百四話 呂布虐め
鹿鳴山の中腹部に、呂布は大岩の上で目を閉じて精神統一していた。
彼は曹操軍の到来を待ちわびている。
この戦いで雪辱を果たし、淮南軍の人心を少しずつ掌握すれば袁術から勢力を割く時はより多くの兵が自分を慕うだろう。
そしてその時が来れば袁術に全身全霊の一撃を浴びせよう!
黄泉で董卓と丁原と仲良くするが良い!
少し妄想を膨らませた呂布は岩の上でニヤニヤし始めた。
「温侯、曹操軍が来ました!」
張遼が山の上から駆け付けて来た。
呂布は閉じていた目を見開き、坂道から下を見下ろすと曹操軍の数千人の騎兵が叶県に向かっている。
そして、呂布はとある一人の人影に注目した。
「…典韋!」
そう呟くと、呂布はニヤリと笑った。
まさか叶県の応援はコイツが来るとはな!
確かに典韋は強いが一人だけなら百五十手以内で討ち取ることは簡単だ、その後なら許褚と趙雲が力を合わせてもせいぜい関羽と張飛くらい。
濮陽では口車に載せられて歩戦したが今日は騎馬戦でその首を跳ねよう!
呂布は方天画戟を手に取り下山の道に向かった。
「放て!」
曹操軍が所定の位置に到達するのを見た張遼は腕を振り下ろし弓兵へ合図を出した。
雨のような弓矢が曹操軍を襲うとあっという間に四百の騎兵が撃たれて倒れて行った。
典韋「敵襲だ!慌てずに下がれ!」
予め待ち伏せを予想していた曹操軍は揃った足並みで下がって行く、ほんの僅かな被害で離脱した。
「殺れ!」
呂布は六千の騎兵を率い突撃を仕掛けた。
「返り討ちにしてやれ!」
典韋の一声で曹操はすぐに逃げる事を止め、振り向いて呂布軍とぶつかり合った。
矢の雨に撃たれてもなお典韋の騎兵は四千以上居るため、接戦した直後から戦闘は白熱化した。
呂布は今までとは違い、すぐに先頭を立った訳でもなくてただ単に典韋を真っ直ぐ睨み付けている。
典韋も呂布の視線を感じ取ったのか、冷笑して呂布の視線に目を合わせた。
典韋「何か言い残すことはあるのか」
呂布「お前こそ曹操に遺言を遺すべきじゃないのか?」
典韋「お前は物覚えが悪ぃな!俺ら三兄弟が居るところにお前は立ち入り禁止って言ったはずだ」
呂布「はぁ?」
言葉だけではお互い分かり合えることは無いと悟った呂布は方天画戟を掲げ典韋に向かうとその時に
「行け!全軍突撃!!」
山の陰からもう一つの曹操軍が馬蹄音と共に現れた
それに驚いた呂布は手網を引き足を止めた
横から曹操軍だと!馬鹿な!文遠の策を読んだのか!いやっ有り得る事だ典韋の弟は公台先生も及ばない才覚があると聞いた…
考える時間も与えられずに曹操軍の騎兵がすぐそこまで近づいて来ていた。
「こうなったら死力を尽くせ!」
呂布の檄は力強くいつも士気を最大限まで引き上げられる。
それが今挟み撃ちをされようとしている淮南軍も同じ、充てられた淮南軍は皆決死の覚悟を各自に決めていた。
呂布は懐に入られた曹操軍騎兵を五六名を一撃で屠ると典韋目掛けて赤兎馬を走らせた。
待ち伏せ戦のはずが逆に待ち伏せされる事になった、負ければ袁術に知られたら又怒られる…
こうなれば唯一の打開策としては敵将を討ち取る事、典韋の首を持ち帰れば仮に負けてもケジメが着く!
「今日、ここで死んでもらう!俺の前では兵数の差は問題にならんぞ!」
呂布は典韋に向かって走りながら叫んだ
典韋は頭を掻きながら
「俺は別にいいけど、兄弟らがそれを許すかな?」
「ガッハッハッ!飯、酒しか楽しみがなかったのに、呂布虐めもまたその一つとして加わった!」
呂布は背後を振り向くと、そこにはかざされた竜胆亮銀槍と火雲刀があった。
そのまま視線をそれらの持ち主に移動させるとそこに居たのはやはり趙雲と許褚だった。
先までとは打って変わって、呂布からは覇気も感じ無くなり、代わりに緊張感を漂わせていた。
赤兎馬のその前足の蹄の落ち着きの無さから恐怖感を読み取れる。
この三人の連携攻撃を受ければ万に一つも勝ち目が無い、ここで逃げたら無敵の名に傷が付くがそれでもいい、死ぬよりはマシだ!
呂布は赤兎馬の向きを後ろに変えて許褚と趙雲に向かって走らせた。
襲いかかって来る火雲刀と竜胆亮銀槍を振り払うと呂布は止まらずに戦場を走り抜けた。
「引くぞ文遠!」
三人の包囲を突破してから呂布はやっと張遼の事を思い出したかのように叫んだ。
文遠ならこの場を切り開く!大丈夫だ!
自分を慰めながらも呂布は振り向きもせずに逃げた。
この状況で一番困惑するのは淮南軍。
先までは死力を尽くせと言った張本人が逃げたから、この命令はまだ意味があるのか?
「抵抗するなら容赦ないぜ!」
混乱する淮南軍に向け、典韋は虎のような一声をあげた。
内臓にまで響く典韋の咆哮を受け、一部の淮南軍はすぐに武器を捨て馬から降りて地面に伏せた。
その後は投降しなかった淮南軍は粛清されたが一人の男だけが未だ戦いを止めなかった。
その男は曹操軍の包囲を受けても無表情に青天鉤鎌槍で血煙を巻き上げていた。
「もういい、下がれ」
許褚の一声で曹操軍は二十歩ずつ下がり、包囲網の範囲を広くした。
そして典韋、趙雲、許褚の三人が張遼を囲んだ
「張遼、張文遠」
典韋は張遼の事を覚えていた、濮陽の時に夏侯淵とは数十手戦っていた男で曹操が気に入った男でもある。
「先まで乱戦が続いたんだ、その腕なら退路を切り開いて逃げる事もできただろう、なんで残った?」
典韋の問に血まみれの張遼はただ単に高らかに笑った
そして張遼は聞き返した
「逃げる?何処までだ…軍営に戻れたとして何が待ち受けているのかくらい簡単に想像付く」
張遼の性格上、軍営に戻って無様に処刑されるよりは戦場で力尽きて死んだ方がいいだろう。
「ごたくはいい、行くぞ!」
張遼は青天鉤鎌槍を振り上げ三人に向けて走り出した。
趙雲が竜胆亮銀槍で張遼を牽制する間に典韋は横から双戟を上下二方向から挟み撃ちすると青天鉤鎌槍はあっさり張遼の手から吹き飛ばされた。
高伯平も張文遠もなかなかの男だ、コイツらはなんで呂布みたいな卑怯者について行くのだろう…
理解に苦しむ典韋だったが、そう考えているうちに張遼は既に捕縛されていた。
「連れ戻して丞相に処遇を伺いましょう!」
趙雲がそう言うと虎賁双雄も頷いた。
趙雲「臨穎に連れて行け」
命令を受けた副将は拱手して張遼を縛り付けてから連れて行った。
「っしゃ!このまま叶県に行って橋蕤も片付けよぜ!」
典韋の号令で三人と数千の騎兵を連れて叶県に向かった。
議政庁で夕飯を食べている曹操は張遼を捕らえた報告を受けるとすぐさま会いに行った。
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