百十五話 不穏の江東

「家も無くした負け犬が、我々が袁術と膠着しているのをいい事に会稽と呉郡を攻略して手に入れた!全くいい時期を狙ったな!」

曹操は怒りに任せ竹簡を机に叩き付けた

「王朗も厳白虎もただの穀潰しだ!二人合わされば一万の兵は居るのに四千程度の孫策に負けるとは!」


「孫策って誰だ!?俺らの土地を横取りするなら許さねぇ!袁術をぶっ殺した後に会稽と呉郡に言って首をもぎ取ってやる!」

議政庁に居る典韋も前へ出て来て怒り狂った


許褚「俺も行く!落とし前付けさせてやるぜ!」


虎賁双雄の意見はいつも似たようなものだった


元々怒っていた曹操はこの光景を見ると怒りに加え嬉しさと残念な気持ちで複雑になっていた


嬉しいのは二人の忠誠心、残念に思ったのは二人が馬鹿だからだ。


「四千で一万にあっさり勝ったという事は孫策にも頭がキレる策士が居るという証拠だ」

郭嘉はラフな格好で座席に横たわっていた


典韋「おいっ、呑んだくれ郡を二つ取っただけで頭がキレるてか?なら穎川と汝南を手に入れた俺も頭がキレるって事だな!ハッハッハ…」


「兄さん、頭がキレると言うのは時期を狙うのが上手いという事だ。まず座りな二人とも、事はそんなに簡単じゃない」

典黙がお座りの合図を出すと虎賁双雄も大人しく席に戻った。


郭嘉の言う頭のキレる軍師は十中八九周瑜のことだろう、でなければ四千人で一万を相手にして攻城戦どころか普通に野戦でも勝ち目は無い。

二つの郡を攻略したのは恐らく奇襲、そして名目は曹操が出した天子名義の勅令、"朝廷のために逆賊を討つ"だろうな……


これでは曹操が袁術を片付けたとしても南へ侵攻できなくなる。

名目も無く孫策を攻めれば"朝廷のため"の勅令が矛盾になる、そうなれば今後勅令を出しても誰も信じてくれなくなる。


ここまで先を読めるのは周瑜しか居ない!周公瑾、やはり厄介だな……


「まぁこの事はさて置き、まずは袁術を片付けてからだ、召陵の方はどうだ?」

考え込む典黙を見て曹操は話題を切り替えた、この状況ではいきなり江東を攻めることも出来ないからだ。


「子和の話によればここ数日の脱走兵が減りました、昨夜は僅か百名の捕虜を捕らえました、軍心を安定させたのは袁術かは定かではありません」


この報告だけでは状況は芳しくない、曹操は召陵の軍心が揺れた末に全員が投降の結果を期待していたがその線も消えかかっている。


このままでは逆転される心配は無いが袁術の滅亡までにより時間がかかりそう、曹操は少し嫌な気持ちになっていた。


「軍心を安定させたのは呂布ですね、それ以外は考えられません!子寂の石碑は確実に淮南軍の士気を崩壊させた、袁術ではそれを再建するのは無理な話。僕の予想が正しければ呂布は今召陵で人心掌握をしているでしょう、もうすぐ袁術も丁原と董卓の道を辿るでしょう。袁術の淮南軍はそのまま呂布が引き受けるけどね」


郭嘉の分析で曹操はますます嫌な気持ちになって行く

ふざけるな、我が必死に戦った結果を孫策に利用された挙句呂布にも美味しいところを持って行かれるのか……!


嫌な気持ちになったが曹操はまだ慌てる状況では無い、石碑の噂が淮南にまで伝われば後方も必ず混乱に陥、補給物資が絶たれる。

そうなれば袁術は必ず召陵から淮南へ戻る、その道中を待ち伏せすれば一撃で袁術を仕留められる。


曹操は立ち上がって背後にある地図を見て、数枚の小旗を何ヶ所の道に突き刺して振り向いた

「ふんっ、この数箇所は袁術が召陵から淮南へ戻る時に必ず通る道だ、待ち伏せをして置けばトドメを刺せるだろう」


曹操が郭嘉に視線を合わせると郭嘉は大きく頷いた、そして典黙を見ると典黙は未だ何かを考えていた。


「どうした子寂、何を考えている?」


「丞相、孫策の事です。あまりいい思いをさせたくはありません…いつか我々の脅威になります」


本来なら赤壁の戦いで曹操は回復できないほどの痛手を負った、それが無ければ曹操は天下に王手を掛けていたはずだ。

しかし今僕の介入で歴史は大きく変わろうとしている。

歴史通りの赤壁の戦いは起きるのか?もし起きたら勝負の行く末は予想できない…


それなら今やるべき事は孫家の勢力の発展を止める必要がある!


「あぁ、憎むべき相手だ!」

曹操が再び座ると手に持っていた小旗を机に放り出した

「しかし孫策の奴も"勅令の通りに動いてる"、こっちからは手を出せない状況だ」


「孫策が勅令通りに国賊を討つと言うなら、国賊を送ってやろうじゃないか」

典黙は揺り椅子の手すりに肘をかけて後ろに深く倒れると揺り椅子は揺れ始めた


「なんと、駆虎呑狼か?」

曹操が目を細めていた


「淮南軍をそのまま受け取れば呂布が次の国賊になるね、子寂は呂布を江東へ追いやることで孫策と戦わせたいつもりね?」

郭嘉は笑って酒瓢箪を下ろした


曹操も顎髭を擦りながら少し考えてから

「良い!良い手だ!今の呂布には伯平も文遠も居なければ陳宮の補佐も無い!大きくなり過ぎることが無ければいつでも片付ける事が出来る!それにあの不義理な男は相手がどんな名目を持っていようとその領土を奪おに行くはずだ!今なら丁度いい!」


さすが子寂!一瞬で頭を悩まされる種を取り除いただけで無く、お互い牽制させるように仕向けることもできるとは!


曹操は手を擦り合わせて喜んでいて、先までの嫌な気持ちが嘘のように消えた。


典黙は軽く笑って何も言わなかった。


揚州では八つの郡がある、その中では九江と廬江は長江の北に位置する丹陽、会稽、豫章などの郡は長江の南に位置する。


典黙の狙いは長江を境に呂布を孫策と南でぶつけ合わせる事。

呂布が長江を渡っても小覇王孫策を倒すのは恐らく無理、でも孫策が陸戦で呂布に勝つのも簡単な事では無い。


二人がぶつかり合い続けばどっちも脅威にはならない。


この道理を理解した曹操は喜んでいたが今度は典韋がガッカリしていた

「呂布を江東へ追いやる?送り出せって事か?」


典韋は呂布の首で武勲を立てようとした、この手柄は曹純たちでは到底無理だからだ。


「心配するな、殺さなければ追い討ちくらいは必要になる、廬江まで追いかけて呂布が長江を渡るまで見届けよ」

曹操は典韋を慰めて言った。


「へへっ、呂布を追い討ちか、面白そう!丞相任せろ!絶対いい結果を残す!」

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