九十一話 袁術に魚

典黙の狙いは陥陣営と典字営を合併して新しく特殊兵団を設立する事、そうすれば千五百名による特殊兵団が出来上がり、その戦力は最強間違えない。


高順も異論こそ無かったがいざ選別をするとその結果は典黙と典韋を愕然させた。

なんと八百の典字営から選ばれたのはわずか百五十名ほど、陥陣営の再建すらできていなかった。


そして典黙の計らいで全軍から選抜を再度行った。

そこで百二十名ほど選出して陥陣営の八百名はなんとか再建出来た。


高順「全盛期には程遠いがなんとか形になって来たな…」

全軍の精兵から更に選び抜かれてギリギリ合格か…


曹仁「うちの精鋭ばかり持って行きやがって!軍師殿じゃ無ければこんな事断ってたぜ」


この選抜で選ばれたのは伍長、什長、百夫長だった、これには曹仁らは不満を露わにしていた。


「はぁ〜こんなに厳しいものだと思わなかったよ、トホホ…」

典黙は広場の石段に腰掛けて頬杖をついた。


「軍師殿、陥陣営の組み立ては人員、装備、戦馬全て最良のみを取り入れるため、経費に負担もかかり組み立ての難易度も高いです」

高順はそう言うと隣に居る悲しそうな典韋の肩をポンポンと叩いて感謝の意を表した。


「子盛、ありがとうな!」

高順に続いて趙雲もまた典韋に同じように肩をポンポンと叩いた。


趙雲の弓騎兵は元々三百人で、高順に便乗して典字営から同じように三百人を引き抜いて七百の弓騎兵部隊を編成した。


典韋はすごく悲しかった、典字営は典韋の最初に作った部隊でその多くの兵とは兄弟のように接していたのに高順と趙雲の略奪により三百数名しか残らなかった。


いつもなら無駄口ベラベラ話す典韋は静かになっていた。


趙雲「軍師殿!せっかくの機会、是非とも我が弓騎兵にも名をつけて頂きたいです!」


典黙は軽く頷いて

「そうだな…兄さんの典字営は姓から字を取ったもので、子龍のは名から取ろう!龍驤営はどうだ?」


趙雲は何回か呟いてから

「龍驤営!覇気が籠るいい名前です!」


横に居る典韋は少しヤキモチしたか

「典字営はなんか普通だな、俺もそういうのがいい!付け直してよ」


「兄さん、その人数でも解散はしないのか?」

典黙はすごく驚いた顔で典韋に聞いた。


典韋「する訳ねぇだろ!コイツらやれば出来んだよ!速く付けてよ!カッコイイやつ!」


典黙は少し考えてから口を開いた

「うん、兄さんの部隊は主公へ仇なす暴挙を力でねじ伏せる団体…暴力団でいいだろ」


許褚「アッハハハ!いいね!ぴったりじゃないか!ガラ悪いし迫力満点!!アッハハハ!」


からかわれた典韋は笑い転げる許褚に馬乗りになり腕でその首を締め上げた。

笑いすぎて力が入らない許褚はすぐ許しを乞い始めた。


ふざけ合う二人を見て典黙はピンと来た

「兄さんと次兄は虎賁双雄と呼ばれている事からその部隊の名は虎賁営でどうだ?」


それを聞いた典韋は許褚を離して

「いいね!カッコイイじゃん!」


許褚「虎賁龍驤!いいね!」


典黙たちが戯れている間に荀彧が訪ねてきた

「子寂、丞相がお呼びですよ」

典黙「丞相が?何事だ?」

荀彧「さぁな、でも奉孝も文和も既に向かっているらしい」


謀士全員集合…ただ事じゃないな!

そう思うと典黙は急いで荀彧に続いて行った。


議政庁内、郭嘉と賈詡は既に待っていた。

曹操は深刻そうな顔で典黙を見て長くため息をついた。

「はぁ〜、子寂の言う通りになった。偵察の報告によると劉備が荊州に着いてから劉表が3万の軍を南陽城に駐屯させた。庭を守る番犬が行動をしたのは間違えなく劉備と関係がある。まさか、徐州で息の根を止められなかった事でこのような事態に変わるとはな…」


曹操が言い終わると郭嘉が補足をした

「淮南の報告では袁術は既に五万の兵を集結させて汝南を目的地として進軍している、汝南郡には既に橋蕤(きょうずい)が三万の兵で守りを固くしていますので、我々が戦うべく淮南軍は合計八万という事になります!それに加え南に荊州の三万軍勢を警戒しながらだと厳しい戦いが予想されますね」


曹操たちの凱旋後からすぐ募兵を始めたから許昌には五万の兵を有している。

この五万の兵で袁術の八万を止めるのには問題は無いが、そこから兵力を割いて劉表の三万軍勢を牽制するのは難しい。


曹操「皆何か良い案があれば教えてくれ」


郭嘉「丞相、天子陛下の名義で勅令を作り、蔡瑁を車騎将軍の役を与えると共に、劉備が劉琦を使い劉琮から跡取りを横取りしようとしていると噂を立てれば蔡瑁は劉備を殺さずとも荊州から追い出すかと思います!劉備さえい無くなれば劉表にはそんな度胸も無くなります」


なるほど、荊州自身を内乱の舞台に仕立てればそこからの出兵も無くなる。

荊州からの出兵が無ければ目の前の淮南軍だけに集中していられる!

曹操は少しほっとして笑顔を浮かべた。


賈詡「高順がいい時に加わり幸いですね!」

曹操「ほう、それはまたどうして?」

賈詡「劉表の出兵は恐らく本心ではなく、我々が初戦で袁術を壊滅的な打撃を与えればすぐにでも兵を引かせるでしょう!そのため高順を使い呂布の所へ行かせ帰還と見せかけて内部から我々の主力と協力すれば淮南軍は簡単に壊滅させられます!」

賈詡の作戦は強力的だ、はっきり言って陥陣営が内通者の動きをすれば確かに汝南を一瞬で取り戻せるだろう。


だが高順は義理堅く、かつての主を騙すような作戦は嫌うだろう。

さすが毒士と呼ばれる賈詡、高順の気持ちなど気にもとめずに平然と毒計を提案する。


曹操は頷いて荀彧の方へ目をやり

「短期決戦の良い案だと思うが、お主の意見も聞かせて欲しい」

荀彧「私は奉孝の案に賛成します…」

お人好しの荀彧はそう言うのを見た曹操は続きに典黙の方へ目をやり

「子寂は?」

典黙は少し考えてから口を開く

「奉孝の案が良いでしょう、荊州の庭に内乱の火が着けば劉表もそれどころじゃなくなるでしょう…が、もし袁術と劉表の間柄を悪化させれば我々は同時に二勢力を相手しなくて済みます」


二人の間柄?曹操は無意識的に長安の李傕と郭汜を思い出した。

曹操「離間計か?しかし劉表と袁術はあの二人と違って頭もそう単純じゃない…どうするつもりだ?」


典黙「丞相、僕は贈り物を袁術に贈る予定で居ます、その贈り物が届けば袁術と劉表の間柄は自然と切れるでしょう!」


場の全員が耳を疑った、届けば離間計が発動するのか?一体どんな贈り物だ?


曹操は我慢できずに典黙から答えを引き出そうと

「速く教えよ!君は又何を企んでいるのだ?贈り物とは一体何を贈るのだ?」


典黙「うーん、魚を一尾…それが届けば荊州軍は引かずとも簡単に動くことも出来ませんよ!あとは袁術に専念すれば良い!」


魚だと?賈詡も郭嘉も更に興味を持ち、この"魚"とは本当にただの魚じゃないだろうな…


曹操「その"魚"とやらで本当に効果が発するのか?」

典黙「丞相、僕は今まで一度でも期待を裏切ったことが無いことをお忘れですか?」

曹操「ガハハハハ、そうであった!だが君が自信満々で居れば我々も心配無用だ!」


どんな"魚"であれ、典黙がここまで自信に満ち溢れてるんだ、勿体ぶる典黙に問いただしても何も出て来ない。

ならここはその結果を待つだけ。

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