百十六話 方天画戟の向かう先

ここ数日の間に、呂布はほぼ毎日軍営にて淮南軍の兵士たちと食住を共にした

曹性と宋憲の連携により数多くの兵が洗脳された。


もちろん袁術にだけ忠誠を誓った人も居た、張勲はその一人である。

そして張勲の率いる二隊の兵士たちもそうである。


張勲は呂布たち三人の芝居に気づいていたが呂布たちは今まで一言も袁術の元を去る発言をしなかったため、張勲も腹立たしいが何も言えずに居た。


もうすぐ百日の期限になる、これ以上待ってば曹操が強行突破してくるかもしれない

そろそろ頃合だ、今は"とある物"が必要だ。それさえあれば淮南軍の指揮権を我がものにできる!


呂布はいつもの装束を身に付けて、西川百花大紅袍を靡かせて議政庁へ向かって行った


「呂布!!陛下の前で武器を見せるとはどういう了見だ!!」

呂布が議政庁に入ると張勲が剣を抜いてその前に立ちはだかった。


袁術も警戒した眼差しで呂布をじっと見ている


呂布は手にしている方天画戟を見て余裕の笑みを見せた

「そう慌てるな父皇、今我々は曹操軍に狙われてるから用心しないとな」


袁術「そっ、そうか…公業、奉先を通せ…」

万が一呂布が暴れだしたら張勲の腕では十人居ても無駄だろう、今できる事はなるべく呂布を刺激しない事だ


「奉先がここ最近食住を兵士たちと共にしていると聞いた、おかげで軍心が安定して来た。良くやったぞ!皇太子にしてあげよう!朕の跡取りにするという事だ」


呂布のやった事を袁術はもちろん知っていた、しかし石碑の事件が出て以来袁術にできる事が無くなった。

今は目の前の猛獣を暴れないようにするのだけで精一杯。


「あぁ、はいはい…いいからそういうの。口ではなんとでも言えるだろ」

呂布は無表情で方天画戟を拭いていた


とうとう正体を表したな!


袁術は内心の怒りを堪え

「奉先は朕を信じられんのか?なら今すぐ勅令を書き上げよう」


袁術は空白の勅令絹を取りだして呂布との約束を書き込むと伝国璽でしっかり印を押した。


「この時から奉先、お主が仲国の最初の皇太子だ!」

呂布は勅令絹を受け取り中身を確認すると笑いそうになった、こんな時になっても今までの非道を反省せずに期待だけを持たせてくるのか…


「ありがとうございます父皇!」

呂布が礼を言うと袁術は深く頷いてホッとした


「奉先よ、朕は決めた。一旦淮南に引き返して体制を整えよう、このまま勝つのは無理がある。そして淮南に戻るのにお主の力が必要だ、頼むぞ!」


呂布「父皇、ご安心ください!必ず兵士たちを淮南へ連れ戻します」


勅令が効いたのか…

袁術は安心して呂布を褒めようとした時に呂布が一歩前へ出て

「父皇、今軍心がまだ完全に安定していないので、これを安定させるのにある物をお借りしたいです」


袁術「申してみよ、何でもいいぞ!伝国璽か?」


呂布「いえ、父皇の首です」


袁術は一瞬耳を疑ったが、ニヤリと笑う呂布を見て状況を理解した。

背中から襲いかかってくる寒気を感じた袁術はプルプルと震え、恐怖のあまりに声も出なかった。


「呂布!貴様やはり謀反のつもりか!!親衛隊!!」

張勲の一声で親衛隊が十数名集まって呂布を取り囲んだ。

しかし取り囲まれた呂布は少しも臆せずに居た、彼の目には張勲も親衛隊もただの虫けらに過ぎないからだ。


「俺に続いて一斉にかかれ!」

張勲は相手が天下無敵の呂布であっても袁術を守るために身を投げ出した。

忠義では呂布に勝っても武力では呂布の足元にも及ばない。

張勲は呂布に近づく事も出来ずに胸を方天画戟に貫かれ息を引き取った。


そして呂布は方天画戟を振り回して張勲の死体をボロ雑巾のように投げ飛ばして唾をペッと吐きかけた。

「コイツの跡を追いたいなら止めはしないぜ」


呂布の威圧感に怯んだ親衛隊は皆武器を落として一目散に逃げた。


広い議政庁には龍椅に座る袁術が返り血を浴びた呂布と取り残され絶望していた。


二人が目線を合わせていると絶望の袁術に対する呂布の目は興奮していた


「奉先!何故このような事を!お主をわが子同然に可愛がっていたのに、何故だ!!」

袁術は依然と震えていた。


呂布は口笛を吹きながら方天画戟に付いた血を拭いながら

「父皇、丁原も董卓も死ぬ前に全く同じ事を言っていたな。お前らは口裏でも合わせていたのか?」


「お前……」

袁術は震える手で呂布を指差ししながらもう片手で伝国璽を強く抱き締めていた。

まるでこうした方が安心感が得られるかのようだった。


呂布の殺意が揺るがないのを見た袁術は

「朕を手にかければ朕の兵士たちはお前を許さないぞ!」


「俺が今日まで何をしていたのかは知ってただろ、俺はこの日を長い間待っていた!心配するな、苦しくならないように一瞬で終わらせる」

言い終わると呂布は目を細め殺意を方天画戟に乗せ

「逝ってらしゃいませ!」


グサッ!

方天画戟が袁術の胸に突き立てられ、袁術は眼球が飛び出でるほど目を見開き鮮血を吐き出した。


そして呂布が憎しみを乗せた方天画戟を捻ると袁術は肋骨が内臓を掻き回す音が聞こえて来た


苦しくならないようって言ったでは無いか……


苦しみや痛みに悶え歪んだ顔をした袁術は口をパクパクとしたが声の代わりに鮮血だけが延々と出て来た。


「ほーらっ深呼吸しな、頭がクラクラして来ただろ?それが普通だ、このあとは喉は焼けるように乾くよ…へっへっへっハッハッハ……!」


しばらくすると袁術は目が開いたまま首がガクッと倒れ、息絶えた。


袁術の死を確認してから呂布は深呼吸をしてから満足そうに再び長々く笑いだした。


二百四十の軍杖刑、それらの光景がよぎり、それに対する復讐を果たした快感、呂布は莫大な満足感を得た。


人中呂布、馬中赤兎、方天画戟、専殺義父!


涙が出るほど笑った呂布はやがて袁術の首を切り取り、伝国璽を一目見てから取ろうとしたが陳宮の言葉が脳裏をよぎった


"伝国璽は主人を選ぶ、本当の天子で無ければそれに殺されるだけです!"


孫堅と袁術の最期を思い出すと呂布は手を引っ込めて袁術の首を持って軍営へ赴いた。


軍営に着くと呂布は袁術の首を高く掲げ練兵広場で赤兎馬を走らせた

「諸君!袁術は暴虐非道、君主としては失格!更に天の示しもあり、このままでは諸君が無駄死にするだけだ!勝手ながらその運命を止めさせてもらった!これからこの呂奉先に着いてくる兄弟らは拱衛営に集まれ!淮南に戻るぞ!」


袁術の首を見た一部の兵士は泣きながら座り込んだが、大半以上の兵士は内心ホッとしていた。


良かった…袁術が死に、戦いは負けに終わるが俺らは助かる…


「大将軍と共に淮南へ帰りたいです」

曹性が先頭に立って叫ぶと宋憲も同じように続いた


先に言う人がいればと兵士たちも流れに乗り、やがてバラバラだった声もいつの間にか揃えていた

「死ぬまで温侯について行きます!」

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