百二十話 究極の選択

「ただの間抜けでは無いな呂布は、伝国璽を持ち去らなかった所を見れば孫堅や袁術よりは賢い」

召陵の議政庁、曹操は袁術の龍椅に腰掛けてへへっと笑った。


今の曹操はすごく上機嫌、前線からの良い報せが相次ぎ、曹純と曹休の二人は一万近くの淮南軍を捕虜に捕えて近くの県や郡に収監した。


虎賁双雄も既に淮南まで追いかけると淮南の各郡や県は戦わずに投降した。

それに加え寿春にある器材や兵糧も手に入れた


兵糧だけでも三十万石、これは徐州を手に入れた時よりも大きな結果となっていた。


「呂布が賢い訳ではありません!丞相の威厳が彼をそうさせました!呂布ごとき、命があるだけでも幸いな事!ですね丞相!」

議政庁内、赤と黄色の袈裟で身を包む和尚が一人媚びた笑顔で言った。

作戦を遂行した笮融である。


曹操はチラッと笮融を見た、その瞳はまるで可哀想な人を哀れんでいるかのようだった。


コイツの媚びる姿勢は本当に気持ちが悪いな…

我ならすぐに追い払ったのにまさか子寂はこんなヤツすらも役立たせるとはな…


「此度は良くぞやってくれた、許昌へ戻れば陛下にお主の昇進を掛け合ってみよう!そうだな…大鴻臚辺りになるとおもうがな」

曹操は建て前上掛け合ってみるとは言ったが、曹操の言ったことを天子が反対できる訳もない事くらいは誰もがわかっていた。


大鴻臚とは九卿の一つ、帰順した周辺諸民族を管轄する言わば外交官のような役職。

三公九卿の中では一番地位が低いがそれでも朝廷役職の中ではかなり高い位である!


「だっだっだっ、大鴻臚!!!丞相、ありがとうございます!!!」


笮融は両目を輝かせていた

ただの地主から大鴻臚まで登り詰められるのは恐らく前代未聞でしょう


「我では無い、子寂が我に掛け合ったからな」

曹操と劉協の関係性とは別に、曹操は典黙の言いなりなのも曹操軍では誰もが知る事実。


笮融は涙を浮かべながら典黙へ近寄り

「先生ーっ最初こそ先生のお身体が心配でしたが、今見れば先生は相変わらず意気軒昂で良かったです!この心はずっと昔から……」


「うるさい!帰った帰った」

典黙は相変わらず嫌がる気持ちを露わにして手でシッシッと追い払った。


「はいっ!すぐ消えます!」

笮融はチラッと典黙を見てニコッと笑った


先生は私を守ろうとしたですね!贔屓だと思われれば私に嫉妬する者も出てくるだろうとわざと突き放してますね!ありがとうございます!一生ついて行きます先生!


笮融が外へ出ると入れ替えるように竹簡を持った伝令兵が入って、竹簡を曹操に渡すと共に報告をした

「丞相!劉備と劉琦が三万の荊州軍を率いて魯陽へ侵攻しています、夏侯将軍と曹将軍が必死に抵抗しています!」


曹操は急いで竹簡を開いた

「劉備も間抜けでは無いようだな!袁術が亡くなれば再び"天子を救う"という旗を掲げられる」


典黙「目的は明確ですね…丞相、文和は何と言っています?」


曹操「既に西隴、虎坪、三渓、河口の四箇所に関門を設けている。劉備たちの侵攻速度を下げるのが目的だろう」


曹操は竹簡を机に置いて

「我々は召陵に一万の歩兵しかない、援軍は関門と許昌、どちらに送る?」


この時代特有の情報伝達の遅さが人を困らせる。

城内の歩兵が関門に着くには十日以上かかる、着いた頃には既に関門を突破されれば許昌は必ず落ちる。

同様に許昌へ行けば曹仁と夏侯淵を見捨てるという事になる。


究極の選択だ


当然のように誰も典韋や曹純を宛にしなかった、両部隊は今召陵から数百里も離れた所にいるからだ


典黙「丞相、僕が八千を連れて河口へ行きます、河口がまだ無事ならそこで劉備を止めます!丞相は二千を連れて許昌へ行ってください、もし何かあれば陛下を連れて逃げてください!」


曹操は首を横に振った

「ダメだ、劉備の三万軍勢の内一万が騎兵だ、荊州軍の戦力は大した事ないが八千の歩兵では太刀打ちできない。許可はできない」


典黙が何かを言う前に郭嘉が前へ出て来て

「丞相、子寂の八千歩兵に加え援軍も居たらどうでしょう?」


郭嘉は典黙を見ると二人は顔を見合わせて同時にニヤリと笑った


無言のうちに合意が成り立ったのか?


曹操は少しお尻を動かし

「援軍の正体は?今回ばかりは説明を聞いてから判断させてもらうぞ」


「奉孝、教えてあげて」

「いやいやっここは子寂が…」


「はぁー、二人各自援軍を書出せば良かろ?」

譲り合う二人を見て、先まで焦っていた曹操も急に余裕が出て来た


二人は近くにある絹に三文字を書くと同時にそれを掲げた


「アッハッハッハッ!良い援軍だ、関門にピッタリだ!」

既に落ち着きを取り戻した曹操はもはやこ状況で少し楽しくなっていた。


「今回は二人の引き分けだな!子脩、先に河口へ行け、周辺の県で必要なものを買い揃えよ」


「はい!」

曹昂は出口へ振り向き、急いで出て行った。


典黙「丞相、魯陽方面が心配です、速く出発しましょう」


現時点では対策を既に考案した、間に合えば劉備を退かせる事は難しくない。

唯一心配なのは関門を全て突破される事だ。この可能性はなくもない、関羽も張飛も一流の武将、もし荊州軍の黄忠、魏延、文聘も居るならとても厄介だ。


曹操「うむ、状況が悪くなったらまず自身を守れ。子龍、子寂を頼んだぞ」


典黙「はい」

趙雲「おまかせください」


趙雲が居れば特に問題もないだろう、曹操はすぐに郭嘉と共に二千の歩兵を率い許昌へ出発した。


典黙も八千の歩兵を連れて西へ向かって進む、城門を潜たすぐに後ろから笮融が馬で追いかけて来た。

「先生、何で私を置き去りにするのですか?」


典黙「この戦いは必ず勝つ自信はないよ、それでも付いて来るのか?」


笮融「先生、私を試すような事はする必要ありません!この笮融は先生へ忠信を誓いました!それに劉備は常に仁義を口にしてはいつも仁義なき戦いを始めようとする。許せません、罵ってやりたいです!」


何故か劉備の話をすると笮融はいつも怒っていた。


まぁ、着いて来ても問題は無いか…

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