百話 呂布出陣

袁術軍の軍営、兜を手に持った橋蕤が怒りを籠り入って来た。

「陛下、我々は三日間曹操へ罵倒したにも関わらず、ヤツらは出て来ません!」


袁術「子芽、将たるものはいつ何時でも感情を抑え、冷静に居なければいけない。今の様子を兵たちに見せたら良くないぞ?」


龍袍に身を包み、九珠皇冠を被り、賢者のような表情を浮かべる袁術が余裕そうにそう言った。


「おっしゃる通りです陛下!しかし我が軍は遠征、戦局をこのまま長期戦に持ち込まれては兵糧や機材の消耗は激しく、寿春から八百里の道のりは遠すぎます…」

橋蕤はせっかちで言葉選びも得意じゃない、基本的に思いついた事をそのまま口にしてしまう。


「三日の挑発を大人しく聞いた曹操軍はきっと士気が低迷していよう!明日から一騎打ちを仕掛けるために将を一人行かせよ!なお、この将はその勇猛さで敵軍に畏怖の念を抱かせねばならん!そして一騎打ちに勝った我々が一気に攻城戦を仕掛け、城を取る!」

袁術は余裕そうに作戦とも呼べない作戦を口にした。


「なるほど!陛下は既にそこまでお考えとは!妙計ですね!」

単純な橋蕤もこの作戦に少しも疑問を持たなかった。


「天上の龍が下界を見ているような策ですな」

「然り、これ程の才能なら曹操など取るに足らない」

「これならすぐに曹賊を駆逐できよう!」


博識多才の氏族たちのお世辞を聞いた袁術は天にも登るような気持ちになって浮かれていた。


そしてこの一人の武将が誰を指しているか、皆はっきりとわかっていて目線を呂布へと向けた。


「大将軍殿はかつて方天画戟を手にし、赤兎馬で酸棗を踏み、天下無敵と知れ渡っている!この任は大将軍殿に任せるしかないと思います」

主簿の弘陰がニヤリとして提案した


当然これも袁術の欲しかった展開で、当初呂布を義子にしたのもその武勇を見初めた結果。

この乱戦時代では一騎打ちは大きい意味を持ち、時には一戦の勝敗が決まる事もある。


今のこの膠着状態なら、呂布の威圧を借りて曹操軍の士気を下げながら自軍の士気を高める効果を狙うのも正しい判断。


しかし呂布の階級は大将軍、その面子を保てあげなくてはいけない。


呂布もその意図を汲み、前へ出て

「父皇!行かせてください、誰が出てこようと俺の相手は務まらない!」


「よしっ!そうしよう!さすがわが子奉先!」

袁術は金ピカの龍椅から立ち上がり呂布の前へ行き、低い声で

「奉先よ、当時十八諸侯を震撼したように曹賊を恐怖の底に落としてやれ!」


呂布「必ずご期待に応えます!」


布陣なら呂布は素人同然だが一騎打ちならプロ中のプロ。

呂布も実はこの時を待っていた、今までの淮南軍はその天下無敵の異名を聞いた事はあるが、それを目の当たりにしていなかった。


これから自分がの一騎打ちする姿を見せれば、三軍の中で人望は更に厚くなる。

将来袁術の勢力を割く際に役に立つだろう。

当時董卓の勢力を割く際にも大半の兵がその理由で付いてきたように。


それぞれが違う思惑を持ちながらもその目的が同じだった。

必要の無い小芝居を経て呂布が出陣した。


トン!トン!トン!トン!……

翌朝、太鼓の音と共に、臨穎の城門前に呂布は現れた。


手に方天画戟を持ち、身に付けた百花紅袍が風に靡いてパタパタと音を立てていた。


呂布「我は呂布、呂奉先!戦える者は居るか?!」

淮南軍「必勝!必勝!必勝!…」

呂布の檄で淮南軍は沸き、大きい声で叫んでいた。


いずれ来るだろうの呂布を見て曹操軍は何も思わなかった…


「僕が行きましょう!前回の手合いで僕の槍法が少し洗練されました!今回は全ての型を試して、弱点を改良して更に改良出来そうです!」

白袍銀鎧の趙雲がワクワクしていた。

当然勝てると思っていないが、槍法の型を全部試しす事は出来ると確信していた。

彼の目的はあくまで強者と戦って槍法の成長だった。


「子龍、悪ぃが譲ってくれ。伯平はいつも騎馬戦なら俺が勝てねぇとか言うから、今日こそ証明してやらぁ!」

一年に渡り、典韋は日々馬術を練習していた。

今の彼は騎馬戦でも呂布と対等に戦えると自信を持っていた。


「おいおい、ずるいぞ二人とも!俺は未だ呂布と殺り合った事無いぞ!二人はすっこんでろ!」

呂布と戦わなかった事を、許褚は常に残念がっていた。

今日こそ呂布と戦いたいと許褚は火雲刀を擦りながら闘志満々で居た。


天下の武将は普通呂布の名を聞けば避けて通るのに、この三人はまさか奪い合っていた…


「兄さんも仲康兄さんも子龍も落ち着け、三人力を合わせて最短の時間内で呂布を討ち取ってください」

典黙が口を開くと三人も大人しく口を閉じた。


今は私利私欲に目を眩む時じゃない、呂布が相手なら三人掛かりでも誰にも文句を言われない。


討ち取る……?

酒を呑んでいた郭嘉は一瞬止まった。

今討ち取ると言った?援軍は呂布じゃ無いのか?


曹操が近くまで来て三人を見渡して口を開いた

「子寂の言う通りだ、城門を開ける!殺ってしまえ!」


「はい!」

三人は拱手して返事をした。


曹操は少し不安そうに

「かつて酸棗では劉備、関羽、張飛の三人掛かりでも呂布と引き分けたんだ!くれぐれも気をつけ!万が一…」


「丞相!万が一なんかねぇ!」

典韋は自信満々に手を振り上げ

「今日、俺ら三兄弟がここでヤツを徹底的潰す!運良く逃げられても俺らの名を聞けば身震いする程ビビらてやるぜ!」


「行くぜ!」

許褚は火雲刀を引き摺りながら階段へ向かった

典韋と趙雲もその後に続いて行った。


呂布に対してトラウマでもあるのか曹操だけはずっと不安を感じていた。

三人とも曹操のお気に入り、誰が欠けても受け入れられないだろう。


曹操「子寂、君はどう見る?」

典黙「丞相、兄さんの言う通りです、呂布は恐らく五十手も持ちません」


典黙がそう言うと曹操がやっと安心できた。


トン!トン!トン!トン!……

ついに城関からも太鼓の音が響く中城門がゆっくり開いて、典韋と趙雲、許褚が姿を現した。


三人と三匹の馬がゆっくり呂布へと向かった。


呂布は典韋を知っている、濮陽での戦いで歩戦して引き分けたが騎馬戦では絶対勝てる自信を持つ。


趙雲をも知っている、小沛から逃げる際に張繍と協力して自分を待ち伏せたが協力しても自分には勝てなかった。


許褚は知らないが体格からして強そう…


この三人は一人ずつ出てくるなら余裕で勝つだろうが、まとめて来たらそうもいかなくなる。


本当に…勝てるだろうか……


赤兎馬も危険を察知したか前足て地面を掘り、低い鳴き声を出した。


初の不安感を感じながら呂布は赤兎馬をなだめていた。

いくら心の中から"逃げろ"の声が叫ばれようとここを引く訳には行かない。

呂布の背後には興奮し切った袁術と三軍が注目しているからだ!


呂布「我は呂布、呂奉先!」


許褚「へぇーお前か…」

趙雲「はい!知っています」

典韋「だからなに?」

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