百三十一話 歓喜する笮融
「確かに袁紹は明主じゃないかもしれん、器も小さいかもしれんがかつては義の士。そして曹操と拮抗できるのは彼しか居ない!我々が袁紹に力を貸せばきっと許昌を攻略して天子を救い出せるだろう!」
傲慢な関羽は心から敬意を払ってるのは天と地と劉備
そして劉備が敬意を払った相手も少ない、袁紹もその一人。
かつての董卓に牛耳られた朝廷で袁紹が董卓と口論になり、董卓が「俺の剣の鋭さを試してみるか」と言ったのに対して袁紹は「俺の剣も鈍くない!」と言っていた。
この事から少なくとも袁紹は漢王朝を守ろうとした気持ちが読み取れる
「兄者の言う通りだ、ならば我々は虎牢関を通って冀州へ向かおう!」
「それしかねぇか」
三人が立ち上がると遠くから馬の走る音が聞こえて来た
足音のする方へ見ると河口関の方から逃げて来た荊州軍の姿が見えた
「公子!」
劉備が喜んで劉琦の所へ行った
「お終いだ、お終いだ!父上に何と言えばいいのか……」
馬に乗っている劉琦が延々と呟いている、まるで劉備に気づいてないようだった
「公子、公子!」
劉備が続けて二回呼ぶと劉琦は我に返り馬から降りて劉備の腕にしがみつく
「皇叔…皇叔!負けました、曹軍に、典黙に負けました!二万の大軍が今は三千も残っていない、荊州に居る父上に何と言えば良いのですか?」
劉備「公子、ご無事で何よりです!」
「皇叔たちはここに来てどのくらい経つ?」
叔父と甥っ子が感動的な再会をした時に李厳は前へ出て質問をした
劉備「一時間ほどかと」
李厳「一時間か、さすが皇叔だ、俺らより速いな!俺らが必死に走っても一時間は遅れたのか…」
張飛「李厳、どういうつもりだ、はっきり言えよ!」
李厳「どういうつもり?曹軍が奇襲する際に皆が戦っていた、俺は皇叔を探しに行ったが最初に逃げ出したと聞いた。その速さなら呂布の赤兎馬も追い付かないじゃないか?」
李厳背後の荊州兵たちも忌み嫌う視線を劉備に向けた、劉備の口車に載せられなければ劉琦は早々に引き返した。
それなのに曹軍の奇襲からいの一番に逃げ出した
張飛「何だと!?やんのか!!」
劉備「翼徳!」
黄忠「正方!」
劉備が張飛を止めるように黄忠もまた李厳を止めていた
劉琦の異様な目を見て、劉備は弁明を始める
「公子は知らなかっただろうが、火牛陣が本陣を襲う時、私は雲長と翼徳を連れて公子を探そうとした!しかし陥陣営が来て、皆私への懸賞を口にしていた、そこで私が公子と合流すれば公子も巻き添いを食らってしまう!そう思って私は公子の居る方と逆に走ったのです」
李厳「あっ、そう?なら礼でも言うべきか?」
黄忠「正方!!」
黄忠は先よりも口調を強くして李厳の皮肉を止めた
「ともあれ、一度荊州に帰って父上に事情を説明しなければいけません。皇叔、共に来て欲しいです」
劉琦も少し落ち着きを取り戻した、劉備が居れば集中砲火を免れる
劉備は一瞬躊躇ったあと頷いた、冀州へは行けなくなるが劉表への謝罪をしておく事にした
荊州へ行けば劉表と荊州士族の当たりは強いだろうが手には天子の血書があれば情状酌量の展開を作り出すことができる
そう思うと不思議と劉備は安心した
河口関門上、曹仁は全身の返り血と煙に炙られた真っ黒の顔を気にせずに典黙の元へ行った
「アッハッハッハッ!!爽快痛快!!軍師殿、この度の成果は大きい!捕虜七千名、戦馬三千匹、兵糧一万五千石を手に入れました!唯一残念なのが劉備に逃げられた事ですね!」
典黙「劉備に逃げられたか…鯰みたいなヤツだ」
劉備を逃さないよう懸賞金を普通の諸侯以上に引き上げたというのにこの結果は少し残念だった。
曹仁「でも俺は満足です!元々南の戦線では関門を守るだけと言われたが、軍師殿が来た途端にこれ程の手柄を俺にくれた!これからはやはり軍師殿について行きたいです!」
典黙「僕は異論が無いよ、丞相に聞いてみれば?二日の休養を取り、その後許昌へ戻りましょう!」
曹仁「はい!」
将兵たちは一夜の奮戦で一日の休養が必要で、手に入れた捕虜、戦馬、兵糧、機材などの処遇にも一日が必要だった
翌日全員が勤しむ中で典黙は河口関外の木陰の下で北の方を眺めていた
麋貞はどうしてるのかな、許昌へ帰って来たのかな?昭姫ちゃんはどうしてるのかな、書籍の作製は捗ってるのかな?
典黙は女の子が恋しかった、数ヶ月に渡りむさ苦しい武将の中に居ればごく普通の気持ち
曹操が宛城を落として開口一番に"城内に妓女は居るか?"と聞いた時の気持ちは今やっと理解出来た
笮融「先生、ここに居たんですか?呼ばれたと聞いてすぐ来ました!」
典黙「大鴻臚様、御機嫌よう」
笮融の媚びる顔は典黙のからかいで少し恥ずかしそうになった
典黙「ふっ、小沛と召陵で手柄を立てた上今回は劉備を倒れるまで罵った、どれも良い働きだ。褒賞は丞相が決める事で僕は手助けできないが君のために何かしてあげたい!この前誰かに虐められたそうじゃないか?可哀想に、話してみなよ」
「先生…先生!!ありがとうございます!」
笮融は泣きそうな顔で典黙を見つめて立ち上がった
「高順は小沛の時から私を虐めていました、ここへ来てもふてぶてしく、先日私の歯が抜けるまで殴りました!今の私は形こそ先生と同僚ですが実は先生の教え子、私を辱める事はつまり先生を舐めています!」
典黙は笑顔で頷いて
「その通りだね、許昌へ戻れば君は晴れて大鴻臚の任に付く、降将の一人くらい簡単にやっつけられるでしょ?違うか?」
笮融は難しそうな顔で
「アイツは性格が悪いけど隙を見せません!私も弱みを握ろうと数日調査しましたが何も出ませんでした」
高伯平は本物に正直な人だな…笮融のようなヤツに狙われても付け入る隙が無いとは……
心で高順へ敬意を払った典黙は首を横に振り
「君は本当に間抜けだね、罪状が無いなら作れば良い」
笮融「はい、ご教授お願いします!エッへへ」
典黙は内心の軽蔑を見せずに笮融の耳元で方法を教えた
笮融は策を聞いて両目を輝かせてどさくさに紛れ典黙へ拝師の礼を行い、正真正銘典黙の二人目の弟子になった
典黙もさほど気にしなかった
笮融「先生の妙計があればどんな大将軍も跪くでしょう!降将の一人くらい簡単に片付けられます!クククッ」
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