百五十五話 舌戦王者、再び!
曹操軍本陣の要塞にて
弓弩手たちが整列し壁際に立ち、背後には矢が一杯詰まった矢壺を並べていた。
更にその後ろには準備していた岩石、巨木、煮え沸かした金汁。
強襲を返り討つための準備はこの上ないくらい万端だった。
曹操も全ての武将を連れて関門上に立ち、袁紹が本当に強攻するかどうかを見定めようとした
そして一同が見守る中、袁紹の馬車もゆっくりと要塞の前に現れた
馬車は馬が五匹で牽引されていた、曹操が勝手に乗り回す天子鑾儀より馬一匹少なく、これにも理由がある
当時の法律により馬車への規定があり、天子は六、諸侯は五、卿は四、大夫は三、氏民は二、庶民は一。
袁紹の馬車が要塞から一矢の距離で止まり、曹操が声をかけた
「袁本初、朝廷がお主を大将軍と拝命したのは冀州をまとめあげ、朝廷のために逆賊を打つためである!今はどうして兵を上げて朝廷に楯突く?」
「フン!曹賊!お主は大漢丞相の名を手にしながらその実は漢賊、天子を人質に朝廷の政治を牛耳、本来あるべき姿の正義を捻じ曲げ、君臣の理を無視し、戦火を撒き散らし、天下を乱した!天下の誰もが汝の肉を喰らって、汝の皮で寝台を作りたいと思っている!我は袁家四世三公として、漢禄を頂き、皇恩を受け、国の為に国賊を打ち倒すだけだ!」
袁紹の話を聞いた曹操は怒るどころか高らかに笑った
「またそれか、どいつもこいつも同じ事言って、既に耳にタコだ」
曹操が何か反論をしようとした時に背後から今まで感じたことの無い威圧感を感じた、振り向くとそこには笮融が居た。
笮融が曹操の隣を通り過ぎ
「丞相、ここは私が!」
笮融の声は軽かった、しかし曹操は謎の圧迫感に襲われた。まるで目の前に越えられることの無い山が聳えたっているかのようだった。
曹操はゴクリと固唾を呑み、典黙を見た。
典黙も自信満々に大きく頷いた。
本来なら主帥同士の会話に部下が出る幕は無い
「行けるか笮融」
「丞相、まさか鋏に向かって"紙を切れるか"等とは問いますまいでしょう」
臨戦態勢の笮融の言動一つ一つから火薬の匂いを醸し出した。
絶好調だな、笮融!
「よぉし、行け!」
「はい!」
笮融は壁際に立ち、大きく息を吸い、目を閉じて官渡の風が頬を撫でるのを感じた
数秒後、笮融は目を見開き、険しい表情を浮かべて袁紹に叫んだ
「袁本初、私を知ってるか?」
袁紹は笮融をチラッと見て
「我は歴代公侯、逆賊の手先等一々知る由もない」
袁紹の言葉で背後の武将たちを笑わせた
「ならよく聞け、私は陛下任命の大鴻臚で麒麟軍師の第二弟子笮融である!」
笮融の言葉は笑っていた袁紹軍武将たちの口を塞いだ。
「マジか、あれが……」
「噂では河口関門で劉備を気絶するまで罵ったぞ」
武将たちがコソコソと話し合いを聞いた袁紹ももちろん笮融を聞いた事がある。
袁紹はまた何かを言われないように無視を選んだ
しかしそんな小細工は当然笮融には通じない
「言いたいことがある、三軍清聴!世間には凡庸な人が居る、彼等は皆丞相を国賊と罵る、丞相が天子を人質にしていると言う。しかしその実はどうだ?天子が丞相のお陰で生き延びた!董卓の死後、陛下は長安で李傕と郭汜に囚われ、屈辱を受けた。その時の諸侯はどうした?皆が見て見ぬふりしただけだ!その時危険を顧みず陛下をお救い出したのは誰だ?袁術が帝と名乗り百姓に苦汁を舐めさせた時、漢室忠臣と名乗る諸侯たちはどうした?何もしなかったでは無いか!その時の国賊を打ち倒し、漢室を救ったのは誰だ?兗、豫、徐、揚の四州が食料に困り、互いの子供を交換して食す時、農耕改革して百姓たちにお腹いっぱい食べさせたのは誰だ?」
笮融は大きく息を吸い、人差し指と中指で曹操を指し、額に血管が浮き出る程大きな声で叫んだ
「このお方!曹孟徳、今の丞相、天子の片腕!考えてもみろ、このお方が居なければ一体何人が帝と名乗っただろう!大漢は既に歴史となっていただろう!丞相こそが古今東西正真正銘の忠臣なるぞ!」
曹操もキョトンと笮融を見ていた、自分がそこまで偉大な人だったのか…
そして笮融は演説を続けた
「今の大漢に国賊は居るのか?居る!しかしその名は曹操では無い!それは袁紹、袁本初!天子が辱めを受けた時には何をしていた?袁術が帝と自称した時には何をしていた?朝廷の冀州州牧韓馥を攻めその領地を我がものにした!更にそれだけでは飽き足らず白馬将軍公孫瓚から幽州をも奪い取った!陛下は既に官軍に勅令を出しそれを討ち取るつもりで居たが丞相は最後の機会を与えようと陛下に掛け合った。それなのに袁紹は烏合の衆を集め、大義の無い兵を挙げ、大漢を救うと名乗りその実は簒奪が目的だ!その行いはまるで大木を揺るがそうとする虫ケラよ!恥を晒す前に帰れ!陳琳に討伐檄文を書かせば正義を手にできると勘違いをしてるようだが天下の目はそう簡単に騙せない!」
袁紹は呼吸を荒らげ、胸を鈍器で叩かれたような感覚に襲われた。
曹操が国盗りを行っているのに忠臣にされ、代わりに自分が国賊に仕立てられた。
増す増す怒り心頭の袁紹は気血が逆流したかのようにフラフラして馬車の手摺を掴み、辛うじて立っていられる
「お主、おぬし……」
「黙れ国賊め!良くものうのうと四十八年を生きてきたな!少しでも良識が有ればこの烏合の衆を散らせ!お前が五体満足のままで往生できるように私も大鴻臚として約束してあげよう!で無ければ我が官軍が必ずお前たちを粉砕するぞ!」
怒りで身体を震わせる袁紹の顔は関羽よりも赤くなっていて馬車に倒れ込んだ。
「父上!」
「主公!」
袁煕、袁尚、許攸などが駆けつけ袁紹の胸を摩っていた。
我慢できなくなった郭図が馬を走らせ笮融を指差した
「曹賊は人妻を寝取り、未亡人に手を出すことで有名だぞ!そのような倫理に反する趣をお持ちでは丞相にはさわしくない!そんな人の肩を持つのは危険では無いか?発情してあなたの奥様まで寝とるかもしれんぞ!」
郭図は話終えると自ら大笑いしていた。
言われた曹操は穴があったら入りたいくらい恥ずかしかった
しかし笮融は慌てずに反論をした
「あなたも庸主と同じく凡庸!世間では丞相が人妻を好むと言うがとんでもない誤解だ!人妻が好きなのではなく好きな人がたまたま人妻となっただけだ!丞相はそれでも相手の過去に拘らず相手を愛し続ける、これこそ偉大なる愛だ!この笮融は命で賭けてもいい、きっと二千年経ってもこの愛の形を手本にする男児が無数に居るだろう!」
そんなもん流行らせてたまるか!
郭図も反論されて顔を赤くしていた、曹操の汚点を偉大なる愛に仕立てられた事は予想外の事だった。
「ゲッゲッゲッゲー……次はどいつだ!!」
変な笑いを上げる笮融はツルピカの頭を擦りながら叫んだ。
武力無敵が呂布と言うなら舌戦で笮融の右に出る者は居ないだろう
袁紹軍どころか曹操軍の皆も驚きのあまり開いた口が塞がらなかった
衰弱した袁紹が馬車に横たわり、震えた手で笮融を指さした
「攻城!曹賊は後からでもいい、先にあの禿げを殺せ!!!」
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