百九話 また...お前らか

召陵の城下、パンパンの俵を運ぶ兵糧の運搬部隊が続々と袁術の野営に向かって出発した

袁術の兵糧拠点は召陵に位置する、必要な時にはここから補充している。


馬車の荷台に一人紫金冠を被り、獣面呑天鎧を身に付けた男が横たわっていた、横たわると言うよりうつ伏せになっていた。


このタダならぬ雰囲気を醸し出す人は天下無敵の呂布、呂奉先である。


彼は自分が兵糧の運搬係になる日が来るとは夢にも思わなかった


優しい義父さんよ、この事もしっかり付けておくからな!

それに典黙は何をもたついてる、徐州と小沛に居た頃はあっという間に劉備を片付けただろう速く袁術も死地に追いやれよ、そうすれば俺がその勢力を割くのも簡単になる!


うつ伏せ姿勢の呂布は少しの威厳もないがこの体勢は彼のお尻に優しかった。

赤兎馬はすぐ横に居るが今の飛将はそれを乗れない。

普通の人なら八十の軍杖刑を受ければ十日は寝込む、体力によっては命を落とす人もいる


呂布はそれを食らってなお兵糧運搬の仕事に参加できるのはその体力の裏ずけである


もちろん、それは自慢にもならない。仲国で最初の大将軍が兵糧運搬係に貶められた、恥ずかしい!

命の次に尊厳が大事な呂布は考えれば考えるほど怒りが込み上がり、思わず叫び出した

「袁術!よく聞け……!」


呂布の叫びに反応した車列は止まって、兵士たちが皆呂布の方へ視線を向けた。


失態に気づいた呂布はゴホッと咳払いをして続けて言う

「必ず曹賊を駆逐して典韋も許褚も趙雲もぶち殺す!」


車列が再び動き出すと兵糧運搬の兵士たちは皆呂布の忠誠心に感服していた


揺れる馬車は呂布をウトウトさせてすぐに眠りに着かせた。


しばらくすると前方に一列の騎兵が現れた、その先頭に立つ人相の悪い武官は大きな声で兵糧運搬部隊を止めた

「俺らは陛下の命令で兵糧の検査に来た!」


兵糧運搬の統率は呂布を呼びに行こうとしたが寝ている呂布を起こす勇気は無く

「さっさと検査しな、遅れが生じたらお前らの責任になるぞ!」


「忠告ありがとよ」

人相の悪い武官は手を振りかざして全員で運搬部隊を取り囲んだ。

調べてみるとこの兵糧は五万石以上はある、変装した曹操軍は皆喜ぶ感情を押し殺し検査のフリをし続けていた。


「どうした、なんで止まった?」

眠い目を擦りながらの呂布は馬車の柵を頼りに起き上がって聞いた。


ハッ!なんだコイツ典韋に似てるな…

いやっ、あの目つきは典韋だ!


典韋「ニヤーッ」


この野郎!兵糧を奪いに来たのか!

コイツが一人なら余裕でぶち殺せるが今俺の尻が……少し骨が折れるがそれでも勝てる!


呂布は方天画戟を手に取り抵抗しようとしたが典韋は人差し指を口に当てて静かにするように示した。

そして典韋は首を少し上げて顎で呂布に後ろを見るように合図した。


合図で後ろを振り向いた呂布の目には見慣れた二人が映った。

許褚と趙雲もニヤニヤしながら呂布を見つめていた。


嘘だろ…お前らは何処までの仲良しだよ!


この時呂布は運命の悪戯というものを身に染みてわかった。


臨穎城前の三対一に始まり、鹿鳴山では雪辱しようとした俺の努力を潰して、俺を兵糧運搬係にしてもなお追い討ちをかけるというのか!!


呂布は深く息を吸込み、お尻の激痛に耐えながら赤兎馬に飛び乗り、手網をめいっぱいに引き、赤兎馬の前足が高く跳ね上がった。

「引け!コイツらは曹操軍だ!!」


言い終わった呂布は再び逃げ帰った


運搬兵「大将軍は何って言った?よく聞こえなかった」

典韋「俺らが曹操軍だとよ」

運搬兵「えっ?本当にそうなの?」


プジャー

典韋は双戟を抜いて振り払うと先まで話していた運搬兵の頭が吹き飛ばされていた。


それを合図にして騎兵たちは皆槍を構え運搬兵たちを次々と殺していった。


すぐ運搬兵たちを粛清した典韋たちは兵糧を運び出した。


典韋「急げ!臨穎へ運べ!剣渓の小道を使え!」


許褚も火雲刀をしまいながら大喜びして運搬の列に加わった。


こんなに簡単に兵糧五万石を手に入れられるのは気持ちが良い!唯一残念なのは呂布を取り逃したことくらい。


許褚「しかし俺ら三兄弟を見ただけで逃げ出したのは良い心構えだな!」


袁術軍の野営外、数日前に入る事を躊躇っていた男が再び頭を抱えた。


入るべきか…なに、大した事ないだろ、数日前の屈辱をもう一度受けるだけだ……


覚悟を決めた呂布は重い足取りで中央軍帳へ入ると袁術は迎えに来ていた

「奉先よ、よく来た!さぁ、かけたまえ!」


何日も経ち、袁術の怒りは既に収まっていた。

それに呂布も言われた通りに数日に渡り兵糧運搬の任に着いていた。

ここは飴と鞭を使い分けなくてはならない。


呂布は入ってすぐに片膝を地に付け

「父上!兵糧は奪われました!」

父上と呼んだ理由は袁術の義父としての思いやりを期待しての事だった。


「えっ?何?」

袁術は耳をほじりながら聞き間違いを期待した


呂布は既に用意していた言い訳を並べた

「父皇!確かに兵糧が奪われました!しかしこの出来事はあまりに不可解!我が軍の兵糧の路線や時間をヤツらはどうして知っていた?きっと橋蕤か陳蘭が漏らしたに違いありません!鹿鳴山の戦いを経て、彼らは今曹操軍で捕虜として囚われていますから!」


「ほう…」

袁術はなるほどなという表情を見せて

「つまりあれか、全部あの二人のせいで自分は何も悪くないと?」


呂布「とんでもない!兵糧を失いました、この責任は俺にあります!お裁きください」


「へっへっへっ…アッハッハッハッハッ…!」

袁術は狂ったように笑っていた


この笑いに呂布は額から大粒の冷や汗をかいた。


袁術は手をかざして指を一本ずつ折り曲げ呂布の失態を数え始めた

「最初は一騎打ちで無惨に敗北した、その後は鹿鳴山で全滅、今では兵糧をみすみす奪われた…チッチッ…」

終いに袁術は呂布の自尊心を殺す口振りで

「お前、一体何ができるんだ?軍杖刑八十だ、今すぐやれ」


「父皇!!」

呂布は取り乱し許しを乞う

「五日前に受けた刑罰の怪我が未だ治っていません!これ以上は耐えられません!」


「痛いか?そんなもん、朕の心の痛みと比べるほどじゃ無かろう!!その後はお前を召陵まで担がせるから安心せい」

袁術が手を振ると衛兵たちが呂布を外へ引きずり出した。


「うわぁぁぁ……」

すぐ外から呂布の悲鳴が軍杖の振り下ろした音と共に中へ伝わって来た。


「陛下、兵糧が奪われたのは未だ大した打撃ではありません、お静まり下さい…」

張勲は慰めたが袁術は聞く耳を持たなかった。

五万石の兵糧、確かに致命的な打撃では無いがその数も少なくない。


袁術「うるさい!今兵糧が奪われた、曹操軍が我が軍の野営を包囲したら飢えが広まる!今夜のうちに召陵まで引き返すよう伝令を出せ!」


「はい!」

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