百五十話 郭図の兵法

袁紹達が鄴県の調練広場で鶏や羊を生贄に天を祭った後四十数万の大軍の長蛇が南へ動き始めた。


城門から見れば送別する百姓たちの列が十数里にも及んでいた。

それらが皆涙をこらえて、徴兵された子か、夫か、父がただ無事に帰ってくる事を祈っていた。


この日青州、幽州、并州の百姓たちが南の方へ眺めた。

自分の家族が戦場で手柄を建てることよりも無事に帰ってくることを願っていた


馬に跨り、これらの光景を見た袁紹は酷く勘違いをしていた

「見よ!我が軍の壮大さを!我が軍の愛されようを!」


そこへ鎧姿の袁譚が馬で走って来た

「父上、斥候よりの報せです!白馬城の曹操軍が城を捨て逃げたとの事です」


「ヤツらもまともな判断ができるものだな」

袁紹は得意げに髭を摩っていた


「父上、曹操軍もこちらに向かって来ている模様です、その先鋒は既に官渡で本陣を築いています。我が軍は四十四万あります、兵力の有利性を発揮できるよう延津の渡口で別働隊を置く事を提案します!これなら官渡の本陣と掎角の勢いを作れる上後方に回り込まれる事も防げます」


袁紹の息子たちの中で袁譚が一番戦に強い、北国四州の攻略でも数多くの手柄を建てていた。


しかしそんな袁譚も結局政治に疎く、歴史上では官渡の戦いの後に跡目争いで曹操に援軍を頼んでいた


「譚、兵法が詳しいのは良い事だ!我も同じ事を考えていた」

袁紹は賛賞な眼差しを袁譚に向けた。


「武芸百般の長公子は戦略も完璧、まさに文武両道!主公、延津渡口の統率を長公子に任せるのはいかがですか?」

跡目争いでは袁譚陣営の郭図はゴマすりと推薦を同時にした


「賛成します」

辛評は郭図が好きでは無いが彼も袁譚の支持者、郭図の袁譚に有利な発言に賛同した


「父上、僕も父上の力になれるようにここ数日兵法の勉強をしています、兄上は既に青州で武勲を挙げています。ここは僕を延津の渡口に行かせてください」

袁譚の逆側からもう一人馬に跨った容姿端麗な美少年が名乗り出た。


袁紹の三男、袁尚。

ただ見た目がイケメンなだけの約立たずである


歴史上では袁紹の死後、袁尚と袁煕が遼東へ亡命したものの公孫康に囚われ、袁煕が死を恐れずにいたのに対して袁尚は地面が冷たいと言い座布団を要求した。


哀しきことに袁紹が袁尚を溺愛のあまり、跡を継げるようにと、青州で武勲を挙げた袁譚を従兄弟の袁基の元へ送り出した。


袁紹は満面の笑みで袁尚を見て

「尚、その役目は兄さんに任せて君は我の近くで学びなさい。譚、十万の兵を分けてあげる、そして公則と公与も連れて行くといい。延津に着いたら二人の意見も聞きなさい」


袁譚「はい!お任せ下さい!」


黎陽に着くと四十三万の大軍が二手に分かれた、袁紹が三十四万を率い河を渡り、袁譚は十万を率いて延津の方へ向かった。


袁譚は十万の兵を三班に分け、一班が本陣の建造、二班を周囲の警戒に当てた。

それを見た沮授は"やはり三公子より跡継ぎとして相応しい"と感心した


袁譚「この後は周辺の地形を調査しに行きますがお二人も御一緒にどうですか?」


「お供します」


三人が数百の騎兵を連れて本陣の周辺をグルっと回り、袁譚が十里程離れた山林で立ち止まった。


「残暑がまだ酷く、この山林で五万人収容できる屯所を作ろう!もし曹操軍が攻めてきても二手で挟み撃ちができる」


「公子は兵士たちの事を大切に思ってますね!戦いながらもより善い環境を作ろうとするのは素晴らしいです!」

郭図が高らかに笑いながら後ろを振り向き、袁譚の美徳を兵士たちに大々的に宣伝した。


沮授は袁譚を少し離れた所へ引っ張って行き

「なりませんぞ公子!」


「どうしてですか?」


「包原澤阻険の場所は屯所に向いてません、もし曹操軍が火攻めを仕掛けてきた場合五万の兵士が一瞬にして火の海に呑まれますぞ!」


沮授の言う包、原、澤、阻、険とは五つの地形の指している。

包は草木に包囲されている場所、見通しが悪い

原は平原、逆に見晴らしが良いため屯所が簡単に見つかってしまう

澤は沼地、湿度が高いため備品が消耗しやすく疫病が発生しやすい

阻は障害物がある場所、行動が阻害されるため囲まれる危険性がある

険は険しい場所、兵士たちが奇襲への警戒心が薄れてしまう


想像するだけで袁譚は背中から寒気がして身震いした

「ご教授ありがとうございます!」


郭図は諦めずに袁譚を違う方向へ引っ張った

「公子、私も当然火攻めの危険性を見抜いてあります。その上で公子の提案に賛成しました」


袁譚は困惑した顔で郭図を見た

「それはまたどうしてですか?」


「ここで屯所を作って奇襲を待ち受けるのです!するとどうでしょ?」

郭図は言いながら首を斬る動きを見せた


袁譚は驚いて目を見開く

「先生の本当の狙いは曹操軍の奇襲部隊を待ち伏せる事にあるのですか?!」


袁譚は沮授が一枚上手だと思っていたがまさか郭図がより一枚上手だった事に驚いた、そして郭図を見る目もより尊敬になった


郭図はもちろんドヤ顔で教えを続けた

「公子、戦いは、正を以って合し、奇を以って勝て!ですぞ」


「ありがとうございます、先生!」


「まぁ本来なら口を出すつもりもありませんでした、公与が今回の作戦の監督官ですし。しかし、三公子が名乗り出した時に危機感を覚えましたので長公子の味方をしなくてはならない思いです」


郭図は遠回しに物を伝える事に特化していた


言葉の裏を返すと郭図は自分こそが奇策を出せる策士で跡目争いでは袁譚を助けた、そして自分の役職が沮授より下である事を一同に伝えた


袁譚も当然言葉の裏も読める

「先生、ご安心を!この恩は必ず報います!」


「ダメだ!この作戦は危険すぎる!私は反対します!」

郭図たちの計画を聞いた沮授は当然のように反対意見を述べた


「虎穴に入らずんば虎子を得ず、危険を犯さずに奇策はありえない!」

郭図は鼻で笑って反論した


「それでもこれは危険すぎる、五万の兵士で絶体絶命の作戦を建てるなど…五万の命だぞ!」


「死中に活路を見出す!楚国の覇王項羽も自ら退路を断ってから百二の秦の関門を落としたじゃないか!こんなことも分からないの?」

口を開けば兵法を引用する郭図、そこだけを見れば確かに兵法に通じる人だと思えた。


「お前とは口論しても時間の無駄だ!公子これはタダならぬ事です、私は主公へ手紙を出します」


「書けば良いじゃないですか、屯所を建てることは変わりません」

自信満々の郭図は袁譚に手紙を途中で止めるように目で合図した


延津方面の統率者として手紙を止めるのは容易な事、郭図の言葉に耳を貸した袁譚は不安に駆られていた。

今回の官渡の戦いでより大きい手柄を建てなければ見す見す弟の袁尚を跡継ぎにしてしまう。


跡継ぎになるため、将来のため、袁譚は沮授の出した手紙をこっそり止めてしまった!


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