百五十三話 保身第一
「子盛は南門、仲康は西門、文遠伯平は東門、北門には僕が行く!」
趙雲の指揮で皆事前に決めた部隊を連れて各自の持ち場へと走った。
一組千二百五十名の虎賁営は一人一人壺一杯の火油を抱えて、袁譚の屯所外壁の至る所に投擲した。
袁譚軍屯所の守備兵も櫓から矢で応戦するが、宴会のせいで守備兵の数自体が少なく、曹操軍の襲撃を止めることもできなかった。
三千龍驤営も四班に分かれて投擲された火油でベッタリの外壁目掛けて火矢を撃ち込んだ。
瞬く間に外壁が火に包まれた、龍驤営はそのまま火矢を屯所の至る所にばら撒いた
「公子!公子!大変だ!曹操軍の奇襲です!屯所の外側に火の手が上がりました!」
孟岱の一声で宴会場が静まり返った。
その後敵襲を知らせる太鼓の音や、戦馬の嘶き、兵士たちの掛け声が四方八方から聞こえて来た。
袁譚も数々の修羅場を潜り抜けただけあって、彼は腰に差してる宝剣を抜いた
「諸君、共に応戦だ!」
五万人を受け入れられる規模だけあって、虎賁営と龍驤営の放った火は四方の外壁と外側の軍帳を燃やしていたが中央部分は未だ無事だった
火の手が迫り来る前に袁譚たちは何とか集結を終えた。
「フッ曹操軍も詰めが甘い、火事に乗じて中央部を奇襲していたら私たちは負けていた。来ないなら反撃するまでだ」
ホッとしたのか郭図はまた策士を気取っていた
伝令兵「大変だ!曹操軍が屯所外の山林に火を付けた!火の勢いが風によってどんどん大きくなっています!」
曹操軍は火事に乗じて中央部を奇襲するよりも屯所周辺の山林に火を付けて山火事を作り出すことを選んだ。
これも無駄な消耗を回避するための策
「狡猾な曹賊!諸君、脱出だ!」
「はい!」
辺り一面は火の海、袁譚が千人程度を引き連れて北門へ走った、目的地は屯所から十里離れた延津本陣もう一つの要塞。
屯所に居る袁譚軍は五万人居るが火事と煙の前では兵力差は関係なく、山風が煙を運んで来る度に多くの袁譚軍が煙を吸い込み昏睡していく。
そして気絶して倒れ込んだ兵士たちを待ち受けるのは火の海に呑まれる運命
屯所の外側へ辿り着くと火の勢いは中央部より強かった
驚いて暴れる馬を慰める袁譚は知っていた、ここから北門へ向かっても曹操軍の伏兵が必ず居る事を。
しかし絶体絶命なこの状況ではそこを突破する以外に助かる道も無い。
余計な事を考える暇もなく袁譚は兵士たちを鼓舞した
「諸君、延津要塞へ着けば安全だ!走れ!」
数万人の集団が山火事に囲まれ逃げ出そうと走り出す中、煙で倒れる兵士や生きたまま劫火に焼かれて身もよだつ叫びを上げる兵士が続出した
そして袁譚の読み通り、数多くの犠牲者を出しながら山林を突破した後虎賁営と龍驤営を並べた曹操軍の五大猛将が既にそこで待ち構えていた
典韋「狩り尽くせ!」
火の海から逃げ出した袁譚軍は既に疲弊していた、曹操軍を目の前にして戦う度胸も気力も無くなっていた。
向かってくる曹操軍の凶刃を躱し続、北の方へ懸命に走るしか無い
騎兵なら包囲網を突破すれば要塞まで辿り着くのはそう難しくない。
しかし歩兵は無惨にも虎賁営の突撃で混乱し、暗闇の中で四方八方に逃げ惑いながら狩られていた。
どれだけの時間が経ったのか、辺り一面が死体が散乱していて、流れた鮮血が旱ばつしていた土を泥に変えていた。
もはや立っている袁譚軍が居ない事を確認した趙雲はすぐさま撤退の命令を出した
この場所は延津の要塞からわずか十里程の距離、敵の応援部隊が来る前に撤退する必要があった。
そのため、詳しい戦果の統計は後に行う事にした
曹操軍の姿が闇に消えたあと、死体の山から丸っこい頭が上がって、周りの安全を確認してから立ち上がった。郭図である
「危なかった、危なかった…」
郭図が馬を見つけて延津の渡口に就頃には辺り一面の苦しむ声と泣き声が聞こえた
そこで袁譚を見つけると袁譚は地面に跪き涙を堪えきれずに流し
「僕のせいだ…僕のせいで皆を犠牲にした!」
この一戦でどれだけの死者を出したのかは未だわからない。
しかし屯所から逃げ出した時にはまだ数万人居た兵士が今は一万も無かった
統帥として懺悔している袁譚を横目に郭図はホッとしていた、袁譚さえ無事で居れば責任を誰かに擦り付ければいい
「監督官殿は?」
郭図が真っ先に思い浮かべたのが沮授、沮授が戦死すれば全ての罪を被せられる
「監督官殿は肩に槍傷を受け、今は治療を受けています」
チッ、運の良い奴だ!仕方ない…
孟岱の返答に不満を持ったが郭図は顔に出さなかった
「公子、公子!しっかりしてください!」
郭図は袁譚を揺らしながら声をかけた。
「先生!ご無事ですか!」
袁譚は純粋で疑いを知らない、郭図を見ても責め立てることをしなかった
「公子、よく聞いてください!今日これだけの出来事が起きてしまった、明日は官渡の本陣に居る主公への謝罪は免れません」
郭図は心苦しそうに袁譚への洗脳を始めた
「主公の前ではくれぐれも今回の発案は自分だと言い張るのです!」
袁譚は豆鉄砲をくらった鳩のような顔で郭図を見ていた
「公子!主公は常に剛毅果敢で初志貫徹、公子が自ら責任を取りに行く姿勢を見せれば主公も喜ばれます!きっとこうおっしゃるでしょ!"譚、策自体は良かった、しかし経験が足りなかったようだ"」
一呼吸を置いて郭図が続けて言った
「逆に私が出した策と言えばどうでしょう?統帥たる者が人に左右され、問題が起きてからは責任逃れをする。"そんな奴に跡を継がせる訳には行かない"と思われてしまいます」
「先生……」
「公子、私を信じてください!主公が未だ私を信じていれば、私は必ず公子を助けられます」
事実、袁譚は責任感が強く、郭図に責任を全て擦り付けることを考えていなかった
袁譚は頷いた
「先生の言う通りにしましょう……」
「公子、念の為に傷を負ってください説得力が増します」
「ならそうしましょう……」
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