心で関羽に向けて親指を立てた
「天子陛下が来れば誰も止められません!」
「確かに!」
劉琦は頷いて急いで立ち上がった
「ありがとうございます!それじゃすぐにでも兵を上げて向かいましょう!」
「善は急げです公子!」
劉備も大きく頷いた
二日後の魯陽城内、曹仁と夏侯淵が城門の上で見回りしていた
すると一名の兵士が走って来た
「将軍!将軍!私は許昌からの兵糧運搬係です!我々が両剣山に着いた頃いきなり荊州軍が現れました、今乱戦になっています!助けてください!」
二人がその話を聞けばすぐ様反応した
「相手の人数は?」
「千五百以上いる模様です!」
「案内しろ!」
曹仁も異論は無かった、両剣山はそこから十里の道のり、騎兵なら十五分前後で着く。
ここ数日退屈していた二人からすればこの荊州軍の部隊は格好の標的
二人はすぐ城壁から降りて、二千名しか居ない騎兵を全て連れ出した。
両剣山に着けば既に荊州軍の姿が無く、許昌からの運搬係の死体しか無かった。
「曹仁!この張翼徳がお前を活かして魯陽へ帰さないぜ!放て!」
高所から矢の雨が降り注ぐ中、曹仁と夏侯淵が魯陽へ引き返そうとしたが振り向くとそこには騎兵を引き連れた関羽の姿があった
兵糧で釣られたのか……
魯陽へ帰ることが出来ないとわかった曹仁と夏侯淵が顔を見合わせ
「撤退だ!三渓関へ行くぞ!」
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