八十八話 典韋の義
気骨高い高順は典韋の用意した食事を遠慮なく貪り始めた。
骨付き肉を手に取りがっつく高順はこれが最後の食事だと悟った。
「肉ばっか食ってねぇで酒も呑めよ」
典韋は酒壺を高順に押し付けた
「酒など呑まん!」
高順は頭も上げずに肉に集中していた。
酒呑まないのか?典韋は愕然とした。
確かにここ数日高順に出していた食事は綺麗に平らげられたが酒はいつも手付かずに帰って来ていた。
典韋「酒呑まねぇって、俺と呑みたくねぇのか?」
「そうじゃない、俺は今までも酒一滴も呑まない。将たるもの常に冷静で的確な判断が必要だ、酒に酔って居てはそれができない!」
高順は一瞬食べる手を止めて
何って奴だ…自分と許褚の泥酔の姿を振り返ると典韋は増す増す高順に対して敬意を覚えた。
典韋「伯平!この典韋はあまり人に頼み事をしねぇが、お願いだ!俺らと組んでくれ!」
このような男を処刑台に立たされるのを見ていられない。
自律心が高く信頼置ける男になら背中を任せられる。
高順「今…立場が違っていたらお前は屈服するのか?」
高順の唐突な質問に典韋は眉間に皺を寄せた。
「呂布の野郎は幸せ者だな…」
典韋は説得できないとわかり、芳醇な酒をまるで苦汁のように飲み込んだ。
すぐ高順は肉を食べ終わり骨をポイっと捨てて
「足りない!」
典韋は衛兵に肉を更に持って来るよう指示した。
高順は追加の肉を頬張りながら
「食事の恩だ、一つ教えてやろう。濮陽で俺はお前と温候の闘いを見ていた、温候と百手以上戦えるのはお前が初めてだった。でもな、それは歩戦だからだ、騎馬戦ならお前の負けだった!」
なんだコイツ、弟と同じ事を言いやがって…心配してくれてんのか、やっぱいい奴じゃん…
忠義心、恩を報う心、自律心全て備わっている。
典韋は増す増す高順の事が好きになって来た。
「アッハハハ!足りたか?」
高順が追加の肉を平らげてから典韋は高らかに笑って聞いた
「まぁこんなもんだろ、又やるだろ?この高順受けて立つ!」
高順は無造作に手に着いた脂を服で拭き取り立ち上がる。
「……歩戦だと勝っても納得しねぇだろ?騎馬戦しようぜ!」
典韋は高順に武器と馬を渡すよう衛兵に命じた。
そして典韋に連れられて城外に来た高順は三股戟を構えて典韋の攻撃を待っていた。
「伯平!1つ約束しろ!」
構える高順に向かって典韋は攻撃ではなく言葉を投げかけた。
高順「俺に出来る事なら守る!なんだ?」
典韋「呂布の所へは戻るな!」
秋の風が土埃を巻き上げ高順の顔を叩く
高順「どういう事だ?」
「お前のことが気に入った、殺すのは勿体ない。でも規律上お前が屈服しなければ殺さなきゃ行けない。もう行け、そして俺らの前に現れるな…」
典韋はため息混じりでそう言った。
「捕虜の敵将を逃がすのはどういう罪状か知らないのか?」
高順は三股戟を収め首を傾げて典韋を見た
典韋「心配すんな、丞相はそう簡単に俺を切ったりしねぇ!今のうちに行けよ」
高順は複雑な気持ちで真っ直ぐ典韋を見ていた後、馬で走り去った。
地平線に消えた高順を見た典韋は安心して頷いた。
その後典韋は城へ戻り、丞相府に着いた頃には軍議が行われていた。
文官武将の居る中で典韋は曹操の前でズドーンと跪いた。
曹操は典韋をちらっと見て
「どうした、今度は何をやらかしたんだ?」
典韋「高順を逃がした、弟とは関係ない、俺が勝手にやった。丞相、ごめん!」
典韋の話は場の全員を爆発させた。
捕虜の敵将を逃がした事は規律違反、それも呂布の右腕の高順となると尚更罪深い。
「典韋将軍!小沛での戦いでこちらの損耗を知ってますか?その多くは陥陣営によるもの!その頭を逃がすとはどういう了見だ?」
曹純がいの一番に出て来て典韋を問いただした
「高順が陥陣営で殿軍をしたから呂布が逃げられたのだ、それを逃がすのは自らの首を絞める様なもの…」
曹休も隣で静かに怒っていた。
「子盛、高順を捉えるのに大変だったのだぞ…はぁー」
楽進も残念の意を隠せなかった。
「だから私は言ったんだ!速く処刑してしまえば良かったもの!お前…」
笮融も便乗して発言しようとしたが典黙の冷めた眼差しに気づいたかすぐに言葉を収めて言い直す
「今回の事は典韋将軍が悪くないと思います、恐らく狡猾な高順の罠にかかったのでしょう!」
「未だ慌てる場合じゃない!俺が捕まえてくればいいだろ!子盛、どの方向だ?今追いかける!」
曹操が何かを言う前に許褚が解決策を提案した
「子盛、速く言わないか?」
曹仁と趙雲も慌てて典韋を揺らしながら聞き出そうとした。
典黙はずっと黙っていた、兄さんが一度逃がそうと決めたなら逃げた方向を教えるはずも無い
やはり、典韋は終始黙り混んでいた。
曹操は困り果てて典黙の方を見ると典黙も曹操に向かってウィンクをした。
…なるほど、仕方ないから一芝居打つか!
曹操は立ち上がり机を蹴り飛ばした。
「子盛!お主謀反でもするつもりか!子孝!軍規では捕虜の敵将を逃がす罪はどう罰するべきだ!」
言えば典韋の立ち位置が危うくなる、言わなければ曹操の怒りが火に油。
曹仁が言うか言わないかを悩んでいるの見越した曹操が自分で言った
「捕虜となった敵将を逃がすのは内通者の所業、裏切り者は極刑に処す!!!」
許褚「丞相!!お待ちください!!捕まえてきます!!」
趙雲「敵陣に戻る前ならまだ間に合います!!」
「お前らに関係無い!すっこんでろ!」
許褚と趙雲は外へ向かう途中に典韋に袖を掴まれた。
高順の逃げる方向さえ教えなければ追いつかれる事も無いがそれでもその可能性を最小限に抑えたい。
「黙れ!」
許褚は感情的になって暴言を吐き、袖を振りほどいて外へ向かった。
「丞相、結果が出るまでどうか早まらないで頂きたい!!」
趙雲も許褚の後ろに続いて行った。
曹操は殺気に満ち溢れる目で典韋を睨み
「他の者は戻れ!お前はここに居ろ!高順を捉えられなかったら処刑台に送ってやる!」
皆が拱手をして外へ出た後曹操、典韋、典黙だけが残った。
「どうした?高順が気に入ったのか?」
曹操は典韋の前まで行き、跪いてる典韋を起こして聞いた。
典韋は黙ったまま頷いた。
「馬鹿者!脱走されたと言えば良かったものの、まずは自分が関わった事を隠せ!」
「丞相がいろいろ良くしてくれたから、嘘つきたくなかった……」
正直な典韋が怒られた子供みたいになってるのを見て曹操は複雑な気持ちで胸いっぱいになっていた。
曹操「もう良い、お前らも戻ってろ。子盛、明日お前は黙っていろ!子寂、高順を捉えられなくともなんとかこの事を穏便に済ませよ…」
「そう畏まらないでよ兄さん、先のは丞相が打った芝居だよ。でなければ示しがつかないからな」
典黙は典韋の胸板をポンポンと叩いて、典韋の緊張をほぐそうとした。
典韋は頷いて外を見た
伯平、逃げ切れるかどうかはお前自身にかかったぞ……
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