百二十八話 関羽対趙雲

数日後、状態を整えた荊州軍は再び河口関を包囲した。

河口関門は山と山の間に築き上げた石壁、その地形がまるで海に流れ込む手前の大河の河口に似ているから河口関と名付けられた。


このような狭い地形がもたらした効果の一つは陣列を広げることが出来ない事。


荊州軍は一万二千の兵がギュッと一つの方陣に凝縮され、関門の上から見れば人の海のように見えた。


荊州軍は既に雲梯、盾、弓弩などを用意していて準備万端だった。


関羽も馬で関門の前へ来て、青龍偃月刀を低く抑え顔も挙げずに吊り目を更に細めて

「鼠輩、俺と勝負する度胸はあるか!」


「必勝!必勝!必勝!」

関羽の挑発が終わると背後に居る荊州軍が口を揃えて鬨をあげた


激昂する鬨の声と戦鼓の音に合わせ、関門上の夏侯淵と曹仁に睨む関羽の威厳は凄まじい物だった


当時関羽が温酒斬華雄、呂布との奮戦を夏侯淵と曹仁は実際に目にしていたので名乗り出さ無かった。


張遼と高順も口を開かなかった、今までの一騎打ちは呂布の役目だった


「子龍兄さん、お願いしても?」

典黙は趙雲に目を向けた


趙雲が典韋、許褚と共に淮南に行かなかったのが幸いだった、でなければ関羽を止められる人は本当に居なかっただろう


「雲長は武芸の達人、僕の新しい槍法を試すのにちょうどいい!」

趙雲は命令を受けて関門を降りた


城門が開いて、夜照玉獅子に跨った趙雲がゆっくりと関羽の前に現れた


「雲長、徐州以来の再会が戦場になるとは思いませんでした」

趙雲が拱手をして敬意を払った


関羽は趙雲をチラッと見て

「趙雲、お前は兄者とは友人だと聞く。殺したくない戻れ、曹仁と夏侯淵を差し出せ」


関羽の心の中では呂布を除けば自分が一番強い、傲慢な関羽は誰を見ても插標売首な存在だった。

典韋と許褚も眼中に無かった関羽はもちろん見下す眼差しを趙雲に向けた。


しかし趙雲はそんな挑発を流し

「職務の責任も有り、今日は雲長と闘わねばなりません」


「趙雲、この賊め!」

隊列の前にいる張飛が怒りで環眼に充血した

「お前は幽州に居た頃はただの百夫長なのに兄者はお前を兄弟のように接していた!今では曹賊の元で兄者の邪魔をするのか!」


関羽「翼徳、今更言葉は無用だ、栄華に貪欲な奴には義の言葉は通じん。所詮道義を知らぬ賊軍!」

関羽と張飛は口を開けば暴言雑語、しかし趙雲は相変わらずそれを無視した


趙雲は常に冷静沈着な人、如何に罵倒されようと無表情に

「状況により、不承不承」


「子龍!」

もちろんこの状況で劉備も前に出て、両目から再会の喜びと対立に対する残念の気持ちが溢れていた。

「子龍、共に幽州での日々を忘れたのか?衣食住を共にした日々や天下に着いて語った日々を忘れたのか?子龍が本当に栄華のために曹軍に入ったのなら、そのためにこの首を差し出そう!来世、兄弟になろう!」


劉備はずっと趙雲を引き入れようと考えていた

武芸も強く仁義もある、そして何より趙雲には大志を胸に抱いた。

そんな趙雲が何故曹操の配下に加わり自分と敵対する事になったのか理解できなかった。


「玄徳……」

趙雲は言葉に詰まった、彼もまた感性が豊かな人だから。


「話し長いな……笮融!」

劉備の三文芝居に耐えられなかった典黙は笮融を召喚した


笮融「はい!」

呼ばれて空かさず後ろから出て来た笮融は咳払いをしながら城壁に立ち

「お前が温酒斬華雄の関羽か?猿のお尻みたいな顔色だな!ハッハッハ…」


このまま笮融に話す隙を与えれば前回の徹を踏み、皆再び罵倒されて逃げ帰る事になる

事の重大さを知っている関羽は趙雲目掛けて突進した


穎川での最後の戦いだ、勝ちのみが許される!

関羽はそれを肝に銘じていた。

青龍偃月刀が空中で半月を描いて振り下ろされると、竜胆亮銀槍も同じように攻めてくる。


関羽は内心で嘲笑った。

気力なら呂布と互角の自分と正面衝突をするとは、とんだ間抜け!


しかし大刀と槍が衝突した瞬間に関羽は混乱した。

自分の全力の一撃が竜胆亮銀槍に当たり、その衝撃が槍を伝って趙雲に届くのでは無く、まるで濡れた綿に当たったかのように衝突が逃げて行く。


力を流した?いやっ消した?


関羽は青龍偃月刀を引き揚げ、逆袈裟斬りで二回切り上げたがそれもまた趙雲に同じように防がれた。


関羽は愕然とした、春秋十八刀の最初の三撃が剛の極み、呂布以外に受け切れる人は居なかった。


「なんだアイツ、俺でも雲長の三撃を受ければ両手が痺れるほど痛ぇのに!幽州に居た頃よりも強くなってねぇか?」

近くで観戦していた張飛も驚きを隠せない


優勢の趙雲は少しも気を抜かず、顔は冷静そのものだが内心は喜んでいた


百鳥朝鳳槍の基礎に呂布の戟法を取り入れた七探蛇盤槍は剛柔の切り替えは自由自在だった


これまでに典韋と許褚にも手合わせをお願いしたが身内同士では全力を出せないでいた、しかし関羽との命のやり取りで趙雲は確信を持てた


七探蛇盤槍は百鳥朝鳳槍より優れる!


「まだまだ!」

趙雲は攻めに転じずに七探蛇盤槍の技を試し、竜胆亮銀槍が趙雲の指のように正確な動きをしていた。


関羽の目から見れば、呂布のように剛と柔を兼ね持つ事は出来ずとも自由に切り替えられる趙雲も化け物に見えた


本来気力勝負の関羽は速度が短所、押されている内に目の前の趙雲からは呂布の影が見えた


「素晴らしい槍法!疾風迅雷、万馬奔騰!この若さにしてこの武芸か!」

同じく観戦していた黄忠は思わず賛称の言葉を口にした


黄忠は関羽ほど傲慢では無いが今までは人を褒める事はあまりなかった。


関羽は増々動揺した、今は辛うじて趙雲の槍を凌げるが問題は反撃の隙がない。

十手中反撃できるのは二三手、残りは防ぐ事で精一杯。

百数手を経て、主導権は完全に趙雲に握られた。


関羽は無数にある槍影を青龍偃月刀で横払って

全力で振り下ろすと馬を引き返し走り出した


そして追いかけて来た趙雲に振り返り再び上から切り下げた


逃げるフリして攻撃をしてくる関羽の手の内を読んだ趙雲はそのまま青龍偃月刀を竜胆亮銀槍の先端で地面に押し付けた


関羽の青龍偃月刀が地面にめり込み正面ががら空き、絶体絶命の状態で急いで武器を引き抜いたが間に合わずに竜胆亮銀槍が既に顔の前まで来ていた


「雲長!!!」

ほぼ同時に劉備と張飛が叫びを上げた

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