九十六話 陳宮離別

一刻も早く帝を名乗りたい袁術は州牧府に戻った直後に全ての文官武将をかき集めて緊急集会を開いた。


呼ばれた文官武将は曹操のあらたな動向、若しくは北伐のための会議かと思い慌てて駆け付けた。


全員の不安そうな眼差しが集まる中袁術はまず伝国璽を箱から取り出し机の真ん中に置いて、その下に竹簡を敷き詰めて伝国璽を高くして観やすいようにした。


「諸君、先日とある漁師が長江にて百斤の大魚を釣り上げてその大魚の口の中にはこれがあったと言う」

そう言うと袁術は例の玉佩を皆に見せる為に回した。


全員がその玉佩を見たあとは場が静まり返った、何人かは顔を恐怖に歪ませていた。

もちろんその中には閻象や陳宮も居た。


彼らは袁術の帝になろうとした野心を悟ったが、この時の進言は責任重大。

袁術が帝と名乗り天下を得れば賛成派はのし上がれるが、失敗すれば逆賊の片棒を担ぐことになってしまう、逆賊の汚名を身に付けられては氏族だろうとお先真っ暗。


こういう時は一人が声を上げて進言の流れを作れば他の連中もその流れに乗る、もちろんその大役には当然呂布が適任だろう。


袁術は呂布へ目配りをすると呂布はニヤリと笑い前へ出た。

「義父様は先に伝国璽を手に入れそして天意の玉佩を見つけたが未だに大漢の國号を気にされなかなか帝を自ら名乗らないが、これでは天のご意向に逆らう事になります!大漢王朝は既に四百年続いておりもはや天命は尽きた、これからは天下百姓のためにどうか新しく、太平の王朝をお築きください!」


さすが我が子奉先!この言い分なら皆も続くだろうって!


呂布が言い出したことで逆賊の汚名を気にしなくていいと思ったか文官武将たちは皆ヒソヒソと話し合い、やがては呂布の言うことに賛成する話が聞こえて来た。


そこで陳宮が前へ一歩踏み出し、反対意見を述べた

「なりません!主公は四世に渡り三公の立場であり、大漢より俸禄を受けながら帝を名乗るのは国を盗る事になります!天下の人々はこれを不忠不義と受け取ってしまいます!曹操は天子を人質に諸侯に命令を出す事自体が既に汚名を被っています、主公はそれ以上の誤ちを犯すというのですか!?」


陳宮、貴様は俺と対立するのか…

呂布は必死に陳宮へ目配りをしたが陳宮はそれを無視した。


呂布「先生、それは違います!漢高祖劉邦もかつてはただの亭長でありながら三尺の青鋒で国を秦国から盗った!つまりは能ある者にはその資格がある!そして今の義父は雄兵十万、淮南を拠点にし長江を股に掛けている、当時の劉邦よりよっぽど帝に相応しい!」


天下無双の武を持つ呂布は屁理屈も一流だった、袁術は賛称の眼光を呂布に向けた。


このままではいけないと思った閻象も前へ出て来て

「今、主公の敵は曹操一人、もし帝を自ら名乗れば敵は無数に増えてしまいます、その時は……」


「その時は我が方天画戟が火を噴くだけだ!我なら赤兎馬を跨り縦横無尽に駆け巡り、天下の反逆者を鎮圧すれば良いだろう!」

閻象の話の途中に呂布が横槍を入れて無理矢理話の腰を折った。


袁術「我が子呂布の英名は知らぬ者は居なかろう!人中呂布、馬中赤兎!逆らえる者など居ない!」


袁術の決心は堅い、なら止めても無駄。

「主公、帝にお成りください!」

「新しく国号を改めましょうぞ!」

「主公が帝に成らないと言うなら私は柱に頭を打ち付けて死にます!」


呂布の一声に迷っていた連中もやがては声を大きく上げた。

どうせ言い出したのが自分じゃないから責任感もなく野次を飛ばせる。


陳宮と閻象の反対意見も掻き消され、シュンっとしていた。


袁術「ワシはそこまでの器じゃないかもしれんが皆の意見を尊重せねばだな…天下百姓の為だ、仕方なく帝に成ろう!仕方ないからな!そして将来ワシより有能の者が現れたなら快く帝位を譲ろう!」


この年、袁術は帝を名乗り、国号を仲と改めて積極的に他の諸侯へ褒賞をした。

そして呂布は当然のように大将軍に成り、天下全ての兵馬を命令できる名ばかりの権力を得た。


「先生、荷物を纏めて一体何処へ行くのですか?」

荷造りをしている陳宮へ呂布は理解出来ずに質問を投げた。

怒ることは予想したが離別まですると思わなかったから。


陳宮「…逃亡する」


呂布「先生、ただの権力争いにそこまでする必要はあるのか?なぜわかってくれないのだ!?」


陳宮「温候、わかってないのはあなたですよ。ここ数日私の方で調べました、この玉佩は確かに袁術が用意したものでは無い…」


呂布「では本当に天意なのかっ!」

陳宮「そんな訳無いだろ!温候、袁術が用意した物で無ければ必然的曹操が用意した物と見て間違いありません!袁術が帝に成れば荊州軍の応援は期待できなくなる!袁術は孤立無援になります!」


えッ!?本当に……?

呂布「また典黙か…?」

陳宮「誰であろうとどうでもいい、ここまで数手先を読み有ろう事か準備までできるのは怖過ぎます…謀略、警戒心、心術共に私では足元にも及ばない。温候、一つ忠告をします、早く袁術の下を去るべきです、そうすれば未だ命だけは助かります」


呂布「ここを去って何処へ行けばいいのか…」

陳宮「去らなければ袁術と共に黄泉へ行く事になります。ではっ」


呂布「先生、先生ぇー!!」


陳宮は去った、でも呂布は陳宮を引き止める為に袁術の元から去る事をしなかった。

今の呂布は兵も無く財力も兵糧も無い、ここから出ても自分の軍を作ることができない。


「先生、いつか俺が正しい事がわかる日が来るだろう…」

呂布は未だ信じている、董卓から勢力を掠めとったように袁術の力も掠めとれば陳宮が戻ってくる事を。



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