百六話 期待通りの呂奉先

袁術軍の野営外、かつては恐れない人がいない飛将呂奉先が行ったり来たりしていた


中へ入るべきか?名ばかりの義父が俺を処刑したらどうしよう…


二時間躊躇っていた彼には一歩踏み出す勇気が無かった。

袁術の器なら処刑なんて簡単に言うだろう。


何よりも呂布は出陣する前に軍令状を立てていた、もしこの戦が勝てなければ軍法にかけられる。

しかしその結果は勝つところか惨敗に終わっていた。


仕舞いには呂布は首を横に振った。

俺も荊州へ行くか……


ふっとそんな事を考えていると目の前を芝刈の老者と女の子が通り過ぎた。


老者「良い子ね、薪を売ったら飴細工を買ってあげようね……」


はっ!ダメだ!玲綺がまだ寿春に居る!!俺が去ればアイツはどうなる!?

誰にも譲れない物はある、それを守るためであれば命も賭けられる。


呂布は小沛で高順の事を忘れる事が出来ても、鹿な鳴山で張遼を置き去りにできても、呂玲綺を見捨てることは出来ない。


呂布は方天画戟を強く握り締めて一人と一匹で野営に戻った。


軍営の皆は驚いたが誰も質問を口に出来ずに居た。

皆互いに顔を見合わせてコソコソと何かを話していた。


呂布が中央軍帳に入ると袁術は例の玉佩を手に取り、弄んでいた。


「お帰りお帰り!ご苦労であった!」

袁術は玉佩を仕舞い笑いながら呂布へ向かったが、呂布は両膝を地面に付け、頭を下げて、謝罪の体制を見せた。


袁術は心が一瞬止まりかけた感覚に襲われ

「あれほどの妙策が失敗したのか?」


呂布が何も言わないのを見て予想が当たったと知った袁術は胸の中の怒りがメラメラと燃え上がった。


呂布め今まで何処に行っても血の雨を降らせるのに朕の配下になった途端連戦連敗、このままでは士気が先に下がり切るわ!

軍法会議に掛け無ければ軍令状の意味が無くなる


長年袁術の元で働いた張勲は袁術の殺意を読み取って、急いで耳打ちで止めに入る

「陛下、曹操の配下に猛将が数多くいます、大将軍の抑制力が無ければ総力戦では勝ち目が無くなります…」


袁術は張勲をちらっと見て怒りの鎮火を始めた


そうか、今は殺せない、殺せないなら飴を与えるしか無い…


袁術は呂布を起こし、ゆっくり語りかけた

「奉先よ仕方ない事だ、きっと典黙とか言う小僧が我々の裏を読んだのだろう、次気をつければ良いじゃないか、なぁ!あと、この度の損失はどのくらいだ?」


呂布は下を向いたまま、震える手で人差し指を上げた。


「百人か、さすが我が奉先!典黙に読まれても百人程度の損失で終わるとはな!やはりいざと言う時はその無敵な武力が頼りになる……!」


呂布は依然と下を向いたまま何も言わない


袁術「まっ、まさか千人?典黙め本当に厄介なやつだ!まぁとはいえ、これが本当の意味で初戦だし、千人を無くしたのは大きいがこれからはまだ巻き返せる、総勢ならまだ我々の方が上だ」

袁術は自分をも慰めながら言ったが少しイラついていた。


曹操軍の数が多かったのかな……待ってよ!なんで呂布は未だ下を向いたままだ?どういう事だ?千人では無いのか?


袁術は深く息を吸い込み、怒りを我慢して再び聞いた

「一万人?お前は八千の兵を連れて行ったはずだ、まさか橋蕤の五千からも二千の損失を出したのか?あぁ?お前の隊は全滅で橋蕤にも痛手を負わせたのか?おい……」


袁術の顔が闇に包まれて、怒りを爆発させようとしたが呂布がまだ顔を上げないことに疑問を持った。

一万人でも正解じゃないのか?どんな頓智だ…


「言え!一体何人だ!」

「帰って来たのは俺一人…」

「コイツを処刑しろ!!」


指の一本はたった一人の生き残りを意味していたのか…


袁術は脳みそに血が登るのをハッキリと感じた、気を失いかけた袁術はよろめいて二歩下がった。


袁術「お前一人って、橋蕤はどうした」


呂布「分かりませんが、多分…その恐らく…もしかしたら…」


袁術「お前は八千を連れて待ち伏せをしかけ、橋蕤に五千の兵でそれに付き合わせてそのザマか!」


「陛下ご容赦ください大戦前に将を斬るのは不利益です!まして奉先は陛下の義子、斬ってしまってはこれから投降する者がいなくなってしまいます」


張勲、雷薄らが袁術をなだめたのは呂布と仲がいいからではなく、ただ単に大戦前に大将軍を無くすことで士気が下がる事を回避したかっただけだった。


袁術はプルプル震える呂布を見て

「死罪は免れても罰則はある、軍杖八十の後召陵で兵糧の運搬係をしろ、しばらくはその面を見せるな!」


呂布「ありますございます」


慌てて起き上がった呂布はチラッと軍帳の中を見て、この仕打ちを忘れたりしないと心に誓った。


龍椅に戻った袁術は落胆していた

初戦の敗退はともかく、それが全滅となれば全軍の士気に対しては致命的な打撃だ


全滅と言ってももちろん彼らは全て死んだ訳では無く、敗残兵達が後々軍営に戻るだろう。


「考えがあれば述べよう」

袁術は気力も無く言った


「陛下、この度の敗戦で軍心に対する影響は絶大に思えます、今は士気を高める事を先決しなくてはならないかと思います。そのためにも酒や肉を兵士たちに振る舞う事を提案します」

張勲が拱手して提案を述べた


敗戦したのに、それも惨敗で宴会を開く事に対して袁術はとても不満に思っていた。


「あっそう、じゃそれは頼むわ、それと軍営の見廻りを強化しといて、二十四時間のうちに警邏隊と見張りを絶やさずに交代させて置け、曹軍の奇襲には細心の注意を払え。朕が敵を退かせる策を思いつくまで続けろ」


「はい!」

武将たちが拱手して軍帳を去った後に袁術は再び玉佩を取り出して、昇り龍を見つめて呟く

「朕こそが本当の天命を受けた天子……」

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