百十七話 三人目の兄貴

召陵の淮南軍は袁術が亡くなった当日の夜から撤退を始めた。

呂布が先頭切って曹純らの待ち伏せ包囲網を破って南へ全速力で走った。


呂布が召陵から連れ出したのは三万あまり。

そして雷薄たちは呂布に付き従うのが嫌で残りの兵を率いて違う道を選んだ


曹操軍も二手に分かれた。

曹操は曹純らと共に雷薄を、典韋と許褚そして趙雲の隊は呂布を追う計画だ


「弟よ、丞相は呂布を殺すなって言ってるけどどのくらい兵力を残してやればいいの?」

典韋は鎧を着ながら典黙に聞いた


「孫策は会稽と呉郡を落とした、彼は元々四千の兵力を持っていたから王朗と厳白虎の残兵を吸収したと考えれば一万前後はいるだろう。なら、呂布もそのくらい無いとダメだね」

典黙は典韋の身支度を手伝いながら答えた


典韋「聞いといて良かったぜ!」

許褚「子寂、鎧着ないのか?」


「呂布を追うでしょ?行かない行かない、興味無いしめんどくさい。僕は丞相と行動を共にする」


呂布軍は三万いようと既に士気は下がりきっている、虎賁双雄と趙雲の三人組には到底敵わないだろう


「あぁ?ダメだ!俺らが廬江へ行ったらすぐには帰って来れねぇお前が心配だ!」


言い終わると典韋は許褚と趙雲を見て

「呂布はお前らに任せる、俺も弟と一緒に行動する」


徐州で典黙が失踪以来典韋は余計心配性になっていた

曹操の大軍も曹昂の護衛も安心できない。


「じゃ俺もそっち行くわ、子龍お前と仲康なら大丈夫だろう!」

呂布を追い払う手柄よりも典黙の安否が心配な典韋は駄々こね始めた。


典黙「もう、兄さんったら心配しすぎ、僕はもう子供じゃないし丞相と一緒なら安全だよ。それに軍令違反も良くないよ」


「一緒に廬江へ来るか、俺も臨穎に残るかの二択だ!知らねぇー!」

典韋はいっその事着たばかりの鎧を脱ぎ捨てた


その様子を見た趙雲が仲裁に入る

「子盛、仲康と一緒に呂布を追った方がいい。軍師殿は僕が守ります!それなら安心できるでしょう?」


許褚「いや、子盛と子龍が行けよ、子寂は俺が守るぜ」


廬江に行かないとダメなのか…?嫌だな…遠征は疲れるな…

典黙は最終的に渋々廬江に行く事に覚悟を決めた


趙雲「僕が残りましょう!軍師殿の身近に確かに護衛が必要ですし、僕も呂布と数回に渡って戦ったおかげで槍法の改善点を見出しました!残ったついでに新しい槍法を完成させて置きたい」


七探蛇盤槍か?本来なら趙雲が四十歳過ぎてから完成させた槍法だが、やはり呂布との戦いで歴史より速く辿り着いたのか…

典黙は趙雲を見て考え込んだ


三国志演義では趙雲はずっと劉備の護衛として動いていて、一流の武将と戦う事自体が少なかった。

その事により"常勝将軍"と呼ばれるようになった趙雲は一部の人からは過大評価と思われていた。


劉備ですら亡くなる前、白帝城で諸葛亮へ遺言を残す際に"趙雲は大役に向かない"と言っていた。


しかし転生した典黙によって趙雲は呂布と既に二回死闘した、七探蛇盤槍を速く完成させたとしても不思議では無い。


典韋が悩むのを見て趙雲は笑って聞いた

「どうした子盛、僕の力が信じられないのか?僕がいれば軍師殿の安全を約束しよう!」


典韋は不満そうに首を横に振り

「ダメだな、お前は他人行儀が過ぎる。"軍師殿、軍師殿"ってのが気に入らねぇ。自分の弟だと思って"子寂"って呼ぶならいい!」


呼び方で決めてるのか……

趙雲も典黙も典韋の理屈に共感出来なかった


趙雲は仕方なく典韋と典黙を交互に見て

「子盛、軍師殿は僕の上司に当たる方。親しき仲にも礼儀あり……」


典韋「あぁーっ、じゃ俺が残るからなー!いってらしゃい!」


「わかりました、呼べば良いですね」

趙雲は典黙をじっと見て、少し気まずそうになかなか口を開けない


典韋「速くしろっ」


「子寂……」

趙雲は少し照れて頭を掻きながら言った


「今日から子龍はお前の三人目の兄貴な!」

許褚はそう言いながら典黙の肩をパンと叩いた


典黙「しっ、子龍兄さん」


典韋「良しっ!」

許褚「今日から俺らは四兄弟だな!」

虎賁双雄はゲゲゲと変な笑い方をしながら言った。


許褚「子寂、子龍!待っていろ、俺らが帰って来たらちゃんと義兄弟の儀をしよう!」


「はいっ、兄者たち道中お気をつけて!子寂は僕に任せてください!」

趙雲は拱手して言った。


虎賁双雄が趙雲に頷いてから再び戦の用意をして広場へ出た。

呂布が逃げ出してから結構時間が経つが二人は少しも慌てなかった

逃げ帰る淮南軍の多方は歩兵、騎兵の足なら追いつくまでにはそう時間がかからない。


暗くなってから曹性が呂布の所へ走り寄り

「温侯!斥候の報告によると曹操軍の騎兵部隊が後ろから迫って来ます!その数は万を超え距離は五十里程です!」


呂布「大将は誰だ!大旗を見たか!?」

曹性「典!!」


ここまで聞けば呂布は頭を抱えた

またアイツらか……伯平と文遠が居れば恐るるに足りないのに……


曹性「このまま逃げても追いつかれるのは時間の問題です、何か手を打たなくては…」


呂布「引き返して捻り潰すまで!こっちは三万の軍がいる、一万人程度の追手など…」


曹性「温侯!兵士たちを見てください!既に戦意はなく、戦っても勝ち目はありません!」


「それじゃどうするってんだ」

呂布は拳を近くにある木にぶつけて、苦悩した


曹性は少し考えてから閃いた

「温侯、曹操軍は兵力に大差が無いことをいい事に追いかけて来ています!これから六万と思わせればヤツらも追うのを辞めるかもしれません!」


呂布「六万?袁術軍の残り全てを合わせれば確かに六万前後はある、しかしどうすればいいのだ?」


曹性「軍中の炊事場を増やします!十人ごとに炊事場を一つ設けるのはどこも同じ、それを六千設ければ六万の大軍が居ると思わせることが出来ます!」


「なるほど!ハッハッハ…!良いぞ!」

呂布は喜んでいた、現状を切り抜ける事もそうだが曹性の知略が頼れる事も嬉しかった。


次の朝、虎賁双雄が呂布軍の宿泊した跡地に着くと炊事場の数に驚いた、部下に数えさせるとその数はなんと六千と百はあった。


「六万…?」

「三万じゃなかったのか…?」

「いくら士気が低くても一万で六万の相手は厳しいな…」


調査の結果に多くの兵士は怯んだ


典韋は許褚と目を合わせてから絶影から飛び降りて炊事場を一つ蹴り飛ばした

「淮南軍ども、戦が下手くその割に飯は人の倍食うのか!穀潰しどもめ!追え!兵糧も奪い取れ!!」


典韋の話で動揺していた兵士たちもプッと笑い出した

よく考えてみれば、確かに淮南軍が六万もいれば既に待ち伏せに遭っていた。


虎賁双雄が呂布を追う時に、荊州の南陽では

劉備は劉協からもらった血書を手に涙を流していた

兄者が悲しむと関羽と張飛もまた悲しくなっていた

関羽「兄者!許昌へ攻め入りましょう!!陛下を救い出す時です!!」


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