百三十七話 一つ目の贈物

「伯平が刑罰を受ければ諜報工作員がこの情報を袁紹に報告するだろう、苦肉の策で伯平が偽装降伏しやすくなる。しかし袁紹は優柔不断だ、信じてくれるのか?」

道中、曹操は少し心配そうに呟いた。


この苦肉の策は恐らくは三つある袁紹への贈物の一つだろう


「安心してください丞相、僕が笮融を腹心にしていると天下の諸侯が皆知ってる事、肩を持つのも合理的です。それに伯平は降伏した将、普通なら雑に扱われても何も不自然では無い。この芝居で伯平に不憫に思うでしょう。それにこの芝居は袁紹に見せるものでもありません」


曹操は歩く足をとめ

「袁紹じゃない?なら誰に見せるのだ?」


典黙が狡猾な笑みを浮かべると曹操は聞くのをやめた、典黙の顔を見れば聞いたところで何も聞き出せないとわかったから。


曹操「しかし伯平が処罰を受ける事に文遠はどうして反対意見をしに来ないのだ?まさか文遠も苦肉の策を見抜いたのか?」


典黙「それは考えにくいですね、笮融と伯平は仲が悪いのはずっと前から、僕は表立ってこの事件を起こした訳でもありません。見抜けないはずです」


曹操「文遠も自分が降将である立場から言いにくかったのか…」


典黙もそこについては少し疑問になっていた、自分の兄典韋がこの事件を知ったなら止められないほど暴れるだろう


二人が広場に着く前から悲鳴が聞こえて来た

そして広場に着いた頃には張遼が来なかった訳を知った。


何故なら軍杖の刑罰を受けているのはまさかの笮融!!


そしてそれを囲むように武将たちが楽しそうに野次馬していた


曹操も典黙もポカンとして状況を呑み込めずにいた


笮融はうつ伏せの状態で長椅子に押さえつけられて背中から血が滲み出ていた

典黙たちを見ると笮融は急いで泣き喚く

「先生!先生!助けてください、もうこれ以上は死んでしまいます!」


典黙「やめろやめろ!何をしている?」


刑罰を途中で止めると典黙は高順の方へ近寄り

「何がどうなってる?」


高順「分かりません...刑罰を受けようと来たら既に笮融が叩かれていました」


明らかに高順も状況を理解できずに居た


笮融は長椅子から転げ落ちて典黙の足元まで這いつくばり

「先生、先生!来るのがもう少し遅かったら私は持ちませんでした!ヨヨヨ」


典黙は額に手を当て、嬉しそうにしている曹昂に近付いた

「どういう事だ?」


曹昂は困惑した顔でパチパチと瞬きして曹操を見てから

「先生の言う通り、笮融に軍杖刑八十を実行しました」


「違う!」

曹操は両手を後ろに組み

「高順が手を出した事が悪い、九卿の大鴻臚に手を上げるのは許せない!刑罰は高順が受けるべきだ!」


曹昂は自分の耳を疑った

「しかし父上、暴言を吐いて挑発したのは笮融です!」


曹操「大鴻臚に非があっても我に報告すべきだった!勝手に殴るなど反逆の大罪!」


曹操は執行人を見て

「高伯平を押さえつけ、刑罰を実行しろ!」


「丞相!」

やはり張遼は異議を申し立てようとした、彼は片膝を地につけて拱手したまま

「丞相、伯平が手を出したのは悪いですけどその発端も笮融にあります!一時間にも及ぶ暴言雑言は通常の人ではとても耐えられません!」


曹仁も同じように拱手して片膝を地につけた

「丞相!笮融は手柄を立ててから伯平将軍にちょっかい出すようになって、幾度も挑発しました!俺らも皆それを知っています!伯平将軍をお許しください!」


「お許しください!」

于禁、楽進等の武将も皆同じように異議を申し立てた


良しっ!少しは苦肉の策らしくなって来たじゃないか


曹操は芝居をする内心のウキウキを押さえ込み手を大きく振りかざし

「小沛を破り、召陵を取り、劉備を退けたのに笮融の武勲は大きい!高順を罵ったから何だと言うのだ!速くやれ!」


張遼が再び許しを乞う

「丞相、どうしても罰すると言うのならここは一旦八十の軍杖刑をつけにして将来武勲と処罰を相殺させましょう!」


「そうですよ丞相、あんまりです!」


武将たちの言葉が曹操を困らせていた、典黙はすぐ高順へ目で合図をすると高順もすぐに理解して一歩前に出た

「そうだよ!俺はコイツが気に食わなかった!小沛も召陵も劉備を退けたのも将兵たちの奮戦が無ければできなかった!これらが無ければコイツ一人に何ができると言うのだ!虎の威を借る狐め!丞相が軍師殿への情でその腰巾着まで守ると言うなら刑罰くらい受けます!」


曹操は内心で高順の演技を褒めたあと突然暴れ出して長椅子を蹴り飛ばし

「あぁ!!やれ今すぐやれ!八十だ!」


激怒する曹操を見て執行人も急いで長椅子を再び直して高順を押さえつけた

そして軍杖が一発一発高順の背中に振り下ろされた


張遼は何回も口を開こうとしたが我慢して、終いにはその場から離れた。


高順は確かに気骨のある男、最初から最後まで一声も上げずに耐えていた。

先まで泣き喚く笮融とはいい比較対象だった


四十発を過ぎた前後には武将たちは皆これ以上見るに耐えなくて離れて行った。


笮融だけが泣くのをやめ意気揚々と笑っていた


典黙は軍杖を取り上げて曹昂へ渡した

「君が聞き間違えたんだ、残りは君がやるべき」


典黙の意を組んだ曹昂は急ぎ何回も頷いて軍杖を手にした


もちろん人が交代すれば加減も変わった、最後の二十発に至っては振り下ろすフリをしただけだった。


苦肉の策なので曹操も典黙も高順を慰める事もできずにその場から離れた


袁紹に勝つために誰かが代償を支払わなければいけない、八十発の軍杖で死者が減るならお釣りが来る。


終始無言だった郭嘉も曹操と典黙に追いついた

「伯平はいい将ですね!」


典黙も郭嘉が策を見破る事には何も不思議に思わなかった。


曹操「奉孝、袁紹はかかると思うか?」


郭嘉「必ずです!袁紹は未だ幽州の公孫瓚と戦っています、子寂の布石がこれほど早いのは予想できません!」


郭嘉がゴクゴクと酒を呑み微笑んだ

「子寂には増す増す感心するよ...」


曹操「あぁ、贈物一つでこれほどとは!袁本初のヤツ、二つ三つも受け切れるかが心配だ!」


曹操「二つ目はいつから取り掛かるのだ?」


典黙「それには兄さんたちの協力が必要です」


曹操「ほう、すぐにできるという事か!アッハッハッハッハッ!」

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