百二十四話 変化への対策

劉備の死がすぐ河口関門に伝わり、一番先にその報せを受けたのは笮融だった。

笮融は急いで伝令兵を追い払い、この情報を自らの口で皆に知らせようとした。


劉備は死んだ!私の罵声で昇天した!この事はきっと歴史に残る!

劉備が死ねば荊州軍は必ず乱れ、河口関門の包囲も解かれる!この笮融が第一の武勲を挙げたことになる!


笮融は今までの手柄を指折りで数え始めた

呂布は自分の働きで敗走した、袁術は自分の働きで亡くなった、劉備も自分の罵声で昇天した!

丞相がこの報せを受ければ九卿の大鴻臚を三公のいずれかに変更するだろうか…?

三公?丞相と肩を並べるのか?そこまでいかなくても侯爵の位は固いだろう!


妄想している笮融は前から歩いて来た高順に気づかず、正面衝突した。


高順は相手にもしなかったが笮融は食い下がった

笮融「高伯平!ここを小沛だと思っているのか?速くこの笮融様に謝れ!」


小沛で受けた屈辱を思い出した笮融は胸を張り、高順を見下していた。

そして笮融が高順を指差し、罵声を浴びせようと口を開いた瞬間に高順の拳が笮融の顔面に直撃した!


「ぐはぁっ!」

右頬を思いっ切り殴られた笮融は吹き飛び、口から奥歯がポロリと転がり出た。


笮融は泣きわめいたのではなく、地面に座りすごく余裕そうにしていた


笮融「あぁ〜、やっちゃったね!終わった終わった!お終いだよ〜誰を殴ったと思う?麒麟軍師の腹心、九卿大鴻臚でもうじき三公になる男だぞ!」


高順が再び手を振り上げると笮融様はサッと逃げて行った、もちろん典黙の元へ告げ口をしに行った。


高順はその背中を見下し

「ふんっ虎の威を借るヤツめ」


議政庁に入ると、張遼と曹仁らに囲まれてる典黙を見つけては笮融は泣きわめき始めた

「先生!高順が私にぶつかり、謝りもせずに私を歯が抜けるまで殴りました!私が先生の腹心である事を知っておきながらこの狼藉は先生を舐めているとしか思えません!」


笮融は虎の威を借る事を極めていた、自分が殴られた事を典黙がなめられた事にすり替えた。


典黙はゴミを見るような目で笮融を見て

「あまり問題とか起こさないでくれよ」


曹昂「出て行け、先生が敵を退く策を考えてるのを邪魔するな」


他の人がそう言えば笮融はきっと激怒していただろうが相手は曹昂、丞相の長公子、将来の跡継ぎ。

いくら笮融が図に乗っても曹昂の前では何も反論できずに平謝りした。


ふっ、大丈夫だ、私がどれだけの手柄を立てたのを未だ知らないだけだ、その手柄の大きさに気がつけばきっと皆私の味方になるだろう!


笮融は涙を引っ込めて両手を後ろに組み胸を張り

「先生、もう考えずとも良いでしょう!敵は既にお亡くなりました!」


典黙「なんだと?」


笮融「未だ先生のお耳に入ってませんか?劉備は亡くなりました、私の罵声によって死にました!へへヘヘッ」


変な笑いをする笮融を横目に場に居る皆が固まった。

曹仁「本当か?劉備が死んだってのが」


笮融「本当です、今荊州軍の本陣で劉備の弔い事をしています!先生、劉備が死ねば士気は必ず落ちます、今夜我が軍が奇襲を仕掛ければ必ず敵軍を全滅できます!」


「ほーう!大鴻臚の任に着く前にまた一つ手柄を挙げるとは!丞相はきっと喜ぶだろう!」

夏侯淵が嬉しそうに話した

劉備が居なくなれば自分も奇襲に参加すると予想した。


典黙が口を開く前に張遼を見ると彼もまた何かを思い詰めていた。


典黙「どうしたの文遠?何を考えている?」


張遼「いえ、この事は少し怪しく思います!」


笮融「怪しい?何がだ、荊州軍の本陣を見てくればわかるでしょう!二里離れても泣き声が聞こえて来るぞ!」


笮融は自分の手柄を疑う事を許さなかった

「私が劉備を罵った時にお前もそこに居ただろう、刀剣のように鋭い言葉を劉備が耐えられなかったのが事実だ!」


「普通、戦時中に大将が亡くなれば隠蔽するはず!それに劉備と関羽、張飛の間柄は親密。劉備が亡くなれば二人はここへ来て騒ぎ立てるはず!きっとこれは劉備の仕掛けた罠!」

さすが張遼、冷静な分析を怠らない


いつも本心を隠す賈詡も賛賞の眼差しを張遼に向けた。


笮融「やはりな!劉備は卑怯で小賢しい!私も最初か何かあると……」


曹昂「これ以上無駄口を叩いたら残りの歯も折るぞ」


曹昂の一喝で笮融は黙って口を抑えた、残りの歯を舌で感じながら心の中で酷い…と思っていた。


「確かに思ったより劉備は小賢しい、きっと本陣で待ち伏せを仕掛けているでしょう!」

典黙は余裕そうに笑って言った


曹昂「先生、待ち伏せだと分かれば何か対策はありますか?」


典黙「それなら簡単。子脩、君なら何処で伏兵を置く?」

典黙は河口関門周辺の地図を机に開いて

「本陣は行くべきではないでしょう、しかし劉備軍は二万の大軍だ、我々を一気に叩くなら待ち伏せは本陣だけでは無いはず!」


典黙の助言を頼りに曹昂は真剣に地図を見てじっくり考えた


典黙はずっと黙っている賈詡を見て

「どう思う?」

賈詡はやはりタヌキ、曹操の前だろうと聞かれなければ何も言わないのが彼の処世術


賈詡「河口道でしょう、そこには沼地があり、生い茂った葦の茂みもありますので待ち伏せには最適かと」

賈詡の即答に典黙は内心でツッコミをした


まったく、知っているならもう少し積極的に言えっ…


「軍師殿、それなら俺が行きます!今夜その葦の茂みに入り返り討ちにしてやります!」

曹仁が真っ先に名乗り出した


「俺も行きたいです!」

夏侯淵はいつものように、曹仁より言うのが遅い事を悔しがっていた。


「良いでしょう!文遠と伯平も一緒にね!我が軍は歩兵が多く、陥陣営が敵の布陣を崩してから歩兵で接近戦に持ち込めば有利になる!」

典黙は快く了承した


一同「はい!」


笮融も自分が劉備に騙されたと知り、高順の事もこれ以上何も言えない、そのまま逃げて行った。


全員が去った後曹昂が典黙の近くへ

「先生、許昌へ戻れば笮融は晴れて大鴻臚に着任します、伯平に対する嫌がらせも容易にできるでしょう!伯平は気が強いけど真面目で率直、敵を作りやすい。そして笮融とは因縁もありますので放って置くのは良くないのではないでしょうか?」

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