九十八話 また援軍?
許昌の練兵広場
曹操は典黙、郭嘉、賈詡と共に調練の様子を見に行った。
徴兵で募った八千の兵士が各軍営に加わり訓練を受けていた。
今の豫州では大きい戦に向けて準備をし、空気中に火薬の匂いで充満している。
なので訓練の強度は増すばかり。
各軍営での訓練を見た曹操はとても満足していた。
この時、一名の兵士が走って来て竹簡を曹操へ渡した。
竹簡を受け取り、その内容を三回ほど見返す曹操はやがて我慢できずに爆笑し始めた。
少しも威厳を気にせずに笑う曹操は笑い泪を拭き、大声で皆に竹簡の内容を話した
「袁術が帝を名乗った!アイツを一大梟雄だと勘違いしていた我は恥ずかしい!ここまでアホなのは可愛げすら感じる、対立な立場でなければ贈り物でも送ってやったのに!ガッハッハッ…」
言い終わると曹操は竹簡を郭嘉に渡し、典黙の前へ行き、両手を典黙の肩に乗せて
「本当に魚だったとはな!よくやった子寂、このような手段を選ぶなら我も安心してヤツに集中できる!」
袁術が帝に?
袁術が伝国璽を手にした時から郭嘉もいずれこうなると思っていたが、ここまで焦ると思わなかった。
郭嘉が竹簡に目を通した時に目を見開いた。
竹簡に書いてある魚の腹から玉佩が出て来た話は奇妙に聞こえるが、それは間違えなく典黙の仕業だと郭嘉は確信した。
しかし、本当に魚だったとはな…
「子寂よ子寂、僕も袁術が帝に成りたい野心を持ってるのは知ってたが、その勇気が無い事も知っていた。まさかこの"魚腹蔵玉"でその背中を押したとはな…袁術は間違えなくこれで命取りになるだろう!感服、感服!」
郭嘉も嬉しそうに腰から酒瓢箪を取り出し酒をゴクゴクと飲み出した。
今の郭嘉は典黙と勝負がしたいとは一切思わず、典黙の策をまるで芸術品のように眺めていた。
心攻めをここまでするとは、その心術を操る腕は達人と言うよりも芸術家だ。
「へっ、こんなもの取るに足りません」
郭嘉からの褒め言葉は典黙を少しだけ照れさせていた。
「いつも私の事をタヌキだの毒士だの好き放題呼んどいて、君に比べれば私などまだ善良だろう……」
賈詡も首を横に振りながら典黙に敵わない事をひねくれた言い方で褒めた。
「袁術が帝と名乗った後第一の勅令は北伐だった、五万もの大軍をいつでも出発できるように寿春に集結したぞ。天子が狙いか、ただの間抜けだと思っていた…」
曹操は冷笑して郭嘉を見た。
「そのようですね、丞相を打ち破りそのまま天子を殺してしまえば自分だけが由緒正しい皇帝になりますね」
曹操「あぁ、理想をどう持つのは自由だが現実はそう上手くいかない。奉孝、これから袁術を非難する勅令を書き上げてくれ、その所業を天下の諸侯に知らしめよう!」
勅令の目的はもちろん救援を請うものでは無い。
勅令を出すことで自分たちこそ正義である事を世に知らしめるためである。
曹操「文若は?」
賈詡「先ほど三十万石の兵糧を前線になる筈の場所まで運搬の任に着きました」
曹操「ふむ!三軍より前に兵糧の準備は良い心掛けだ!」
曹操は満足そうに頷き手を後ろに組んだ。
曹操「この度の戦、その勝算は如何程と見る?」
袁術は寿春に五万の兵を集め、汝南に居る橋蕤の三万と合わせればその数は八万にのぼる、それに加え呂布も居る。
それに比べれば曹操軍は僅か五万、その中には戦を知らない新兵も数多くいる。
更にそこから一部を魯陽に裂き南陽を牽制しなくてはならない。
袁術は帝を名乗り荊州との連携は消えたと言っても油断はできない。
「八割かと!袁術が帝を名乗った事により援軍はもはや期待できない、逆に我が軍は王師であり士気も高く、絶対的主導権は我々にあります!」
郭嘉が自信満々に答えて典黙を見た
典黙はニヤリと笑みを浮かべ
「十割!」
「まさか!また援軍か?」
典黙の答えに驚く郭嘉が笑った。
典黙「僕を知る者、奉孝なり!」
「子寂、春は確かに雨降ったりするが召陵では大きい川も無く水攻めはできないはず。此度はどのような"援軍"が駆け付けるのだ?」
典黙「ご安心ください、僕の援軍は既に袁術が帝を名乗る時から出発しました」
曹操「ガッハッハッ!今回の援軍は一体天の時か、地の利かそれとも人の和か見せてもらおうじゃないか!文和、奉孝お主らに子寂の援軍を予想できるか?」
曹操は自分じゃどうせ想像つかないからと、賈詡と郭嘉に丸投げしてあっさり諦めた。
今まで一緒になって予想を立てた曹操が諦めた上に偉そうに頼ってくるのを見て、賈詡と郭嘉は一瞬見下げたものだと思ってしまった。
帰りの道中賈詡は独り言をブツブツ言っていた
「子寂の言う援軍とは何だろうな…」
隣にいる郭嘉はその独り言を拾い
「うん、今回は天の時でも地の利でも無いだろう、穎川の気候なら僕も詳しいからな。だとすると人の和…」
賈詡「人の和なら呂布か?常の裏切り者ならありえない話でもない!若しくは劉備か、皇族の血統を自ら謳い、世間では皇叔の身分も天子より賜ったと聞いた」
「劉備は無理だろ…その気があっても実力は無い。現に荊州に寄生しているらしいが頼りの糸である劉琦も蔡瑁から弾圧を受けているからな。やはり呂布か」
郭嘉は瓢箪に入ってる酒を最後の一滴まで飲み干した
「しかし、子寂の戦い方はいつも読めん、いつもちょうどいい所に好都合な事が起きる様に手を先に回している。もし敵になっていたらと思うと…」
賈詡はヤギ髭を擦りながら感慨深く言った。
「あぁ、兵法だけなら勝負できると最初は力を比べようとしたが今思うとただの思い上がりだった…子寂の心術はもはや神仙の類い、最初から僕らと次元が違っていた。味方で本当に良かったと思うよ…」
賈詡も郭嘉も戦場においては実際の状況に応じて最良の策を練る事にたけていたが、典黙のように常に数手先の事を予想する戦い方はできないと感服した。
賈詡「こりゃしばらく出る幕がないのう…」
郭嘉「そうですね…」
終いには二人も諦めて予想するのをやめた。
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