百二十三話 逆境を利用する劉備

劉備はもちろん罵声に殺されるほど柔じゃない

しかし本陣の各営では劉備が笮融の罵倒で吐血したとの噂が立ち上った。


野営を巡視した劉琦も心を乱され、もう戦争ところじゃなくなった。


唯一の救いは今までの損失が四五千人、帰ったらきっと劉表に怒られる上、蔡瑁を筆頭に蔡家の誹謗中傷が免れないだろう。

それでも全員をここで死なせるよりはマシだ…


いざとなったら劉協の血書を取り出せばいい、それに今回の主な責任者は皇叔だ


そう思うと劉琦の気も少し晴れて、劉備三兄弟と撤退の談議をしに行った。


軍帳に入ると関羽と張飛がそばに立って、劉備は床に横たわっていた


「皇叔起きましたか、撤退の事でお話をしに来ました」


劉琦がそう言うと関羽と張飛も俯いて何も言わなかった、二人も外の士気の有り様がわかっていたからだ、


仕方ない……


劉備は顔色を変えず、手は布団を固く握り締めていた。

確かに今日の事は屈辱だ、しかし今撤退すれば次はいつになったらこのような機会が再び訪れるか分からない…

典黙が憎い、笮融が憎い!何故蒼天は劉を助けず曹を助けるか……


笮融の罵声を思い出し、自分の凡庸な半生を振り返ると劉備は思わず笑い出した

それは自嘲の笑いで不満を発散する笑いでもあった


劉琦は不思議そうに劉備を見ていて、しばらくしてから

「皇叔は何故突然に笑い出しました?まさかわざとそうしたのですか?」


劉琦の話に劉備は閃いた、この状況をまだ打開できる!


公子すまない、悪く思うな。漢室のためだ、この逆境を利用させてもらう


劉備「公子はやはり賢い!笮融の悪語暴言では私をどうにかできる訳もありません。倒れたのはそう見せただけです」


「どうしてですか?」

劉琦は劉備の近くに座り、キラキラした目で劉備を見ていた


「公子よく考えて見てください、典黙は此度八千の援軍を連れて来ました。我々は攻城しても勝てるが損失は大きい。既に関門四つを攻略した時に五千の兵を失って、この劉備は申し訳なく思います!ですから、河口関門から誘い出し殲滅する事を考えました」


劉琦はより分からなくなって瞬きして聞いた

「それが皇叔の気絶とどう関係がありますか?」


劉備はニヤリと笑い

「曹軍は私が気絶したと見たがその後どうなったかを知らない、なら私が死んだと見せかければ典黙はどうすると思いますか?」


劉琦は目を見開き

「本陣の襲撃を仕掛けに来る!」


「その通りです!」

劉備は意味深に笑い

「これこそ私が三軍の前で気絶した事によってもたらされた勝機!」


関羽と張飛もお互い顔を見合わせて頷いて、なるほどと頷いた。

やはり兄者はすごい!


劉琦は一連の出来事を振り返り、驚いた顔で劉備を見つめ、しばらくしてから

「では、皇叔は典黙を見た時から誘い出す事を考えて、笮融が口を開いた時には計画を完全な物にしたと言うのですか?そして気絶したのも全ては演技でしたか?」


劉備は頷いて、よくぞ見破ったと言わんばかりに微笑んだ


劉琦「皇叔はあの緊張感溢れる場面でそこまで策を講じたと知らず、私は退却を考えていました。恥ずかしい限りです」


達人同士の知恵較べはここまですごい物か!劉琦は感動していた。


劉琦の勘違いを利用した劉備もスッキリして地面に降りて立ち上がった

「公子、兵法とは武に近しい物です。柔よく剛を制す、引きと見せ掛けて攻める!」


「肝に銘じます!」

劉琦は拱手しながら

「すぐに葬式の用意をしてきます!」


すぐ、劉備軍の本陣で劉備の葬式が執り行われた

喪に伏した本陣の入口に二行の銘がとても目立っていた


"壮志未酬身先死、誓与漢賊不両立"

壮大な志が報われずに先立つ、立てた誓いは漢賊と相容れない


軍帳内、劉備と劉琦は共に元帥の席に座っていた。

武将列には関羽、張飛、黄忠と数名の荊州軍校尉が立ち並んでいた。


劉備は一目劉琦を見ると劉琦は頷いて皆に話し始めた

「今日明日の夜、曹軍は必ずここ本陣を奇襲する!特に今夜は気を付けるべき!」


劉備「関羽、前へ!」

関羽「はい!」

劉備「本陣にて待ち伏せを仕掛けよ!」

関羽「はい!」


劉備「張飛前へ!」

張飛「はい!」

劉備「本陣の外側で待ち伏せを仕掛け、曹軍が本陣に入ってから退路を絶て!」

張飛「はい!」


劉備の布陣を聞いてる劉琦は心地良かった、いつか自分も兵法を熟知する事を妄想していた。

そうなれば蔡瑁に怯える必要も無くなる……


劉備もまた今の感覚を楽しんでいた。

彼の認識では典黙と自分は一度だけ兵を交えた、それも袁紹の筆跡を真似た卑怯な手段を頼っていた。

本当の布陣なら自分の方が上だと、謎の自信があった。


「皇叔、この老骨も手には赤血刀、鉄胎弓を背負い、戦の度必ず先鋒を務めて来ました!俺にも役目をください!」

呼ばれていない黄忠は明らかに不機嫌になり、不満を口にした。


劉備は黄忠の近くへ行き

「漢昇将軍は刀弓無双、何の役目も任せない事は有り得ません!この戦いでもう一つ極めて重要な地点があります、そこをお願いします!」


老骨とは自虐にしても笑えない、黄忠は役職こそ低いが荊州軍の中でその人望は厚く、彼を得れば荊州軍を手に入れたのも同然。

劉備はもちろんそれを狙い、重要な役割を任せた。


「アッハッハッハッハッ!」

重要な役割と聞けば黄忠も高らかに笑った

「命令に従います!」


「典黙は詭兵を好んで使う、我々が本陣で待ち伏せしてもそれを全滅する事は難しいでしょう!曹軍が逃げかれるのに必ず河谷道を通ります、そこには葦の茂みがあります。漢昇将軍はそこで歩兵三千、弓弩手二千で待ち伏せし、敗退する曹軍を殲滅して貰います!」


劉備は黄忠の肩をポンッと叩き

「必ず大きい収穫が獲られるでしょう!私は公子と本陣で宴会の用意をして凱旋を待ちます」


「アッハッハッハ…ありがとうございます皇叔!」

黄忠が拱手して礼を言った


劉備は会心の笑みを浮かべた。

黄忠は"公子"ではなく"皇叔"に礼を言った、つまり黄忠の心の中では劉備の軍事力を認めた!


「良しっ、各部急ぎ準備せよ」

「はい!」

劉備は手を叩き武将たちを送り出した


武将たちが去った後劉琦の両目が潤んでいた


劉備「公子、どうされました?」


劉琦「皇叔がこれほど兵法に通じると思いませんでした!陛下を助け出した後はどうか荊州まで来てください!私には皇叔が必要です!」


泣きじゃくる劉琦を見て劉備はため息をついて

「跡目を決めるのは景昇公の家庭事情、本来ならば私が出るべきではないが、古来より長男を廃止する事は乱を生み出す。公子は公正で大義をお持ちで協力してくださいました。安心してください、私も受けた恩を返します!」


「ありがとうございます皇叔!」

劉備の言葉で劉琦はすごく安心した


きっと蔡瑁たちよりも皇叔の方が謀略で勝る!

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