百五話 想像力豊かの張遼

曹操は出口から出ようとする時に何かを思い出したように戻り、衛兵に指示をした

「速く伯平を呼べ!一緒に文遠に会うように伝えろ」


「はい!」


高順は鹿鳴山には出陣しなかったのは曹操の計らいだった。

本来、待ち伏せなら陥陣営のような戦力は絶大な威力を発揮するが、淮南軍の統率を取るのは呂布だと知った曹操は忠義厚い高順に無理強いはしなかった。


曹操と高順が合流したあと二人は足速く練兵広場へと向かった。


「文遠……!!」

張遼を見ると高順は複雑な気持ちで胸いっぱいにして何も言えなくなっていた。


昔の同僚同士が違う境遇で再会したのは気まずいものもあるだろう。


「伯平!小沛で戦死したと思っていた!まさかお前……」

張遼はすごく不思議に思っていた、高順のような死んでも屈服しない豪傑を曹操はどんな手口で登用したのかを。


高順はため息をついてから

「文遠、これには深いわけがある。あとで話そう…」


来る途中高順は張遼に話し切れない言葉を頭に浮かべていたが、いざ張遼を目の前にすると言葉に詰まり、何から話せばいいのかすら分からなくなっていた。


曹操は何も話さずに張遼の後ろに回り、縄を解いて張遼に付いた土埃を叩いてあげた。


曹操は事の顛末をある程度報告で知った。

この行いは文遠の忠義心に対して敬意を払った。


すぐ義父を変える呂布に対してもこの忠義心なら配下に加わても信頼出来る!


「文遠、濮陽で初めて会った時からお主を欲していた!その忠義心、その勇猛さ!文遠、残ってくれるか?絶対に活躍させると約束しよう」


曹操の熱い視線に張遼は目を合わせることも出来ずに逸らした。


高順「俺からもお願いだ文遠、残って!また前のように戦える!それに戦場で温侯と戦わない事を丞相から約束もらった!」


本来なら投降に条件が付くことは無い、曹操の約束は恩恵にも似たものだった。

この時張遼は少し高順が曹操軍に加わった事を理解した。


しかし張遼はまだ登用される気持ちはなく。

并州から司隷へそして小沛から汝南へと渡り、今日に至っては逃げる呂布の後ろ姿を見た張遼は信念が崩れ去っていた。

張遼は何を信じればいいのか、誰を信じればいいのかを分からなくなっていた。


なかなか口を開かない張遼を見た曹操は深く息を吸い両手を彼の肩に載せた

「文遠、我が気に入らないなら、我の配下に加わるのが嫌ならここで解放してあげよう。だが条件がある!」


張遼はやっと顔を上げて曹操を見てその続きが気になった。

曹操「今夜一晩、我と酔い潰れるまで酒を酌み交わせ!お主の顔をよく覚えておきたい、夢で再び会ってもその顔がぼやけることが無いように」


張遼は心をギュッと締め付けられた感覚を覚えた。

今まで、丁原も董卓も呂布もここまで自分のことを大事に思った人は居なかった。


「この敗軍の将を、何故高く買われるのか理解に苦しみます…」

張遼は初めて口を開いた。


曹操は張遼へ笑いかけ

「高く買った訳では無い、文遠は自分を卑下し過ぎだ。今までその才能を見抜く君主に出会って居なかっただけだ」


張遼「一つ質問があります…私が仕組んだ待ち伏せを見抜いたのは、丞相配下の麒麟軍師典黙ですか?」


曹操は一瞬驚愕し後ろへ一歩下がった。


あの計画は張遼が仕組んだのか…彼が子寂の言う袁術軍の新しい策士なのか?

なら尚更文遠を配下に置きたい!


「確かに子寂だ」

曹操は軽く頷いて答えた。


張遼「会わせて頂けますか!?」


麒麟才子、無敗軍師の噂は既に天下に伝わっている。

今日こそこの伝説の典黙に会ってみたい!


曹操「子寂をお呼びせよ」


衛兵「はい!」


張遼のお願いを躊躇わずに曹操は指示を出した。


すぐ、張遼が捕虜になったのを知った典黙は駆けつけた。


そして張遼は典黙を見た瞬間に固まり、顔の驚きを隠せないでいた。


張遼「お前は!諸葛適当!まさか………!!」


「子寂とは面識でもあるのか?彼の名は典黙、字名を子寂だ、諸葛適当ではないぞ」

曹操は不思議そうに二人を見ていた。


典黙は軽く微笑み

「文遠将軍、徐州以来の再会ですね!お変わりなく…もないか」


「本当に諸葛適当ではなく典子寂?」

張遼は依然と信じられない顔をしていた。


そんな…お嬢を迎えに行った時に確かにこの人が布団にくるまっていた!間違いない!


曹操と高順もハテナを頭に浮かべたまま理解出来ずに居る


「僕は典子寂でもあり諸葛適当でもありますよ」

意味深な笑みを浮かべた典黙を見た張遼はまるで雷にでも打たれたような衝撃が全身を駆け巡った。


なるほど、そういう事か!袁術の息子がお嬢との縁談を壊すために諸葛適当を名乗り近付いて来たのか!!

袁術との縁談が破綻すればその後ろ盾も無くした温侯を徐州から追い出すのも容易くなる!

有効かつ直接、そして一兵卒も使わない……

まさか彭城を水攻めする策を考えると同時にこの計画も立てていたのか!

我々は一体何と戦ってきたのだ……


想像力豊かな張遼が再び典黙を見ると、典黙の影が夕日によって引き伸ばされ、もやしっ子であるはずのその姿がとても大きく見えて居た。


張遼「……丞相はこのようなお方の補佐があれば、向かう所敵無しも納得します!」


典黙「残れば文遠将軍もここから無敗の将になれる事を約束しましょう」


冗談では無い!他の誰が言っても疑うだろうが典黙が言えば疑うようが無い!


張遼の中の崩れ去っていた信念が再び築き上げられた。

麒麟軍師典子寂になら全てを預けられる!


ここなら昔の同僚高伯平が居る、麒麟軍師典子寂が居る、部下を大事にする曹丞相が居る!

これ以上何を望めるだろうか!


「末将張遼!これからは犬馬の働きを致します!!」


曹操は驚いた、張遼と典黙を交互に見て状況を理解できなかった。

先まではあれほど口説いても効果がないのに子寂が出てきた途端、文遠は人が変わったかのように首を縦に振った。

何かの妖術か?人格魅力か?まぁ良い……


曹操は感激し張遼の手を手に取り、もう片方の手でその肩をポンポンと叩き

「文遠、この日を長らく待ち侘びていた!」


張遼「ありますございます」


「伯平、文遠に着替えを用意してやれ、我は先に帰って宴を用意しよう!」

喜びからか曹操の帰る足取りはいつもより速くなっていた。


典黙も会釈して立ち去ろうとした時に張遼に袖を引っ張っられ

「先生、一つお願いがあります」


典黙「なんでしょう?」


張遼「計略とは言い、先生とお嬢は一日夫婦の実があります。これからもし温侯の身に何かがありましたらお嬢の命を守って頂きたい!」


張遼にとって成長を見守った呂玲綺は既に家族のようなもの、"文遠おじさん"は自分に出来る方法で呂玲綺を守ろうとしていた。


「ああ、もちろん!あの娘は少し間抜けだが命の恩人でもある。僕は恩知らずではありませんから」


「ありますございます!」

張遼は拱手して頭を下げ、典黙が遠くまで歩いた頃に再び顔を上げた。


「伯平!また一緒に戦えるとはな!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る