百十話 魚腹蔵書、狐鳴篝火

淮南軍が続々と召陵へ戻り、その間に曹操軍は不思議と追い討ちをかけなかった。

この事に袁術はホッとした。


袁術「思えば曹操にそんな度胸も無いか、あればとっくに朕と決戦をしただろ!小細工ばかりして来て、それに引っかかるのは奉先くらいだろう」


翌日、袁術は龍袍を脱ぎ去り代わりに平民の格好に着替えて街へ出かけた。

帝を名乗ってからの袁術は水戸黄門のような立ち回りでのストレス発散を好んでしていた。


街を一周して帰る時にとある路地で人集りを見つけ、その人集りの真ん中に一人の和尚が居た。

その和尚は何やら布教活動をしていた。


袁術「何者だあれ?」

韓星「陛下…旦那様、あれは落安寺に居る新しい住職の夢疑です。前の住職は旅に出たと聞きました。この夢疑先生はよく布教活動をして百姓から人気が高いと聞きます」


袁術「百姓からの人気が高い?出家したヤツがそんなに支持を得てどうするんだ?見に行こ」


この時期の仏教は中原へ伝わって未だそんなに時間が経っていないが、黄巾の乱を経験した袁術は宗教など人を集める行いを憎んでいた。


時間が経ち、信心深い信者たちがいつ反乱を起こすか予想もできない。


袁術「泰平の世は朕が創り出すもの、神仏にそれができるものか!」


和尚「お嬢さん、君の眉間には瘴気が淀んでいます、一月以内に血の災いが起こるかもしれません」


婦人「そんな…何か回避する手はありませんか?」


和尚「うん、今夜城西にある落安寺に来れば拙僧が手取り足取りそれを解決しよう!」


「ありがとうございます!」

婦人が礼を言って立ち去ると周りの人が皆頷いて、和尚に対する信仰が深まった


先生!言われた通り召陵で神職者として活動しています!今の私なら必ずや先生のお役に立つでしょう!

そう、この夢疑住職の正体とは予め召陵に潜り込ませられた笮融である。


笮融は髪の毛と髭を剃り袈裟に着替えて落安寺へ向かったが当時の住職は予算がないから養えないと言って彼を拒んでいた。


笮融は慌てずに手のひらサイズの金塊を取り出すと住職はすぐに笮融は仏教に縁があると見抜いて彼を受け入れた。

そして次の日笮融からもう1つの金塊を受け取ると自分よりも住職に相応しいと宣言し旅に出た。

九卿の地位のためなら笮融も努力を惜しまずに毎日山を降りて布教活動を続けた。


袁術は群衆をかき分けて笮融の前へ来た

「大師は仏法に深い造詣があって未来を予知できると聞きます。そんな大師は今日怪我をすることを予知できたのか?」


笮融「どういう意味ですか?」

笮融は袁術をじっと見て目の前の男が袁術だと知らなかったが難癖を付けていると直感的にわかった。


まさかこんな昼間堂々と殴ったりしないよな…


笮融「怪我はしません!」

袁術「外れ!」


袁術の言葉を合図に韓星らが笮融を取り囲みボコボコにした。


次の日笮融は身体中の激痛に耐えながら違う路地で同じように布教活動をしていた。


先生!安心してください!この程度の痛みは耐えられます!先生の指示通り、私が召陵で影響力を持てば計画は上手く行きます!


布教活動の途中に袁術が再び来た

袁術「大師、昨日ぶりですね!いきなりですが今日は怪我をされると予知できましたか?」


笮融は額に豆粒大の汗を流し、袁術の背後に立つ韓星を見て固唾を呑んだ

笮融「今日は…怪我するでしょう…」

袁術「正解!!」


昨日に続き、笮融の悲鳴が路地を響き渡った。


三日目、笮融は布教活動に行かなかった、彼もそこまで間抜けでは無いから。


袁術は街中を何周もしたが笮融を見つけることが出来なかった。


袁術は二日間に渡りストレス発散をしたからか上機嫌になっていた。

袁術「仏教もいいね、なんかこう、スカッとするね!」


落安寺に居る笮融は床に伏して泣きべそをかいていた

「ヨヨヨ、速く帰りたいよ…先生速く……」


「子寂、袁術が召陵に戻って五日は経ったぞ、君の援軍はいつ動くのだ?」

元帥椅に座る曹操は少し焦っていた。

最初の三日目くらいは曹操も落ち着いていたが動きを見せない典黙を見て、四日目から少し心配になっていた。


典黙「丞相、明日から一日ですね?」


「あぁ、そうだが?」

唐突な質問に曹操は首を縦に振った。


「なら今夜から動きましょう!」

典黙が伸び運動をしながら言うと曹休、曹純、夏侯尚らがいきなり立ち上がった


「先鋒として軍師殿の命を受けたい!!」


典韋、許褚、趙雲は動かずに居た、弟の計画なら自分らから言わなくても手柄をくれるだろう


「先鋒?城攻めはしないよ」

典黙は相変わらず余裕そうにお茶を啜っていた


「攻城しないのか、それなら動きとは一体…?」

曹操は手で武将たちに座るよう指示した


曹昂が前へ出て

「先生の言いつけ通り、火石を全て粉に砕いて布袋に入れてそれを二千袋用意しました」


典黙「うん、それじゃ今夜子時(12時)に始めよ!」

曹昂「はい!」


曹休たちは典韋たちも行動に参加しないと見て何も言わずにおとなしくしていた。


曹昂が出て行ったあと曹操は典黙の近くへ行き

「子寂、行動とは一体なんだ?」


典黙「丞相、魚腹蔵書の続きは何でしょう?」

曹操「狐鳴篝火?」


典黙「その通りです、お待ちください!すぐに援軍の正体が分かるでしょう!」


曹操は皆目見当もつかないから仕方なく郭嘉へ目線を移した。

郭嘉は少し考えると急に何か閃いて

「子寂!出征する前に笮融を外したな、僕の読みが正しければ彼は今召陵にいるのではないか?!」


典黙「やはり郭奉孝、君に隠し事はできないな…」


「アッハッハッ!!さすがは麒麟の才だ!」

郭嘉は感激のあまりに思わず立ち上がった


「奉孝、どういう事だ?笮融がどうした?笮融に何ができると言うのだ?」

曹操は郭嘉が謎を解いたのを見て真相を探ろうとした


「ご安心ください、子寂の言う通りにもうすぐ援軍の正体がわかります!!」

スカッとした郭嘉は酒瓢箪を口に運びゴクゴクと中味を呑んだ。


えぇー奉孝も子寂の影響を受けたのか…


曹操はすごく内容が気になっていたが軍師二人が揃って勿体ぶるのを見て、これ以上聞いてもきっと何も出ないのを理解した


深夜、曹昂が二千の騎兵を率い皆銅貨を咥え、馬の蹄に布を巻き、静かに召陵へ向かった。


召陵まであと二里の所で全員が馬から降りて徒歩で召陵城の城壁まで辿り着いた。


そして、予めに用意していた火石と硝石を砕いたものを詰めた袋を取り出し、火折子で燃やすと青緑の炎が立ち上がった。


この時期の火石は後に白リンの原料で、すり潰して硝石と作り出すた混合物は青緑色の炎色反応をする。

そしてその明かりはまるで鬼火のように妖しく輝く。


瞬く間に召陵では鬼火が出たとの噂が立ち、それと同時に怪しい鳴き声も聞こえるようになった。


城壁にいる衛兵たちは皆固唾を呑んで、恐怖に身を縮みこませ小さくなっていた。


「どういう事だ!すぐ城内の様子を見に行かせろ!」

韓星がこの不可解な出来事の真相を突き止めようと命令を下したがこの状況では誰も動くことができなかった。


この時代での神仏に対する畏れ多さは現代では計り知れない、衛兵たちは皆コソコソ話をするが誰一人動く気配を見せなかった。

韓星も真相が気になるがその場から動く度胸も無く、ただ単に障壁の近くで腰を下ろした。


その中で、狐っぽい鳴き声を聞いて飛び跳ねた男が居た、笮融である

笮融は今まで受けた怪我を忘れたかのように大はしゃぎしていた

「帰れる!これで私は再び先生の元へ帰れる……!」


そして笮融はすぐに落安寺に隠していた数百匹の狐を解放させた。

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