百二十七話 試す価値

「状況から見れば黄将軍が先に曹軍と戦いましたね」

「黄将軍、戦果はどうよどんな武勲をあげたんだ?」

劉琦だけではなく、関羽も張飛も同じように思っていた


黄忠はため息をついて首を横に振り

「公子、曹軍は河谷道を通ったのではなくそこに待ち伏せしていました。我々は葦の茂みに一晩中隠れていましたが曹軍の姿が見えずに引き返す時に茂みを燃やされ、混乱した時に攻撃を受け、被害は甚大なものでした」


全員は目を見開いた

そんなバカな!待ち伏せのはずが待ち伏せされた?


「黄将軍、我が軍の被害はいかに?」

劉琦は急いで聞いた


「公子、我が軍は死者二千、重軽傷者千あまりの被害を出した…」

黄忠は俯いて酷く落ち込んだ


一度に数千の死傷者に劉琦は頭を抱えた、どうやって劉表に伝えればいいのかを考えていた


「明らかに我々の計画を読んだかのような動きだったぞ」

李厳は劉備の策を疑うかのように言った


「兄者の計画がこれほどに周到のものだぞ、内通者でも居るじゃねぇか?」

張飛が適当な事を口にし始めた


「有り得ない!」

黄忠は張飛を睨み、声を荒らげた

「これら荊州男児は俺らと長年共にした、主を裏切る事は決して無い!」


劉琦「荊州兵に内通者が居るとは思えません、恐らく典黙が皇叔の策を見切りました」


張飛は不服そうに何かを話そうとしたら劉備の鋭い目線に気づいて言うのをやめた。


劉琦「皇叔、責めている訳ではありません、この計画に私も賛成しました。しかし典黙の思慮深さがここまでとは思いませんでした……我々では勝てないのでは?」


劉琦は劉備を責め無かった、ただ典黙に対する恐怖が心に広まった


最初河口関門での罵声を利用する皇叔の話を聞いて皇叔の方が一枚上手に思えたが、典黙の方が数枚も上手だった


「公子、確かに今回の件は私の配慮が足りませんでした。これから気をつけねばならないですね!」

劉備は悲しそうな顔で話した


これから?またやるの?


劉琦も劉備の話から引き下がる気が無い事を読み解いた

劉琦「我々が既に穎川に長い間居ます、典韋と許褚が騎兵と共にこちらに向かっているかもしれません。挟み撃ちにならないように一度は荊州に戻りましょう」


劉琦は損切りが上手く、元より少ない元本を守ろうとした。


関門四つを攻略した時には既に多くの犠牲者を出した、これ以上は許されなくなる。


黄忠と李厳は劉琦の話を聞いてから外へ向かって軍令を伝達しに行った。


劉備はドキッとした

引き返すのか?


劉備は臥薪嘗胆の勾践の話で劉琦を引き留めようとしたがどこから話せばいいかわからなかった。

黄忠が待ち伏せに遭った話をした時から劉備は既に劉琦を励ます事を考えていた


元々劉琦は北伐を嫌がっていた、今では敗戦に直面して既に闘志は皆無


仕方がない劉備は劉琦の前に立ち深く一礼をした


劉琦「皇叔!おやめ下さい!目上の方からの一礼など恐れ多いです」


劉備が顔を上げた際には既に満面の涙

「この一礼は皇叔として公子へでは無く、天下百姓を代表して志士へです!公子、あなたは義を心に持ちながら曹賊が朝廷に居座り天下を乱す事を許すのですか?」


劉備は河口関門の方向を指差し

「河口関門のすぐ後ろに許昌があります、天子陛下がそこで辱めを受けています!あと一歩だけです!許昌を落とし、天子を迎え、賊を討ち、天下に安定をもたらし、百姓に平和を与えるのです!お願いします、公子!」


劉備は再び九十度のお辞儀を見せると、関羽と張飛はすごく感動した


兄者は大変だな、大漢の為に身を粉にして働いてる


劉琦「皇叔…」


劉家の一族が皆涙腺が発達しているのか劉琦も涙を目に溜めていた

「私が不義なわけではありません、荊州の兵士たちを無事に帰す責任があります。彼らもまた家に妻子を待たせています、河口で命を落とさせては荊州の父老に顔向けできません」


劉備「天下を失えば皆平穏を失います、大漢四百年の歴史を繋ぐためには既に多くの命が散りました!今諦めてはそれらが全て無意味になります!諦めない義務が私たちにあります、公子も同じく劉家一族として!」


劉備の洗脳を受け、劉琦は数歩後退りした

「しかし未だに無敗の典黙に私たちは何を持って抗えば良いのですか?」


関羽「その無敗記録も必ず敗れる時が来ます、私たちで止めましょう!」


関羽は腰の剣に左肘をかけ、右手で三尺の美髯を撫で下ろした


「具体的にはどうすればいいですか?」

劉琦は複雑そうに関羽を見て聞いた


関羽「……」


二人が暫く沈黙してるのを見た張飛が前へ出た

「あの小僧は策略が得意だ、なら策略を抜きにして一騎打ちに持ち込もう!一騎打ちで相手の士気を下げて数で河口関門を攻め落とす!」


陰謀だろうと、詭計だろうと麒麟の策略だろうと力の前では無力!

そう信じる張飛は無意識的言った事は単純でこの状況で最も有力な方法だった


張飛の言葉に劉備は目を輝かせた、典韋も許褚も居なければ夏侯淵と曹仁では張飛と関羽の相手にならない。

趙雲に至っては昔の情けがあるから自分との正面衝突を避けるだろうと、劉備はそう信じて疑わなかった

百歩譲って、趙雲が出て来ても関羽や張飛には勝てないだろう……

まさか翼徳が最良の案を出すとは!


劉備「公子、私もそのつもりです」


劉琦はすぐには返答せず軍帳内で歩き回る、彼は悩んでいた。


正直、麒麟軍師に勝って天子を奪還できれば確かに荊州の士族の支持を獲られる、それどころか天下の士族にも一目置かれる。

問題は負けた時に荊州軍の何割を失うのか、そこを心配していた


「公子、試す価値は充分あります!」

劉備の言葉に劉琦は又もやすぐには返答をしなかった


それを見た劉備は再び口を開いて

「これで最後にします、負ければ私も一緒に荊州へ戻り、景昇公へ謝罪して責任を取ります」


劉琦「お二人は一騎打ちに自信がありますか?」


劉琦の話に関羽は声高らかに笑った、その笑いは嘲笑にも聞こえた

「公子は未だお若い、知らずとも仕方のない事。曹軍に居る武将など私の青龍偃月刀では插標売首の輩!」


劉琦はまだ若く当時の関羽が華雄を斬ることを見てはいなかったが劉表から少なからずその武勇を聞かされていた


「よし!」

決意を決めた劉琦は検討した末に声を上げた

「それなら皇叔と両将軍にお願いします。この戦いを穎川で最後の戦いにします、もし負ければ南に帰ります!」


劉琦は劉備三兄弟に押され再び曹軍に立ち向かう事を決めた。

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