百二十六話 速すぎる布石
曹仁たちが出発した時から河口関門では既に宴会の用意をしていた
皆が凱旋してすぐに宴が始まった
典黙も止めたりはしなかった、この戦いの後に荊州軍はきっと関門を強行突破する余裕も度胸もないだろう
「さぁ!軍師殿へ敬意を表し飲もう!半月だ、やっと分からせてやったぞ!」
「あぁ!劉備が軍師殿の前でよくもぬけぬけと兵法とか言えたな!釈迦に説法とはこの事だ」
「黄忠の帰還を見れば劉備が本当に怒りで昇天したりして?ハッハッハ…」
夏侯淵たちは典黙を囲み笑った口が塞がらない、皆鬱憤を発散した快感に酔いしれた
典黙も当然この雰囲気を楽しんでいた
「軍師殿!魯陽では劉備がどれほど傲慢だったか知ってますか?虐殺とか訳の分からない事を口にしていましたぞ!」
曹仁がフラフラになりながら酒壺を片手に典黙の前に座り込んで、ここ数日の屈辱を吐き出していた
典黙「呑もう!」
曹仁「軍師殿、一つお願いがあります」
典黙「僕たちの仲じゃないか、言って見なよ」
曹仁は典黙の耳元へ近寄り一字一句に
「もう軍師殿とは離れたくない、次から軍師殿がどこへ行っても俺を連れてってくださいよ!ね、お願いします!」
典黙「何で?文和じゃ不満か?」
曹仁「不満はないですよ、賈先生も並では無い智略でした!この度我々の八千歩兵は全て新兵、戦闘経験が無かった上に臆病でした。魯陽では三万の荊州軍と戦う前から逃げようとした兵がいるくらいに!こんな不利な状況でも賈先生が妙計を出したからこそ援軍が来るまでの時間が稼げました」
そして曹仁は残念そうな顔で小声で呟いた
「ただな、穏便過ぎるんだよな…軍師殿のようにもっとこう、殺気立てばいいのに…でなければ手柄が建てられない…」
典黙「文和こそが大いなる知恵を持っている、あのように振る舞えるのは悪い事じゃないぞ」
文和が穏便?そんな訳無いでしょう、あれは穏便ではなく利己的なだけだ。
能を隠すのは彼の処世術、彼を追い詰めれば毒士と呼ばれる訳を思い知るでしょうね
「皆呑んで呑んで、僕は伯平の処へ行ってくるよ」
典黙は杯を下ろして外へ出て行った
高順は元々お酒を飲まない、趙雲は飲めるが今は飲まないだけ、護衛としての趙雲はとても慎重だった。
典黙と趙雲が陥陣営の詰所に着くと高順は兵士たちの手当をしていた
外は宴会なのに伯平は少しも浮かれない、やはりいい将、兄さんが気に入る訳だ
高順「軍師殿!」
典黙が歩いてくるのを見た高順は急いで拱手して一礼をした
典黙「被害の方は?」
高順はため息混じりに
「死者七名、重症十名、軽症十九名です」
高順の反応は少し悲しそうだった。
本来なら数千人のぶつかり合いでこの程度の被害はありえないくらい微々たるもの
しかし高順はいつも同僚を大切にしていたから悲しむのも仕方がない事
「軍師殿はここへ来たという事は何かの要件がありますか?」
暫く間を置いてから高順が聞いた
「二つある」
典黙は首を横に倒し、着いてくるように示した
三人が適当に小さい丘を見かけて地面に座った
「陥陣営が呂布の配下に居た時の給金は通常兵士の三倍と聞いた、それが我が軍に加わってから通常兵士と同じ額になった。伯平も丞相には話していないでしょう?許昌に戻れば僕が丞相に事情を説明して給金と戦死の手当を十倍にしてもらうよ」
典黙の話を聞いた高順は両目から感謝の意を現し、にこやかに拱手し
「陥陣営を代表して感謝します!」
高順自身はお金には興味のない人、陥陣営が優遇される事を心から喜んでいた
典黙も曹操なら断らないとわかっていた。
戦場は公平な場所では無い、優遇されたければ命で勝ち取るしかない
この道理を曹操はもちろん知っているだろう
高順「二つ目は何でしょうか?」
典黙「笮融についてだ」
高順は目を細め、笮融の名前が無意識的に嫌悪感を抱かせた
高順「軍師殿に告げ口をしたんですか?」
典黙「伯平、僕を見くびらないでね。笮融の人なりはよく知っているつもりだ。僕が彼の言葉に耳を貸すわけもないでしょう?ただ、許昌へ戻れば彼に合わせて一芝居を演じて欲しい」
高順「笮融の事は好きでは無いが軍師殿の命令であればその通りに動きます」
高順は笮融に対する嫌悪感を隠すつもりもなかった。
典黙「なら良し、具体的には許昌へ戻てから話すからもう戻ってもいいよ」
典黙が先に立ち上がって高順の肩をポンと叩いた。
高順「では失礼します」
高順が去った後趙雲は依然と何も言わずに居た
典黙は趙雲をからかい
「子龍兄さんはどんな芝居か興味は無いのか?」
趙雲「子寂が自ら言わないなら丞相ですら聞き出せない、僕が聞いても無駄でしょう」
典黙「ハッハッハ…兄さんと仲康兄さんなら今夜はずっと僕に纏わり着いて聞き出そうとしたでしょう」
趙雲も笑顔を浮かばせて
「子盛と仲康は今どうしてるのかな…」
典黙「心配しなくてもいい、今の呂布は兄さんたちの旗を見れば逃げて行くでしょう。兄さんたちは僕らよりも楽だよ……それよりも子龍兄さんはこの後劉備を相手に戦わなくてはならない……」
趙雲「それなら大丈夫!許昌から出発した時から既に覚悟を決めていた」
夜の闇で趙雲の顔こそ見えなかったが彼の言葉に典黙は確かなものを感じた
「ならいい…」
典黙は長く息を吐き出した
この時荊州軍の本陣でも宴会の用意もできていた
劉琦「一晩中待っても来ませんでしたね、曹軍の奇襲」
劉備「これも想定の範囲内です、ならば今夜こそ来るでしょう!」
皆が次の奇襲を期待している間に黄忠と李厳が血まみれで帰って来た。
何故だ?
本陣は奇襲を受けていないのに二人が既に戦った?まさか曹軍の奇襲部隊が駅道では無く河谷道を通って来たのか?
そういう事か!曹軍は歩兵しか居ない、河谷道を通るのも有り得る!そして黄忠と李厳が我慢できずに飛び出した!それしかない!
劉琦は全容を想像して納得した
「黄将軍、この度の待ち伏せはどうでした?敵将を討ち取りましたか?」
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