九十三話 暴力反対
典黙もやると決めた事を実行する男で、王越を剣の師匠として連日剣法の稽古に励んだ。
貧弱な典黙は自分に剣の才能がないと思っていたが実はそうでも無かった。
その才能に王越も思わず褒める事も多々あった
王越「典軍師殿は剣の才能がおありのようですね、身体が貧弱なのが残念ですが…」
貧弱貧弱うるさいな…
王越は冗談が通じないだろうと思って典黙は心の中で静かにツッコんだ。
この日の稽古後典黙は自宅に戻らずに蔡琰と共に書院へ向かった。
蔡琰は暗記している書籍を三千冊ほど書き出して、それを典黙に見せようと呼びつけたから。
「昭姫ちゃん、僕たちがこれから詩を読む遊ぶ予定で居るが、一緒遊ぼうよ」
典黙が書院に着く手前偶然一人の卑しい男を見かけた。
その男は酒楼二階の窓際に座り、下を通りかかった蔡琰に呼びかけていた。
男は鍾毓(しょういく)、鍾繇(しょうよう)の息子である。
蔡琰「典公子、無視して速く行きましょう」
典黙は二階をチラッと見て
「彼らはよくちょっかい出して来るのか?」
蔡琰は無言に頷いた
典黙「…ちょうどいい、僕も氏族との交流が必要と思っていた頃だ」
蔡琰「?」
典黙の不可解の行動に疑問を持つ蔡琰は後をついて行くしかない。
許昌では毎月詩人が集まりお互い詩の腕前を披露する集いがあった、厳密に言えば許昌だけじゃなく、栄えている街でも同じような集いはある。
この詩の集いはただ目立ちたいがためではなく、実は氏族たちの間での力比べや自家族の宣伝が目的であった。
そして時折、身分が低いが才能がある人を勧誘するのも目的としていた。
典黙は落ち着いた歩みで二階に上がった。
そして標的をこの鍾毓に定めた。
三国時代後半になると穎川氏族で最も力を持つのは鍾家、特に鍾毓と鍾会の二兄弟。
魏が蜀との戦いで鍾会は許儀に先鋒を命じて自分は後続した。
そしてとある橋を渡った際に鍾会の馬車が脱輪した。
あろう事か鍾会はその責任を先鋒の許儀がいい橋を造らなかったとして、許儀を切り捨てた。
そして斬られた許儀とは許褚の息子。
許褚は曹操のために一生尽くしたのにこのようなつまらない事で息子を無くしたのはあんまりだ。
許褚は今は典韋の義兄弟、つまりは自分の次兄にあたる。
今日は次兄のために何かをしても良いな…
「へぇ〜典軍師も居るのか?あいにく今日は詩人の集いだ、軍師の出る幕は無い。ではさよなら〜」
これが氏族、曹操の腹心だろうか彼らは眼中に無い。
氏族からしてみれば天下の諸侯の発展は自分たちに左右される、自分たちが諸侯に人材と金銭の援助があるから諸侯が勢力拡大できる。
それが彼ら氏族の自信の源だった。
そして典黙はまさに教育改革をして、百姓に知識を与えて氏族の斡旋を断ち切ろうとした。
「鍾公子、僕も少し詩を嗜んでおります、今日のお題を聞かせて頂いても宜しいでしょうか?」
典黙は礼儀正しく満面の笑みで鍾毓に訊ねた
「へぇ〜典黙君も詩を歌えるのか?じゃ聞かせてもらおうか、今日のお題は花です」
鍾毓は蔡琰を見てから典黙を不遜な顔で見て言った。
「ちなみに言っとくけど、今この場にいるのは皆学富五車の才子、昭姫ちゃんに至っては大漢一の才媛。典黙君はくれぐれも麒麟の名を汚さないでくださいよ?」
鍾毓の挑発で他の氏族らもクスクスと笑った、皆典黙が自ら恥をかくのを待っていた。
典黙「アッハハハ…では失礼、でも僕には一つ癖があります。それは剣舞をしながらじゃないと詩を歌えないです、宜しいですか?」
鍾毓は胸の前で腕を組み顎で"どうぞ"と示した
典黙は腰から剣を鞘に収まった状態構え、深呼吸してから始めた。
典黙「待到秋来九月八!」
青釭剣がまっすぐ鍾毓の胸元を突き、鍾毓は驚いた顔で地面に転げ落ちた。
典黙「我花開後百花殺!」
典黙は鞘で鍾毓のお腹を思いっきり殴りつけ、鍾毓は顔を真っ赤にして嘔吐いた。
典黙「衝天香陣透許昌!」
剣の鞘が嘔吐く鍾毓の背中に振り落とされ、鍾毓は気絶した。
典黙「満城尽帯黄金甲!」
遂に典黙は剣を鞘から抜き出し一瞬で鍾毓の上着を切り裂き、そのまま剣先でポイっと投げ捨てた。
上裸で気絶した鍾毓を見て他の氏族たちは唖然とした、鍾家の長男がここまで辱められると思わなかったからだ。
「皆さん、僕の詩は如何でしたか?」
典黙は颯爽と剣を収め礼儀正しく聞いた。
「もし気に入らなかったら、もう一首歌いますが、どなたか協力して頂けますか?」
「すっ、素晴らしい詩でした!」
「僕もそう思います!」
「まさか典軍師殿は兵法戦略だけでなく文才もお持ちとは思いませんでした!」
氏族たちはただ怖がってお世辞を言った訳ではなく、確かにこの詩に心を奪われたのだった。
この詩はこの時代から約千年後黄巣という詩人が作った物でちょうど秋の今頃の風景と相応した。
「よしっ、じゃ僕らはこれで。昭姫ちゃんは忙しいからあまりちょっかい出すなよ。僕は暇だからいつでも相手するぞ?」
典黙は満足そうに頷いて言った。
蔡琰は先の出来事で放心状態になって固まっていた
言い終わると典黙は固まった蔡琰を連れて去って行った。
氏族たちは複雑な気持ちが全面的顔に出て、典黙たちを見送った。
「典公子、さきはありがとうございます。でも暴力はいけません」
蔡琰は歩きながら先の出来事を少し引きずっている様だった。
「はいはい、お説教は後で聞きますよ」
夜、鍾繇は曹操の足元にひれ伏し、泣きながら苦情を吐き出していた。
「丞相!我が子が…鍾毓は足を折られて将来は自分の足で歩けないとまで言われました!どうか厳正な裁きをお与えください!」
曹操「昼間の詩歌集会の事だろ、聞いておるが足を折られたのは聞いてないぞ…」
隣りに居る曹昂が報告を補足する
「丞相、確かに先生は手を出しましたが足を折るまでは至りませんでした。その後…」
曹操「その後どうしたんだ?」
曹昂「その後許褚が何処からかこの話を聞いたらしくて、僕が見舞いに行った際には彼の足が折れていました…」
曹昂の話を聞いた曹操は激怒した訳でもなくむしろほっとしていた。
良かった…子盛が西の砦に向かったのが本当に良かった…
もし子盛も仲康と共に居たら鍾家は今頃お葬式上げていただろうな……
事の落とし所を見つけた曹操は泣き喚く鍾繇を見て机を思い切り叩き声を荒らげた
「許褚が暴力を振るい鍾毓を怪我させた事に間違いない!これから許褚を馬夫に落とし三ヶ月の禁酒を言い渡す!」
声を荒らげた曹操は内心穏やかだった。
曹操は鍾繇の前まで行き彼を起こしながら
「元常、許褚の階級を剥奪した、それに酒が大好きな彼に三ヶ月の禁酒令も出した、これで良いか?もちろん後で謝罪に向かわせる」
鍾繇「えっ?事の発端は典黙、息子は無礼を働いたけど手を出したのは彼です…」
曹操「そうだな、鍾家からは財力と人材の支援を数多く頂いてる。必ず彼にも対価を払わせる!子脩、典府へ向かうぞ!」
言い終わると曹操は曹昂を連れて典黙府へ向かった
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