百二十二話 舌戦王者、笮融

人は皆理解できない物事に恐怖心を抱く

ここ数年平和ボケしていた荊州軍にも典黙の噂を聞いた事はある。

噂によれば彼の知恵は人の枠を飛び越えた上に陰陽奇術にも通じると聞いた。

まさかこんな伝説級の人物を直接見る日が来るとは誰も思わなかった


典黙は終始何も言わなかったが、そこに居るだけで荊州軍を戦慄させた。

劉琦も固唾を呑み、関門四つを突破した豪気も無くなった。

劉琦は城楼に居る自分と同じくらいだろうの少年典黙から目線を離せないで居た。

少しでも目を離せば何をされるか分からないからだ


「黙れ黙れ!典黙がなんだ!この後城攻めしてとっちめてやる!」

張飛の声は大きく、荊州兵たちの話も掻き消されたが、兵士たちの恐怖心は消えなかった。


この状況に劉備もうろたえた、せっかく関門を四つ突破して士気も高かったのに典黙の出現により風向きが一変した。


ダメだ、軍心を安定させなければ!

劉備は的盧馬で前へ出て冷やかす

「典黙!曹軍の騎兵は皆淮南へ向かってると聞きました、あなたが援軍を連れて来たとしても万を越えない、我が軍はまだ二万以上の精鋭だ負けるはずが無い!」


典黙「確かに僕は八千の歩兵しか連れて来れなかった」

典黙は青釭剣を撫でながら正直に言った

「でもね!勝敗は常に、兵力の数ではなく使い方による物だ!試してみますか?」


劉備は城楼を見渡し、典黙の周囲に典韋と許褚が居ないと見て二人は淮南へ向かった事に確信を持った。

そして劉備は更に自信に満ち溢れていた、自軍が曹軍の三倍、そして関羽、張飛、黄忠も控えている。


負けるはずが無い!なら軍心を固めれば勝てる!


劉備「虚勢を張っても無駄だ、私は紀霊ではない!空城計は私に通じまい!私も兵法を熟知している、もはやあなた達には勝ち目がない!」


この半月では荊州軍が関門を四つ突破した事に加え関羽と張飛の小芝居により、劉備が兵法に詳しい設定が荊州軍の心に定着していた。


ここで士気を上げる一番の手取り速い方法は劉備が典黙と同じくらい知略にたける事を強調する事


典黙は腕を組み首を横に振りながら相手にもしなかった。

典黙「笮融」

笮融「はい、ここにおります」

典黙「出番だ」

笮融「はい、お任せください!」


典黙は近くに椅子と机を運んでもらって着座して茶を啜り始めた。


笮融は城楼の壁に近寄り、ゴッホンっと咳払いをしてから大声で話し始めた

「劉備!私のことを覚えているか?」


劉備は袈裟を着ている和尚をよく見ると笮融だと気づいて

「笮融!陶公がお前を信頼していたのにお前は裏切るのか!」


「よくも陶公の事を口にできたな!」

笮融は袈裟を振り払い続けて話した

「言いたいことがある!三軍清聴せよ!劉備、元は涿郡出身、竹織りで生計を立てる平凡な男、本来なら平民らしく生きるべき存在。しかし漢室の衰弱をいい事に国乱に乗じて皇叔と自称し、陶謙公に取り入り徐州六郡を虎視眈々し、五十万の徐州軍民に無駄な戦火に巻き込んだ!」


「こ、この卑劣で恥知らず……」

忍耐力の強い劉備でも笮融の尾ヒレが着いた話には激怒した

劉備は荊州軍の異様な視線を感じ、息を荒くして笮融を睨みつける


「黙れ!恥知らずはお前だ劉備!天下万民がお前の肉を噛みちぎりたいほど憎んでいると知らないのか?愚迷な凡夫たちを誑かせば天下を手にできるとでも思ったのか?否!この官軍の前ではお前らは塚の枯れ骨と化すだろう!麒麟才子の前でよくぬけぬけと兵法を熟知すると言えたな!我が先生は濮陽で妙計を出し、彭城で天水を借り、長安で離間を謀り、許昌で空城で敵を退いた!どれも真似出来ない策!お前はと言うと幽州から徐州に転がり込み、慌てふためく荊州に逃げ込み、百戦錬磨と謡いながら一勝もできず!先生と比べるなど先生に対する侮辱だ!恥ずかしくないのか?」


城楼の上、罵声とともに飛沫を飛ばす笮融を見て荊州軍は皆顔色を悪くしていた

関羽と張飛も何も言えずに言われるがままになっていた。


劉備は気血が逆流するほど怒りを込め、双股剣

を握る手がプルプルと震え、歯を砕くほど噛み締めていた。


「兄者!大丈夫か?」

二人の弟分が劉備を心配そうにしていた。


「やーい、デカ耳劉備!武勲一つ挙げられずに口だけは達者!背骨の折れた野犬が我が軍を前に遠吠えするとは滑稽極まりない!これほど図々しい人は今まで見た事も聞いた事も無い!」


劉備の頬もプルプル震え出し、息が乱れ危うく双股剣を落とすところだった。


それを見た笮融はより励まされ、更に意気揚々と演説を続ける

「荊州兵もよく聴け!先生はお前らが劉備に誑かされている事を哀れみ、今すぐ手を出す事を躊躇って居るだけだ!でなければ合図を出した瞬間、お前らは粉となり風に運ばれるだろう!そうなれば劉備!お前の身が背負う業がまた一つ増え、数万の亡き魂がお前にまとわりつくだろう!お前の悪事を働いた罪は消えることは無い、大漢の二十三先帝に顔向けできるのか!」


劉備は笮融の罵声により頭がズキズキと痛くなった、笮融の声が劉備の脳内で繰り返され、顔が関羽よりも赤くなっていた。


笮融「もし鎧を脱ぎ捨て、降参すると言うなら私は大鴻臚としてお前の身の安全を保証しよう!再び許昌で竹織りでも売って生計を立てればいいだろう!アッハッハッハー…」


子供みたいに笑う笮融を劉備は今すぐ切り刻むほど憎んだが急に息苦しくなり、白目を剥いて気絶した。


関羽がすかさず受け止めて、劉備は馬から堕ちるのが免れた。


「マジ?典黙がまだ手を出していないのに…その従僕が口だけで劉備を殺したのか?」

「笮融なら聞いたことがあるぞ、陶謙の食客だったヤツが典黙の従僕を一年しただけでこの力を手に入れたのか?」

「見ろ!典黙が立ったぞ!」

「な、何をしようって言うだ……?」

「公子!引きましょう!間に合う内に!」


劉琦もこんな状況を見るのが初めてで固まって動けなかった。

放心状態の劉琦が部下の声で我に返り急いで命令を出した

「撤退!」


搬送される劉備と逃げ惑う荊州軍を見て、曹仁は腹抱えて笑っていた。

「魯陽での勢いはどうした?投降しなければ虐殺だろ?何で逃げてんだ?ハッハッハ……」


スカッとした曹仁が笮融に水を渡しながら

「いや〜見くびっていたよ、すごい罵声だったよ!喉が渇いたろ?これ飲みな」


笮融は茶碗一杯の水をぐびぐび飲みきると

「私ではない、先の内容は先生が道中に教えてくれた事だ、先生がそんな暴言を吐いていたら良くないでしょう」


皆笮融の話を聞いて典黙を見た、その視線は尊敬以外に恐れもあった。

先の罵声はただの暴言ではなく、よく考えられた物で一字一句がまるで刀剣のように鋭く、心を殺す言葉だった。


「やはり笮融の口から言った方が威力が上がるね!その表情といい、間の置き方といい、僕ではできない事」

典黙もこの手柄を欲しくはなかった。


「先生の教えの賜物です!」

この時の笮融の媚びへつらいはあまり皆に不快感を与えなかった。


「先生、荊州軍が逃げています!これを機に一気に叩きましょう!」

曹昂がやる気満々に言った


典黙は頬杖をついてしばらく考えてから頷いて

「ここまで上手くいくと思わなかったな…今夜奇襲しようか」


典黙は賈詡へ目線をやり、意見を求めたが賈詡も大きく頷いていたので典黙は安心した


典黙「良し、皆準備しよ!」


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