百三十六話 時代を超えた政策

曹操が丞相へ昇進して以来荀彧も昇進した


荀彧も笮融同様に九卿になったが権力は笮融の比べられるものでは無かった。

荀彧の役職は九卿の大司農、漢王朝の農業、人口、戸籍、財政を管理している。

これらは全て封建国家では国の要、もちろんその仕事量も計り知れない物になる


曹操と典黙が荀彧の家に向かったが荀彧は留守のようだった、二人はそのまま司農院へ向かうとそこには氏族の職員がたくさん居た。


大司農の下には都内、平淮、籍田等約六十の役職が有り、これらは全て大司農を支える仕事だ


曹操と典黙を見れば憔悴しきった荀彧がヨロヨロと立ち上がって、机の上に山のように積まれた竹簡をバタバタと落としながら迎えに来た

「これはこれは、珍しいお客さんだ!!どうして司農院に来たのですか?」


典黙は奥にあるてんやわんやの部屋をチラッと見て若干引いた


荀彧「さぁさぁ、お掛けになって!今お茶を淹れて来ます」


三人は着座してお茶を飲みながら曹操が先に口を開く

「警備隊の徐晃が言うには最近許昌城内に死士の活動が目立ってな、何か対策は無いのかと思って訪ねて来た」


外来人口の管理も司農院の仕事である


荀彧はため息混じりに口を開いた

「丞相、数月前に兗州と豫州が天災と人禍に見舞われ、救済の事で司農院の職員は皆寝る間もなく働いています、更に関中の戦火により外来人口は予想を遥かに上回っています。私はこの後徐州の籍田と税収の処理もしなくてはなりません。余裕が無く、誤ちを犯した事をお許してください」


曹操は手を振り

「もう良い、今日は罰則でもなく愚痴を聞きにちた訳でもない。戸籍管理で死士と諜報工作員を割出す方法はあるか?」


「方法は、ありますけど。人員が多く必要になります」

荀彧はてんやわんやの司農院職員を見て少し心苦しく思っていた


「そろそろ戸籍制度を丸ごと変えませんか?」


典黙の唐突な発言に曹操と荀彧は信じられない顔で典黙を見ていた


荀彧と曹操の注目の中で典黙は肩を竦めて思った事を説明した


漢王朝の戸籍制度は秦の物をそのまま使っていた、例えば百姓たちから五家族から一つの伍、十家族から一つの什を作り

そこから伍長と什長を決め、戦時中は兵士でそれ以外の時は農民。


そして連帯責任により伍や什から逃げ出した住民が居ればその伍や什も皆罰せられる事になる


この制度は確かに人口の移動を制限できるが短所としては伍の全員か什の全員が逃げる事もある


そしてこの制度では労働力も低下する、戦時中の募兵で男たちは皆兵士になってしまえば農業は疎かになってしまう。


典黙の中では一番のおすすめはやはり千年後の明代の制度、里甲制。

簡単に説明してしまえば百十戸を一里として、その中でも財力の高い十戸を里長、余りの百戸で十甲に分けて、毎年十甲から順番にで兵役に着く。

これなら農業が疎かになることも無くなる。


そしてもう一つの改良策としては道引きである戸籍制度の変更に伴い、本籍の場所から離れる時は道引きの紹介引率が必要になる。

道引きの紹介が無ければ城内に入る事を禁止する事により死士や諜報工作員が城内に侵入する事もできなくなる


このような時代を超えた政策を聞いた曹操と荀彧は必死に理解しようとした


「道引きは良い策だ、我々も百姓の間で設ければ死士や諜報工作員が城内に侵入する事も減るだろう」

曹操は直感的に道引き制度の良さを理解した


荀彧は頭を抱えて

「確かにいい政策ですが、各州でこのような政策を取り入れるにはしばらくの間他の事を止めなくてはならない」


「こうしよう、里甲制度はゆっくり進めても構わないが早急に道引き制度の導入を進めよう、少なくとも穎川ではな!でなければ許昌の安全が脅かされる」


道引きだけなら荀彧もさほど困らないと思って笑って引き受けた


「子寂は兵法戦略や発明にたけると思っていたがまさか司農政策にも通じるとは思わなかった、司農院に来るつもりはありませんか?」


「いいえ、司農政策に関しては文若の足元にも及びませんのでやめておきましょう」


荀彧の勧誘を受けた典黙は周りの忙しさを見て断りの言葉を即答した


こんな所に来たら禿げるほどこき使われてお終いだ、東観令のような閑職で無ければ麋貞と昭姫ちゃんと遊べないでしょ!


「怠惰!」

典黙の心を見透かしたかのように曹操はボソッと一言こぼした


典黙の全てを気に入ってる曹操だがその怠惰さだけは少し受け入れられない

働き者の荀彧の前ではその欠点は更に目立ってしまった


しかし図々しい典黙はそんな叱りもお構いなかった、転生してから十六年間曹操を待った、そして目的は曹操に天下を取らせる事と自分の嫁探しで、それ以外はどうでも良かった。


三人が楽しく話していると曹昂が急いで走って来た

「父上、先生、荀殿!大変です!」


曹操「そんなに慌ててどうした?」


曹昂「本日、太行山の張燕から使者が来ました、職務通りに大鴻臚笮融が接待を行いましたが同席の高順が酒を呑まない事に笮融が立腹して高順を罵りました!その後高順は自宅へ戻ったが、笮融はその家の前で一時間ほど暴言を続けました!我慢の限界を迎えた高順は...その...笮融をボコボコに.......笮融は九卿ですので僕の一存でその処遇を決められません」


曹昂の話を聞いた荀彧は驚きを隠せない。

河口関では笮融はは一瞬で劉備を気絶させたのに高順は一時間も耐えた、その忍耐力に感服した。


曹操は落ち着いていた、この出来事は典黙の仕組んだ物だとすぐにわかったから。


曹操「フンッ、笮融は大鴻臚に着任早々舞い上がったな!伯平の家の前で吐くとは!しかし伯平にも落ち度は有る、軍杖の刑四十!」


典黙「八十」


曹操「八十だ!」


曹昂「はい!」


曹昂が場を離れてから三人はお茶の続きをしていた


「丞相、見に行きましょう」

芝居を打つならもっと完璧にしようとした典黙が曹操に提案した


曹操もニヤリと笑って

「そうだな、九卿大鴻臚の立場も有る、伯平が軍杖刑を受けるのを見届けるのも必要だ」


二人が立ち上がって荀彧に一礼をしてから荀府から離れた

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