九十二話 曹操の贈物

典黙が贈り物を贈ると言ってから曹操と他の謀士三人らがその正体が気になって仕方ない。

曹操に至っては曹昂に典黙の行動を見張らせていた。


しかし当の本人典黙はここ数日自宅から外出すらしていなかった。

報告を受けた曹操はついにしびれを切らせて自ら典府へ向かった。


曹操「子寂、袁術への贈り物は?」

二人は庭の涼亭に面と向かって腰掛けた。


典黙「既に遣いを出して袁術へ贈りました」

曹操「君はここ数日自宅からすら出ていないと子脩から聞いたのに本当にもう送ったのか?」


「丞相、僕が魚を抱えて直々に袁術へ届ける訳にはいけないでしょう…ご安心ください、多くてひと月、淮南方面から良い知らせを受け取るでしょう、そしてその報せは必ず袁術を死地に追いやるものです!」

悠然とお茶を啜る典黙を見て曹操は一安心した


確かに、コイツのやる事はいつも最後にならないとわからないがその分結果を見た時の驚きや喜びも大きくなる。水車などの農具しかり天子奪還しかり、彭城を攻めた時もそうだった。


今回も郭嘉や賈詡すら読めない手を打った、事が成功すればきっと更にその名を天下に知らしめるだろう!


ひとりでに感極まった曹操は突然典黙の両手を掴み取った

典黙「丞相…」

曹操「今まで我は数回に渡り窮地に立たされた、その度君に救われた。君は功名や財宝に興味がない上役職にも興味がない。その働きに対して何で返せばいいのか分からなかった」


「いいんですよそんな事は考えなくても」

典黙は急いで手を引き抜いた


曹操は警戒する典黙を見て自分の行動で誤解を産んだのを理解した

「心配するな、我はそっちの趣味は無いぞ、女がいい、人妻がいい!!ガハハハハハ…」


二人きりになると決まってふざけ出す曹操に典黙は既に慣れていた。


人妻談義に突入する前に何か話題を変えなくては…

「丞相、その箱は?」


「中身を知りたいか?」

話題を変えられた曹操は少しも嫌がらなかった、むしろよく聞いてくれたと言わんばかりに箱を典黙の前へ見せつけた。

「昔我が董卓の寝首を搔くために動いた事は知ってるか?」


「はい、洛陽にて董卓が朝廷を牛耳り私腹を肥やしていた時に丞相がたった一人で七星刀で彼を討つために潜入したが七星刀が反射する光で気づかれて失敗に終えた。まぁ失敗したおかげで今の覇業が成せたとも言えますね」

典黙は言い終わるとお茶を口に運び再び啜り出した。


曹操「ふむ、塞翁が馬、運命とは面白いのう。じゃなんで我が王允から七星刀を借りたのかは知ってるか?」


典黙「聞く話によると董卓は常に刀剣を通さない薄い鎧を常に付けていたとか、その鎧のせいで当時の越騎校尉伍孚(ごふ)が先に暗殺に失敗したとか」


「ほぅ、その若さで歴史にもこれほど詳しいと来たか」

曹操は笑いながら箱を開いて中から肌着のようなものを一枚取り出した。


その肌着は黄金色の光を放ち、よく見ると細い金色の針金で鎖帷子の作りをしていた。

明らかに他の鎧や鎖帷子より柔軟で軽い。


「貼金柔甲だ、天外隕鉄から鋳造され刀剣ではいくら攻撃されても傷一つ付かない、その上その重さは無いに等しい。君に贈ろう、これからはこれを寝る時も身に付けておけ」


典黙はあまりの驚きで目を見開き今まで見せたことの無い喜びに声を上げた。


この時代の鎧は基本三十斤以上で将軍が身に付ける皮鎧ですら十斤以上はある。

そしてこれらの鎧は貧弱な典黙には重すぎた。


それに比べれば目の前の貼金柔甲はそれらの欠点全て無く、防御力も董卓で実証済みだ。


典黙はすぐ曹操から貼金柔甲を取りその場で身に付けた。

重さを少しも感じられないと言えば嘘になるがその重さは微々たるもの。


「丞相、これどうしたんですか?」

典黙は嬉しそうに両腕を広げて寸法を確認したピッタリだ!恐らく丞相が寸法に手を加えただろう、さすがに董卓との体格差がありすぎるからな…


「董卓が亡くなって以来、これは董承の手に渡り天子へ贈った。我は天子からこれを借りた」


"借りた"?なるほどね、そういう事か…


典黙ほ笑顔が曹操をも喜ばせた

曹操「これだけじゃないぞ!」


また何かあるのか?

典黙は空っぽの箱を見て不思議に思った。


「王師匠!」

曹操は声高らかに呼んだ。


曹操の呼び声に応じるように一人の四十半ばの男性が近くへ来た。

その男性は後髪を高くまとめ上げ、もみあげは風に靡いていて、腕を胸の前に組み、剣を二本抱えている風体からは凄みが漂っていた。


劉備と同じく双剣使い?


曹操は立ち上がって男性を紹介し始めた

「子寂、こちらは剣法の達人王越、剣の腕は全天下一位!」

曹操は紹介しながら王越から剣を一本取り出した、その剣は全体的に青く輝き、見るからに宝剣である。


曹操がその剣を典黙に渡した

「青釭剣と言って、鋼をも簡単に切り裂く。これも君に贈ろう!」


曹操には二本の宝剣を持ち、名を青釭(せいこう)と倚天(いてん)。青釭は敵を切り伏せ、倚天は軍威を保ち、どちらも無二の宝物。


典黙は慎重に剣を撫でてから柄を掴み、鞘から剣身を抜き出した。


キーンという振動音と共に剣身から放たれた光が人を寄せ付けない危険的な美を醸し出した。


趣味嗜好はあれだけど丞相はやはりいい人だな!

よしっ、これで防御力と攻撃力もだいぶ上がっただろう!


曹操は四本指を立て

「いいか、今日から戦時中毎日四時間王師匠の元で剣術の稽古を義務付ける。彼の剣術と青釭があれば並の使い手では君を簡単にどうこうできない、もう徐州のような出来事はしないようにな」


典黙は腰に剣を差し貼金柔甲を身に付けて拱手して礼を言う

「ありがとうございます!このご恩は簡単に返せません…」


曹操は典黙の肩に手を乗せて話を遮った

「君が安全で居るだけで我への恩返しになるぞ」


曹操は振り返り王越に向かい

「王師匠、今後はよろしくお願いします」


王越「承りました」


典黙「先生、稽古の時間はどう決められますか?」

王越「軍師殿がお決め下さい、拙者は丞相府に住まわせて頂いておりますゆえ、その際はまた御足労おかけします」


典黙は軽く会釈し、問題ないと意を示した。


目の前の王越はかの槍の達人童淵と名を並び、剣術の達人だ。

その指南を受けることが出来れば自分もある程度自衛能力が開花するだろう。


男の子であれば誰もが一度は侠客の夢を持った事がある、典黙は珍しく年相応の子供みたいにはしゃいだ。


そして、それを見た曹操もまた満足そうな笑みを浮かべていた。

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